今のところ計画通りに事を運んでいる。最短距離で目的地に辿り着きたい。それが冴子の考えだった。でももう少し、良彦の心を捉えなければいけない。
ある時、こんなわがままを言ってみた。『・・いつもあなたは私のところに帰ってきてはくれません。・・でもわかってます。これは私のわがままなんですよね・・』勿論メールで送った。冷静に伝えるには、メールが一番都合がいい。
そんな時の良彦は、とても困ったし、そんなに自分を必要とされていると思うと、とても胸が高鳴るのを感じていた。『ごめんね、かなちゃん・・・』『いいえ、私のほうこそゴメンナサイ、大丈夫。私は大丈夫だから・・・』『いつでも君を思ってる・・』『私も。いつも一緒ね。』『月がきれいだよ、同じ月を見ようよ』『ほんとね、とてもきれい。ありがとう・・』そんなメールのやり取りも、あるところでパタッと途絶える。それは、いつもいつも同じ感覚。良彦が我が家に辿り着いた証拠。愛する家族の元に辿り着いた証拠。瞬間に冴子は興ざめする。
既婚者でありながら、奥さん以外の女性を自分のものにしようなどという考え、それ自体が冴子には許せなかった。でも、そんなことは自由だ。個人の自由だ。そんなことは、大人の冴子にも十分にわかっていた。関わらなければいいのだ。自分には関係がない世界の話と割り切り、関わる必要などこれっぽっちもないのだ。それが賢い女性の選択。わかっている。そんなことは冴子にだってわかりすぎるくらいわかっている。
いつも冴子は冷静だった。どうやっても熱くなんてなれなかった。人を本気で好きになることができないのだった。
冴子はそうでも、加奈子は違う。加奈子は演技をしていた。どうやったら、少ないリスクで、良彦を自分の虜にすることができるか、そればかりを考えていた。そのためには、3度くらいは覚悟しなければいけないだろう。せめて3度くらいは、ベッドを共にしなければいけないだろう。
手を繋ぐ、が第一段階。第二段階は、口づけ。そして、第三段階は・・。遊びではない。ゲームでもない。冴子は本気だった。この計画を実行しなければ、前に進めないのだ。
良彦は、心の底から加奈子をかわいいと思っていた。どんどん彼女に惹かれていった。彼女に逢いたくて逢いたくてたまらない。毎日がとても幸せで、それでいてとても苦しかった。自分のものにしたい。でも、なかなか加奈子は思い通りにならない。どことなくミステリアスで、どことなく影があり、良彦の心は加奈子の虜になりつつあった。
そんな良彦には、加奈子の、いえ、冴子の計画などまるで知る由もなかった。そんな匂いも空気の流れも、携帯電話からは何も感じられはしない。
加奈子の携帯メールは、良彦にとって、毎日毎日この上ない希望であり、喜びであった。どんなに雨が降っていても、加奈子のメールでいっぺんに心が晴れてしまう。時々加奈子のわがままが、良彦の胸を苦しくする。同時に恋をしているなんともいえない嬉しい気持ちになる。そして、そんな気持ちが、彼女を欲しくて欲しくてたまらなくさせるのだった。
冴子の悪魔のような計画は、順調に進んでいた。良彦の知らないところで着実に、そしてじっくりと。彼女の計画は、確実に良彦を傷つける。と同時に、冴子をも、いえ、加奈子をも傷つけることになる。でも、それでも仕方がないのだ。冴子はこの計画をどうしても実行しなければいけないのだ。
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