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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第18話:アンチすら信者に変える後光
――ピカァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!
ドバイの石油王から贈られた最高級サーモンを一口かじった瞬間、シロの全身から放たれた物理的な『神聖なる光』。
それはカメラのレンズを突き抜け、光ファイバーの回線を伝い、世界中で85万人が見つめるディスプレイから、規格外のマイナスイオンとなって大放出された。
数秒のホワイトアウトの後。
自動露出補正が必死に機能を取り戻したスマートフォンの画面には、何事もなかったかのように、ペロペロと口の周りを舐めて満足そうにしている純白の猫の姿が映し出されていた。
その背後には、夕焼けの差し込む古民家の縁側と、のんびりとお茶を啜る俺。
そして、カメラの裏でポカンと口を開けている小春ちゃん。
「……お、お兄さん。今、画面が真っ白に……」
「ああ。カメラのフラッシュみたいなもんだ。北海道の夕日は反射がキツいからな」
相変わらずの限界現実逃避をキメる俺の言葉は、しかし、誰の耳にも届いていなかった。
なぜなら、配信のチャット欄が、完全な『静寂』に包まれていたからだ。
先ほどまで、滝のように流れていた「CGだろ」「動物虐待だ」「ヤラセ乙」という悪意に満ちたアンチコメントの弾幕が、嘘のようにピタリと止まっていた。
フリーズしたわけではない。同接(同時接続者数)は85万人から一歩も減っていない。
ただ、誰も言葉を発することができなくなっていたのだ。
***
その頃。
画面の向こう側の世界では、静かで、しかし劇的な『革命』が起きていた。
都内の薄暗い部屋で、まとめサイトの炎上記事を見て冷やかしに来ていた大学生。
会社のトイレの個室にこもり、上司へのストレスをネットの匿名コメントにぶつけていたサラリーマン。
他人のアラ探しをしては、正義を振りかざしてSNSで叩くことだけが生きがいになっていた主婦。
彼らは皆、モニターから溢れ出したその『光』を、真正面から浴びた。
「……あ……?」
次の瞬間、彼らの脳内にこびりついていたドロドロとした黒い感情が、まるで漂白剤をかけられたように、シュワシュワと音を立てて消え去っていった。
眼精疲労が消える。肩こりが治る。偏頭痛が霧散する。
そして何より――荒みきっていた『心』が、生まれたての赤ん坊のように無垢で、清らかな状態へと強制的にリセット(浄化)されたのだ。
「……俺は、なんて愚かなことを……」
トイレの個室でスマホを握りしめていたサラリーマンの目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
画面の中で小首を傾げる純白の猫(シロ)が、信じられないほど愛おしく、神々しく見える。
自分が今までネットに書き込んできた呪詛のような言葉の数々が、猛烈な恥ずかしさと罪悪感となって胸を締め付けた。
「疑って、ごめんなさい……。こんなに、こんなに尊い存在を、俺は汚そうとしていたのか……!」
彼は震える指で、クレジットカードの登録画面を開いた。
そして、今月の生活費からギリギリ捻出できる金額を打ち込み、祈るように『送信』ボタンを押した。
***
古民家の縁側。
「……っ!? お、お兄さん! チャット欄が……動きました!!」
小春ちゃんが、弾かれたように悲鳴を上げた。
静まり返っていたチャット欄に、ポツリ、ポツリと、新たなコメントが投下され始めたのだ。
しかし、それは先ほどまでの悪意に満ちた言葉ではなかった。
『……尊い』
『疑ってごめんなさい。俺の荒んだ心が、今、完全に洗われました』
『シロ様、動物虐待だなんて言って本当に申し訳ありませんでした。あなたが神です』
『画面から光を浴びた瞬間、鬱病の薬を飲まなくても体が動くようになりました。涙が止まりません』
『アンチ活動用のアカウント、今全部消してきました。今日から俺はシロ様の信徒になります』
『ごめんなさい、ごめんなさい。この命に変えてもシロ様を推します』
懺悔。謝罪。そして、絶対的な信仰の告白。
数万、数十万という規模のアンチたちが、シロの放った『癒やしの強制浄化』によって、一瞬にして熱狂的な『優良リスナー』へと転生を遂げた瞬間だった。
そして、その懺悔は言葉だけにとどまらなかった。
『ピコンッ』
『ピコンッ』
『ピコピコピコピコンッ!!』
スマートフォンから、鼓膜が破れそうなほどの通知音が連続で鳴り響き始めた。
『【MeTubeギフト:¥10,000】先ほどは暴言を吐いて申し訳ありませんでした! これでシロ様に美味しいものを!』
『【MeTubeギフト:¥50,000】俺の愚かさへの贖罪です!! どうかお納めください!!』
『【MeTubeギフト:¥10,000】今までネットで他人を叩いてきた自分を恥じます。浄化してくれてありがとう!!』
『【MeTubeギフト:¥30,000】疑った俺を殴ってくれ主!! これは慰謝料だ!!』
画面の右端が、目も眩むような赤、黄色、緑の極彩色(ギフトの帯)で完全に埋め尽くされた。
いわゆる『贖罪ギフト』である。
己の罪を悔い改めた元アンチたちが、お布施を投げるように、次々と高額の投げ銭を乱舞させ始めたのだ。
「ひゃああああっ!? ギ、ギフトの勢いが、石油王さんの時よりすごいです!! 画面が見えません!!」
小春ちゃんがパニックになりながら、ジンバルを抱えておろおろとしている。
既存のファンたちや、海外のVIPたちも、この前代未聞の『アンチ大改心フェス』に大爆笑し、祭りに便乗し始めた。
『古参ファンワイ、アンチの劇的ビフォーアフターに腹筋崩壊』
『ほらな? 言っただろ? シロ様の光を浴びればみんな幸せになれるんだよ』
『世界一平和な炎上の鎮火方法www』
『元アンチの皆さん、ようこそ【日常チャンネル】へ! 一緒にシロ様を崇めようぜ!』
『(ドバイの石油王からの【MeTubeギフト:¥50,000】)=”Hahaha! The lost sheep have found the true God! Welcome!“(ハハハ! 迷える子羊たちが真の神を見つけたな! 歓迎するぞ!)』
『石油王が教祖みたいなポジションになってて草』
荒れ狂っていたコメント欄は、今や世界中が手を取り合い、一匹の白い猫を賛美する『世界平和の象徴』のような空間へと変貌していた。
飛び交うMeTubeギフトの総額は、もはや計算するのも恐ろしい金額になっているに違いない。
「……ははっ」
俺は、全てを悟ったように乾いた笑いを漏らし、急須からほうじ茶のおかわりを注いだ。
「ほらな、小春ちゃん。言っただろ? あいつらは、ちょっと疲れが溜まって、イライラしてただけなんだよ。シロのマイナスイオンを浴びれば、みんな素直ないい子になる」
俺は用意していた夕飯の松阪牛のステーキ(※ウォール街からの貢ぎ物)を箸で切り分け、口に運んだ。
舌の上でとろける極上の脂。そして、シロの神聖オーラで満たされた、圧倒的に清浄な空気。
最高だ。ストレスフリーの極致である。
「お、お兄さん……適応力がバグりすぎてて、私、もうツッコミが追いつきません……」
小春ちゃんが、呆れたような、でも心の底からホッとしたような笑顔でため息をついた。
『ミャウ?』
当のシロはといえば、世界中のアンチを浄化し、数百万円単位のMeTubeギフトを稼ぎ出したことなど全く気にする素振りも見せず、空になったお皿をペロペロと舐めていた。
そして、コロンと縁側の板張りの上に転がると、ふさふさのお腹を無防備に見せつけて、ふぁぁ……と大きなあくびをした。
『ゴロゴロ、ゴロゴロ……』
マイクが拾うその心地よい喉鳴らしの音が、世界中の何十万という人々の心に、優しい子守唄のように響き渡っていく。
「さて、小春ちゃん。俺たちも夕飯の続きを食べようか。ステーキ、冷めちゃうぞ」
「はいっ! いただきます!」
アンチの襲来という、普通の配信者なら致命傷になりかねない大事件。
しかし、神獣もふもふと限界社畜のコンビにかかれば、それはただの『新規の太客(信者)獲得イベント』に過ぎなかった。
北の大地の片隅にあるボロボロの古民家。
そこは今や、全人類が巡礼に訪れる、世界で最も平和で、最もバグった聖地(スローライフ空間)として、完全にその名を轟かせてしまったのだった。
コメント
1件
うわあ、第18話、めちゃくちゃ面白かったです……! シロの「物理的な後光」でアンチが一瞬で改心して贖罪ギフトを投げまくる展開、痛快すぎて笑いが止まりませんでした。特に「俺の荒んだ心が今、完全に洗われました」とか「鬱病の薬を飲まなくても体が動くようになりました」っていうコメントの数々が、ファンタジー設定なのに妙に説得力があって好きです。元アンチたちの「劇的ビフォーアフター」、読んでるこっちまで浄化された気分になりました。主人公の「適応力バグりすぎ」のツッコミもツボです。この世界観、このままどこまで行くのか、本当に楽しみです!