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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第19話:小春の悩みと、主人公の優しさ
「――はいっ、というわけで、今日の【日常チャンネル】はここまで! 世界中の皆さん、また明日お会いしましょう! バイバーイ!」
夕暮れ時の古民家。
縁側にセットされたスマートフォンの前で、小春ちゃんが満面の笑みで手を振り、画面の終了ボタンをタップした。
「ふぅ……お疲れ様でした、お兄さん」
小春ちゃんはスマホを三脚に置いたまま、縁側の板張りの上にペタンと座り込んだ。
いつもの彼女なら、ここから「今日のギフト凄かったですね!」とか「シロちゃん今日も天使でした!」と元気に話し出すところなのだが、今日の小春ちゃんはどこか違った。
その小さな背中が、夕日に照らされて、いつもより少しだけ元気がなく、小さく見えた。
「お疲れ様、小春カメラマン。……ほら、冷たい麦茶だ。喉渇いただろ」
「あ、ありがとうございます……」
俺が差し出したグラスを両手で受け取った彼女は、コクリと一口飲むと、そのまま俯いてしまった。
グラスの表面についた水滴を、指先で所在なげになぞっている。
「どうした? 学校で何か嫌なことでもあったか?」
俺が隣に腰を下ろし、できるだけ穏やかな声で問いかけると、小春ちゃんの肩がビクッと跳ねた。
彼女は少し躊躇うように唇を噛んだ後、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「……今日、学校で『進路希望調査』の紙が配られたんです。高校卒業した後、大学に行くのか、専門学校に行くのか、それとも就職するのかって」
「ああ、そういう時期か」
「はい。クラスのみんなは、もう『東京の大学に行ってキラキラしたキャンパスライフを送るんだ』とか、『美容師になるために専門学校に行く』とか、ちゃんと自分の夢や目標を持っていて……」
小春ちゃんはグラスを見つめたまま、自嘲するように小さく笑った。
「でも、私には何もないんです。やりたいことも、将来の夢も。ただ、この静かな町で、おばあちゃんやシロちゃんやお兄さんと、ずっとのんびり過ごしていたいなって。それだけなんです」
彼女の声が、微かに震え始める。
「それに……最近、クラスの女の子たちのグループで、少し浮いちゃってて。みんな放課後はカラオケに行ったり、ファミレスで恋バナしたりしてるんですけど、私は毎日真っ直ぐ家に帰ってるから……『小春って付き合い悪いよね』『なんか隠し事してるんじゃないの』って、ヒソヒソ言われるようになっちゃって」
なるほど、と俺は内心で合点がいった。
彼女が放課後に急いで帰ってくる理由は、もちろんこの【日常チャンネル】の配信を手伝うためだ。しかし、彼女は「お兄さんたちの平穏な生活を守るため」と言って、学校の友達には自分が世界一のチャンネルのカメラマンであることを一切秘密にしている。
夢を持たず、周囲から浮き始め、それでもこの縁側の時間を守ろうとしてくれている。
多感な女子高生にとって、それはどれほどのプレッシャーと孤独だろうか。
「私、ダメですよね。みんなが大人になって前に進んでいくのに、私だけ子供のままで、現実から逃げて、ここで甘えてるだけで……っ」
ついに耐えきれなくなったのか、小春ちゃんの大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
夕日に反射してキラキラと光るその雫が、彼女のセーラー服のスカートに染みを作っていく。
俺はグラスを横に置き、少しだけ姿勢を正した。
そして、かつて後輩の相談に乗っていた時のように、いや、それよりもずっと優しく、心を込めて語りかけた。
「小春ちゃん。……俺は、東京の大きな会社で働いていた」
「え……?」
涙を拭いながら、小春ちゃんが顔を上げる。
「周りから見れば、立派な大人で、立派な『正解のルート』を歩いているように見えたと思う。でも、俺の心は完全に死んでいた。毎日が苦しくて、逃げ出したくて、自分が何のために生きているのかすら分からなかったんだ」
俺は裏山に沈みゆく、雄大な太陽を見つめた。
「世間は『夢を持て』とか『目標に向かって努力しろ』って簡単に言うけど、そんなの持っていない人間の方が多いんだよ。ただ毎日を平穏に、笑顔で生きる。それだって、立派な人生の目的なんだ」
「平穏に、生きる……」
「そう。俺は、その『当たり前の平穏』を取り戻すために、ここへ逃げてきた。世間から見れば、ドロップアウトした負け犬だ。でも、俺は今、人生で一番幸せだよ。シロがいて、小春ちゃんがこうして遊びに来てくれて、一緒に笑えるこの時間が、どんな出世や名誉よりも価値があると思ってる」
俺は小春ちゃんの方に向き直り、その頭をポンと優しく撫でた。
「だから、焦らなくていい。周りのペースに合わせる必要なんてないんだ。小春ちゃんが『ここにいたい』と思うなら、ずっとここにいればいい。逃げ道でも、甘えでもない。ここは、小春ちゃんの大切な居場所なんだから」
「お兄、さん……っ」
「もし学校が息苦しくなったら、いつでもここにおいで。俺とシロは、何があっても小春ちゃんの味方だ。……なぁ、シロ?」
俺が足元に声をかけた、その瞬間だった。
『……ニャァン』
縁側でお昼寝をしていたはずのシロが、いつの間にか起き上がり、小春ちゃんのすぐ目の前に座っていた。
そして、スッと立ち上がると、前足を小春ちゃんの膝に乗せ、その美しいオッドアイで小春ちゃんの涙に濡れた顔を真っ直ぐに見つめた。
「シロ、ちゃん……」
シロは小春ちゃんの頬に顔を近づけ、ザラリとした温かい舌で、こぼれ落ちた涙の痕をペロリと舐めとった。
――ぽわぁぁ……。
その瞬間。
シロの体から、いつものような強烈な物理発光ではなく、まるで月光のような、限りなく優しくて柔らかな『淡い光』が滲み出した。
それは春の陽だまりのように温かく小春ちゃんを包み込み、彼女の心にこびりついていた不安や孤独、焦りといった冷たい感情を、じんわりと溶かしていく。
アンチを強制浄化させた時のような暴力的なまでの癒やしではない。
ただ一人の大切な女の子を慰めるためだけにチューニングされた、極上の、そして愛に溢れたマイナスイオンの波動だった。
「あ……あぁ……」
小春ちゃんの目から、再び涙が溢れた。
しかし、それは先ほどまでの悲しい涙ではない。心の奥底からじんわりと湧き上がる、安堵と温もりに満ちた、温かい涙だった。
「ありがとう……シロちゃん。ありがとう、お兄さん……っ」
小春ちゃんはシロの純白の体をぎゅっと抱きしめ、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
シロは嫌がるどころか、『ゴロゴロ、ゴロゴロ』と全身を震わせて喉を鳴らし、小春ちゃんの背中をぽんぽんと前足で優しく叩くように撫でている。
まるで、「大丈夫、私がついているわよ」とでも言っているかのようだった。
俺はほうじ茶を啜りながら、その尊すぎる一人と一匹の姿を、ただ静かに見守っていた。
世間の常識や、学校という狭い世界の人間関係。
そんなものに潰されそうになっていた小さな心は、限界社畜の生々しいアドバイスと、神獣の無償の愛によって、完全に救済されたのだ。
「……よし。いっぱい泣いたらお腹空いたろ。今日は小春ちゃんの好きなオムライスを作ってやる。食べていくか?」
「ひぐっ……は、はいっ! 食べます! ケチャップで、シロちゃんの顔描いてください!」
「ははっ、任せとけ」
涙を拭い、いつもの花が咲いたような笑顔を取り戻した小春ちゃん。
俺たちは夕飯の準備をするため、シロを抱き上げて台所へと向かった。
古民家に、再び明るい笑い声と、楽しげな足音が響き渡る。
完全に、いつも通りの平和で幸せな『日常』が戻ってきた。
――しかし。
台所へ向かう俺たち三人は、誰も気づいていなかった。
縁側の三脚の上に置かれたままになっている、小春ちゃんのスマートフォン。
その画面の左上で、先ほど『終了』したはずの赤いランプが。
アプリの不具合か、それとも小春ちゃんのタップミスか……いまだに【LIVE】という文字を赤々と点灯させたままになっていることに。
そして、俺の『限界社畜の激重アドバイス』から、小春ちゃんの『涙の号泣』、さらにはシロの『極上の慰め(月光マイナスイオン)』に至るまでの、まるで映画のワンシーンのような一部始終が。
全世界300万人の視聴者たちに向けて、マイクのミュートも切れないまま、高画質・高音質で『完全生中継(ダダ漏れ)』されていたという、恐ろしい事実に。
コメント
1件
うわあ、このエピソードめちゃくちゃ良かったです……。小春ちゃんの進路や人間関係の悩み、すごくリアルで胸が痛みました。でもそこに主人公が「平穏に生きることも立派な目的だ」って優しく伝えるシーン、じんわり沁みましたね。そしてシロちゃんの光る癒し……あれは反則ですよ、涙腺に来ます。最後の配信ダダ漏れオチには「えええっ!」と声が出ました。これは続きが気になりすぎます……!