テラーノベル
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「楽しんでな、心の底で。」
そう言うドリミアの声が、最後に聞こえた。
その後は、耳も口も塞がれたように、聞こえないし話せない。
自分の足が思うように動かず、ただどこかの暗闇に沈んでいくのが、わかった。
何も出来ないまま、どこかへ連れていかれる恐怖は、敵には計り知れないだろう。
しかしイロハは、もはや恐怖など感じていなかった。
むしろ、「ああ、またか」と呆れているくらい。
ーーどうせ、精神攻撃を仕掛けるんでしょう。そういうの、わたしはもう気にしない。
視界が真っ暗闇になり、身動きが取れない状況だが、そんな場違いな思考をするイロハ。
それと正反対で、レンは何が何だか理解出来ずに、プチパニックを起こしているのだった。
溺れて圧迫されてる感覚なのに、息はできる不思議。
これからどこに行くのかという不安。
ーーイロハは?どこに連れてかれるんだ。
そんなことを思った矢先、視界が突然、
真っ白になった。
あのフタリ、マジでアホなのか?
日は落ちかけ、空は紺色とオレンジ色が混ざりあって、変な色になっている。
あと少しすれば、星が空に浮かんでくると思う。
何度も何度も、ワタシは同じことを考えてる。
アホか、頭おかしいのかって。
ついこの間「気をつけろ」って、親切に教えてやったばっかなのに。
電話は切れるわ、多分リアスに連れてかれたわで——もう最悪。
本当は今日、喫茶店でマスターと二時間くらい喋る予定だったのに。
他のバイトの子が飛んで、シフト延びて、それでもまぁ仕方ないか、気分転換で喫茶店に〜って思ってたのに。
全部、台無し。
ほんと、アイツら自覚ないの?
自分たちが命狙われてるってことに。
アホだ、バカだ、サルなのか。
で、それを延々と考えてるワタシも、相当アホ。
そんなに文句あるなら、放っとけばいい。
「自業自得」で終わらせればいい。
それでも 足は、止まらない。
ブレーキがぶっ壊れた電車みたいな、早歩き。
「オヒトヨシ」ってやつ、なんだろうか。
ま、育ての親の影響かね? 子は親に似るって言うし。と、勝手に結論を出して納得する。
ああ、もーう。
「さいあーく。」
小さく呟いた。でもそれ以上はもう声には出さない。
グズグズ言ってたって、行くしかない。それくらいしかワタシは長所がないのだから。
一度、深呼吸して周りを見渡す。
ワタシの現在地は、月見の森。ハーちゃんの故郷だ。
木々が倒れて、燃えカスしか残ってないような森だけど。
ニンゲンも、ニンゲン以外も、何もいない。
いるのはワタシだけ。
何度も来た場所だ。 百回は余裕で超えてる。
でも、ここが目的じゃない。
この先だ。
死者の世界へ続く、“門”。
ハーちゃん、レンタローが連れて行かれた場所はきっとここら辺。
電話越しの紙が擦れる音。
普通、電話越しでは聞こえないような音が、ワタシの耳に入った時に、確信した。
ーーコイツらさては、I.C.O.の書架にいるな?
そして、最後に聞こえたリアスの声と、あとは勘でたどり着いただけ。
リアスは今日、動くだろう。根拠はない。ただ、ワタシならそうする。そういう薄っぺらいこんにゃくみたいな理由。
リアスがどういう思考回路かは知らん。
ただ、“イロハを殺す”って目的だけは、はっきりしてる。
昔、よくリアスはこう言っていた。
”あいつとお前がいなかったら、私は失敗作でもなんでもなかった。全部あんたとあいつのせい”
ワタシはリアスのそういう所が嫌いだ。
何百年たっても、恨みって消えないものなのか。
レンタローも、その身勝手な”恨み”に巻き込まれてる。
アイツがいないと、リアスの望む世界にはならない。
そ〜し〜て〜?
ワタシが助けに行くことも、きっと読まれてるだろう。ワタシとリアスは、性格が同じ部分が多すぎるから。
なら。
門に入る前に、絶対に何か仕掛けてくる。
それも、ワタシが一番嫌うやり方で。
ははっ、間違いない。 遅れたら、終わる。
勝手に口がつり上がる。笑えと脅迫されているみたいに。
心の内は、笑ってなんてない、汗をかいて、しどろもどろになって走り回ってるだけ。
でも、フタリの前では、そんなキャラだと思われたくないから。
「ほんと、面倒くさい。」
それは誰に向けて言ったのだろうか。
足は止まらない。 むしろ、加速する。
今の、ワタシの目的はひとつだけ。 門を越えて、
あのアホカップルを——引きずり戻す!
大きく息を吐く。
「走れ、マシロ。」
月が昇るよりも、速く。
もっともっと速く。
邪魔するなら……全部、ぶっ飛ばす。
その気持ちが、拳を握る力に変換される。
強く握ったから、爪が皮膚にくい込んでいるのがわかる。
さて、ぶっ飛ばすと言ったけど。
ワタシ、別に武装してるわけじゃない。
拳銃もないし、防弾チョッキなんて気の利いたもんもない。
あるのは。
ふっと、存在を薄める。ワタシ自身は、特に感覚が変わるとか、そんなんじゃない。ただ他のヒト様にワタシの姿が見えなくなるだけの能力。
姿も、声も、足跡も。
全部まとめて“消す”。
この能力、便利だけど欠点もある。
一発でも攻撃もらえば、即バレ。
いや、正確にはヒトとぶつかった程度で解除される。
普段は使わないから別にいい。
使うとしたら——
「好きなヤツ追いかけ回す時くらいでしょ」
ぼそっと呟いて、自分で眉をひそめる。
「いや、やらないけどね。絶対。」
誰もいない森で、ぼっちツッコミ、さみしい。
レンタローいたら、面白いつつき方してくれたのかなぁとか、のんきな事考える。
もう、そろそろ辿り着くはずだ。
周辺には暗い緑しか目に入らない。
緑、ばっかり。
目を閉じて、前を見る。
そしたら、いつの間にか門が見えてきた。
あぁ、ヒト助け目的でここ来るの初めて。
ふぃ〜、とため息のような、気合いのような、よく分からん声を出す。
「いっちょ、やってやりますかぁ。」
自分の気分を上げるために言ったつもりが、あまりいい気がしない。
姿は消したまま、ワタシは手に意識を向けた。足は止めない。
長い長い、相棒が、こういう時には必要よ。
すると、一瞬、緑の光を出して、変形して長い縄になる。
最後に先っちょに刃物が追加されたら、光は完全に消えて、ワタシの手に収まる。
武器の召喚は完了。
鞭だ。ワタシのもうひとつの能力。
さて、門の目の前まで近づいて早く助け行こ〜。
なんて、そんなに簡単に行けるわけないもんで。
そこで、急ブレーキを踏んだ。
「お」
ーービンゴ。
あまりにも、想定内すぎて笑ってしまいそうだ。
門の目の前には、番人がいた。
ピンクのツインテールが可愛らしい、女性だ。
あれまぁ、警戒心バツグンな女性は、ほんの小さな風の音でも、周囲を四回くらい見渡している。
この門の先に誰かが入ることを、拒んでいるらしい。
普通に行ったら絶対に開けられない。
ちと、ややこしいなぁ。ヒトと触れたらすぐ解除だもんなぁ。
ワタシの生みの親よ、もっと便利な能力を頂戴よ。
文句垂れてる場合でもないから、ワタシはとりあえず、その見張り役の女の情報を集めることにした。
きっとコイツも観測者だ、そんなに強くないヤツだとワタシは嬉しい。
相手にワタシの声が聞こえてないことはわかっているけど、少し息を吐く音を小さくする。
目を閉じて、相手の情報を読み取った。
すいすいと脳に情報が入ってくる。
ワタシは探偵みたいに、顎に手を当てた。
……なるほど。門の前にいるヤツは、I.C.O.の幹部のヒトね。
コードネームはアマレー。
身長は百六十三センチ、体重五十二キロ、右利き。
能力は——血液操作。
自身の血を媒体にして、武器を生成する能力持ち。
しかも厄介なことに、 血そのものを変質させて、爆弾にも、拘束具にも変えるらしい。
うへぇ、やりたくないタイプ。
眉間に皺を寄せる。
しかも性格欄、最悪。
“傷つけるほど愛している証明になると考えている”
って何?
意味不明、わけわかめ。
えっと、つまりヤバめの思考を持ったヤツってこと?
ワタシは更に顔をしかめた。
まあでも、能力相性だけで言えば最悪ってほどでも——
そこで、思考が止まる。
いや。
待って。
血液、操作?
嫌な予感が、した。
多分、いや絶対、コイツは“血”に執着してるタイプ——。
「……だるぅ」
無意識に喉から、嫌悪の声が漏れ出てしまう。
最悪かもしれない。
でも、今さら帰れない。
ワタシは息を殺したまま、ゆっくり門へ近づく。
姿は見えない。
音も消してる。
足跡だって残らない。
だから、大丈夫だ。
ゆっくりそっと、行けば……。
ワタシは姿を隠した状態で、彼女の背後に立ち、
息を呑んだ。
ーーここに観測者がいるってことは、やっぱりフタリはこの先にいるってことだ。
気を引き締めないと。
門の手すりに、そっと触れた瞬間だった。
ぴたり、と。
ワタシの手に、何かが重なった。
白い手、長くて赤い爪。
自分とは違う体温。
門にワタシ以外の、ワタシを包み込むような影が立つ。
息が止まる。身体が固まる。
ウソでしょ、バレた?いつから?
「……」
振り向くか迷っている間に、
アマレーの顔が、真っ直ぐこちらを覗き込んだ。
「うわ」
自分の口からまたもや、嫌悪の声が漏れ出た時に、ワタシの姿を消す能力が、完全に無効化されてしまった。
敵に、自分の姿が丸見えになる。
声も足跡も、何もかも残らないはずなのに。
それとも、実は能力が使えてなかったとか?
その動揺をくみ取ってか、アマレーの口元だけが、ゆっくり歪む。
「あれぇ?」
ぞわ、と背筋が冷える。
ーーああ、やっぱり。
「はっけーん♪」
ヤバめなヤツと、会っちゃったなぁ。
「わお、お見事〜!」
ワタシはわざと明るくそう言ってやった。敵に少しでも隙を見せたら、戦闘は不利な方向に行く。
戦闘では、表情すべてを嘘で覆い尽くす。
なるべくニコニコな笑顔を浮かべる。
数秒間の沈黙。
それを、ワタシが破る。
「なーんてね」
ワタシの手に重ねられた、アマレーの手を弾く。
間髪入れず、ワタシは後ろを振り向いてアマレーの腹部を蹴りあげる。
それを受けた幹部さんは、バランスを崩したみたいで、フラフラと重心がさまよう。
「フフ…あ。」
が、相手も当然、只者じゃない。腕でガードされて、攻撃の意味はなし。
それでも、一瞬の間にできた距離を利用し、ワタシは半ば強引に門を開けようとした。
手を伸ばして、片手で手すりを掴む。
このまま無理やり行けたりしないかな……!
「行かせるわけないじゃん」
真上から攻撃、狙いは頭。
ワタシはアマレーの足を鞭で縛り、そのまま投げ捨てる。
「邪魔して来ないでもらえる?」
ワタシは吐き捨てるように言って、門を開きかけた。
すると、
開きかけた門が、 外側から押さえ返される。
押してもなかなか開かない。誰かに阻止されている。
多分アマレー……
「……お〜。」
感心の声が漏れる。
視線をゆらゆら移動させた時、ワタシの目に想定内のものが映る。
血。
門の隙間から、血が垂れている。
それも、ぬるぬる動く、毛虫みたいな血。
既に、能力で血を操っている。
異様なほど鮮やかな赤。
「そんな急がなくてもいいじゃない」
遠くから聞こえる声。
いつの間にか、 アマレーが門の上に座っていた。
足を組み、 退屈そうに頬杖をついている。
「なんで、ワタシがここにいることがわかったの?」
聞くと、アマレーは。
「姿は隠れても温度があるんだもん。あたしの背後に人の温かさってのが感じられてね。」
「そう、ワタシの弱点なんだよなぁ……温度まで隠せないから。」
と、相手を賞賛しつつ。内心、焦りを感じていた。
急いでるのに、この能力使えないな。
その時、ワタシの目に赤い雫が映った。
見てみたら、 彼女の左腕から、 だらだらと血が流れていた。
ーー遅かったか。
「怪我してるね、大丈夫?いたそー」
心にも思ってないことを言ってやる。
「んー?」
アマレーは笑う。
「だって、愛って痛いものだし?」
ぞわ、と。 言葉そのものが肌にまとわりつく。
情報の通りだ、コイツはやっぱ、厄介なヤツだ。
血が、ワタシの髪を濡らした。
ぽたり。
その瞬間。
落ちた血が、急に蝶々みたいに浮き始めた。
ワタシの頭の周りをぐるっと一周したあと、アマレーの元に戻っていく。
正直、その姿は決して綺麗じゃない。
「キショ……。」
「酷くない?」
アマレーはくすくす笑う。
その笑い声に合わせるみたいに、 血が細長く伸びていく。
それはどんどん、何かを形作っていく。
アマレーは、もうすぐ完成するであろう何かを待つ間に、ワタシにこう言ってきた。
「ねぇ、あなた。 どんな血が流れてるの?」
アマレーは、子どもみたいに首を傾げた。
純粋な好奇心。
だからこそ、気味が悪い。 ワタシは眉をひそめる。
「え、献血でもしたいの?」
「違うわよぉ。」
小さく綻ぶ。
血でできた蝶が、彼女の周囲をふわふわ漂う。
「血って、その人そのものじゃない?」
「は?」
アホみたいな声を出す。
「怒った時も、苦しい時も、愛した時も。
ぜーんぶ、血は知ってるの。」
アマレーは、自分の腕から流れる血を、うっとり見下ろした。
「だからあたし、人の血を見るの好き。」
何言ってるの、コイツ。
思わず、唇を噛み締める。
「いっぱい流れるほど、“愛されてる”って感じするし。」
——ダメだ、会話しちゃいけないタイプ。
本能が警鐘を鳴らす。ワタシの長い人生の中で、まだ数回しか鳴っていない、危険の音。
アマレーは、いつの間にか赤色の槍を手に持っていた。
きっとさっき作りだしたものだろう。
それを手にして座ったまま、 アマレーの視線が、すっとワタシの腕へ落ちる。
「あなたは、どんな色?」
あまりの異様さに、森の音が消えた気がした。
刹那、血の蝶が、一斉にこちらへ飛んで来るのだった。
第二十七の月夜 「ヒナのお手伝い」へ続く。
コメント
2件
好きなキャラ、マシロさん登場で嬉しいです😍アマレーさん、強そうですね……続きを楽しみにしております
立秋 芽々(りしゅう めめ)