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夕食に向けての準備のため、部屋に戻った七香は再び作業着に身を包む。同じシフトのはずの奈子は部屋にはおらず、この時間もオーナーである叔父の海舟の手伝いをしているようだった。
いつも二人が一緒にペンションについて話し合っているのを知っていたし、海舟は奈子が生まれた瞬間から知っているらしく、姪である七香よりも親しそうに見える。
再び身支度を整えて食堂に向かうと、奈子がすでにテーブルの準備を始めていた。それから七香に気付くと、にこりと微笑みかけた。
「遅くなってすみません!」
「えっ、遅くないよ。私はずっとここにいただけだから気にしないで。ゆっくり休憩出来た?」
「はい、また周りを散策して来ました。自然がいっぱいだから、写真を撮るのが楽しくて」
「あはは! 今日も行ってきたの? でも、本当にいいところだよね。私も離れてみて気付いたよ。今は長期の休みが入らないと来られないけど、私も帰って来るたびにそう思うよ」
「奈子さん、冬休みもまた来るんですか?」
「うん、その予定。きっとそれが最後になるだろうしね」
大学四年生の奈子は地元の公務員試験に合格をしていてるため、春休みは卒業旅行や引っ越しで予定が埋まりそうだと話していた。そうなれば、ここでのアルバイトも冬休みまでなのだろう。
すると突然、奈子が何機を思い出したかのように、口を大きく開けた。
「そうだ、七香ちゃん。奥野様と何かあった?」
奥野と言われても、初めはピンと来なかった。しかし今朝の食堂での会話を思い出し、昴と一緒にコテージに泊まっている女性だと察する。
「いえ……男性の方とは外で少し話しましたけど……」
「そっか……」
七香の答えに、奈子は何かを考えるように眉間に皺を寄せた。その反応に不安を覚え、心臓がバクバクと鳴り始める。
「あのっ、私、何かやってしまいましたか?」
「えっ? あぁ、違うの。私もオーナーから言われたからはっきりとしたことはわからないんだけどね、奥野様がディナーを部屋に運んで欲しいって言っていて、しかも運ぶのを七香ちゃんにお願いしたいって指名してきたんだって」
「私……ですか?」
「そうなの。でも七香ちゃんは入ったばかりのアルバイトだし、それ専門のスタッフがいるって言ったのに、七香ちゃんにって聞かないんだって」
「そうでしたか……あの、私はどうすれば……」
「まぁ馴染みのお客様だし、一応オーナーが一緒に行くってことで納得したみたい。だから今日は食堂での仕事はしないで、そちらに回ってもらってもいい?」
「……わかりました」
七香はどういうことかわかっていなかったが、とりあえず今夜は仕事が少し違うということだけは理解出来た。それと同時に、今の奈子の言葉が七香の心に引っ掛かる。
「奥野様は……昔からいらしているんですか?」
「うーん、いらしてるのはここ五年くらいかな。お忙しい方だから、長期の休みが取れた時に予約してくださるみたい」
「その時っていつもあの男性も一緒なんですか?」
「それが……男性は毎回違うの。というか、もしかして何かあったのは男性の方?」
「いえ、ただ声をかけられただけです」
あまり大ごとではなく、通りすがりに話した程度だったにも関わらず、奈子は一瞬目を見開いてから苦笑した。
「あぁ、なるほど。それがきっかけかもしれないね」
「えっ、どうしてですか?」
「だって自分の連れが別の女の子に話しかけたわけでしょ? そりゃいい気はしないじゃない。七香ちゃん、何が起こるかわからないから気をしっかり持ってね」
「そ、そんな大変なことが起こるんですか⁈」
「いやいや、可能があるっていうだけだから。それにオーナーも一緒だから大丈夫だと思うし」
最後に安心させようとしてくれたのだろうが、七香の中には不安感ばかりが募っていく。少しだけ話しただけ、奥野様が考えるようなことは何も起きていない。
「私、生きて帰って来られるでしょうか……」
「うんうん、きっと大丈夫。健闘を祈るよ」
「が、頑張ります」
七香の肩を叩いた奈子に対し、大きく頷いた。
#片思い