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白山小梅
12
#借金
* * * *
部屋食を希望するお客様の元へ届けるため、車に食材を載せると、オーナーである海舟は運転席に乗り込んだ。
長めの黒髪を一つに束ね、切れ長の目尻を下げた海舟は、重たい気分のまま助手席に座った七香を心配そうに見つめた。
「お客様の希望とはいえ、なんか申し訳ないね」
「ううん、大丈夫。ちょっと緊張してるけど」
「部屋の中で食事をセッティングするのは僕がやるから、七香ちゃんは小物を入口まで運んだら車に戻っていいから」
「うん、わかった」
辺りは暗くなり、空には月と星が輝き始めていた。昼間とは違い、木々の葉が黒い闇を作り出し、静かに風に揺れていた。それがどこか怖さを感じさせる。
舗装された道にはソーラーライトが埋め込まれており、明るく照らされたその道を車が慎重に進んでいく。
七香の視界にコテージが入ってくると、心臓の音がさらに大きくなって、息苦しさも感じた。
あれは奈子さんの想像で、もしかしたら何の意味もないのかもしれない。そうよ、私に興味を持つ理由なんてある? もしあるとすればーー七香はため息をついた。あの男以外に考えられないのも事実だったのだ。
今朝の女性はにこやかに食事をしているように見えた。そんなふうに怒ったりする姿は想像出来なかった。
コテージの前に車が停まった瞬間、七香の口から大きなため息が出た。まるで学校で先生に呼び出しを食らった時のような感じに似ている。とにかく早く時間が過ぎて欲しいと思った。
「じゃあ呼び鈴を押してくるから、七香ちゃんはトランクを開けて待っててくれるかな」
七香は頷くと、車からゆっくりと降りる。コテージの玄関ドアへと歩く海舟を横目に、トランクを開けた時だった。女性の明るく弾むような声が聞こえてきたのだ。
「あら、いいじゃない」
「いや、それは……」
「でもその方が早く終わるんじゃない?」
その言葉が気になってひょいと顔を覗かせると、こちらを見ていた女性と目が合ってしまう。すると女性は満面の笑みを浮かべて七香に声をかけてきた。
「ねぇあなた! オーナー一人じゃ時間がかかって大変だから、あなたも手伝ってくれない? 私たち、動き過ぎてお腹がぺこぺこなのよ」
「いえ、奥野様、私一人で大丈夫ですので……」
「いいじゃない。早いに越したことはないし。お願い出来るわよね?」
海舟が困ったように七香に目を向けた。ただ彼女の言葉を聞いている限り、やはり奈子の言う通り、七香に対しての苛立ちのようなものを感じた。
私はあの男に話しかけられたから話しただけなのに、何がいけなかったんだろうーー唇をきゅっと結んで目を伏せる。しかしそんな理不尽さを感じつつも、海舟に迷惑はかけたくないという想いも相まって、七香は肩を落として海舟の方を向いた。
「大丈夫です。手伝います。きっと二人の方が早く終わると思うし」
「ほら、あの子もああ言ってるし。いいじゃない」
得意そうに言った早紀に対し、海舟は眉間に皺を寄せながらも、
「わかりました。七香ちゃん、じゃあ手伝ってくれるかな?」
と小さな声で呟いた。
トランクの中に積まれた保温庫の扉を開けて、トレーを取り出す。車に戻ってきた海舟が申し訳なさそうに頭を下げた。
「こんなことになってごめんよ」
「オーナーのせいじゃないですから。パパパって終わらせちゃいましょう」
「そうだね」
トレーを持って入口に向かうと、開け放ったドアのそばに立つ早紀が、七香に対して不敵な笑みを浮かべたのだ。風呂に入ったばかりなのか、バスローブに濡れた髪、体からはフローラルの香りが漂っていた。
「失礼します」
「えぇ、よろしくね」
ごくりと唾を飲み込むと、靴を脱ぎ、海舟が用意したスリッパに履き替える。
一番ランクの高い部屋ということもあり、内装は高級感のあるモダンな雰囲気のもので溢れていた。清掃は別の人の担当のため、部屋に入るのは初めてだった七香は、一歩一歩慎重に歩く。
すると前方に寝室が目に入る。あまりにも乱れたベッドの様子にから、先ほどまで何が行われていたのかを察して顔を真っ赤に染めた。
俯いたまま部屋の中央に置かれたダイニングテーブルに皿を並べて、車に戻ろうとした時だった。七香の足元に破れた小さなプラスチックの個包装の袋が落ちていることに気付く。ゴミがあったら拾うのが決まりだったので、しゃがんで袋を手にした瞬間、ハッとしたように目を見開く。それがコンドームの空袋だとわかった途端、ゾッとして震えが走り、思わず落としてしまった。そばにある屑籠を恐る恐る覗き込むと、同じような袋や使用済みのものが無造作に捨てられていた。
動きが止まってしまった七香の手から、誰かが小袋を勢いよく取り上げた。驚いたように首を動かすと、そこには早紀と同じように濡れた髪とバスローブを身につけた昴が、無表情のまま立っていた。
「俺が捨てるから」
彼はそう言うと、屑籠を持って寝室に行ってしまう。その背中を見ながら、七香の心臓はバクバクと音を立てて鳴り続けていた。
「あら、ごめんなさい。ちゃんと捨てたつもりだったんだけど」
やけに楽しそうに笑う早紀を見れば、今の言葉が嘘であることがはっきりとわかった。
そうか、わざと置いていたんだーーしかし相手はお客様、そして七香を見る眼光の鋭さに体がブルっと震えるのを感じ、唇をギュッと噛み締めて悔しい気持ちを堪える。
寝室から戻ってきた昴がこちらを見た気がしたが、あまりにも不快でそちらを見る気になれなかった。早くこの場から去りたいと思った。
「夕食の支度はこれで終了です。どうぞごゆっくりと食事をお楽しみください。終わりましたら片付けに伺いますので、フロントまでご連絡ください。では失礼します」
七香がトレーを一つ運ぶ間に、海舟は猛スピードでテーブルセッティングをしてくれたらしい。海舟は七香の手を取ると、
「……失礼します」
と言って部屋を後にした。