テラーノベル
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「借りてた小説、すごい良かったー。レナード様が救われて一筋の涙を流すところなんて、私も泣いたわ」
部屋に戻ると私の小説が戻ってきたところだった。
入学式を途中から抜けていたことを突っ込まれなかったことに安堵する。
「イザベラ、また読んでも良い?」
ミーアが『金に見えない女を求めて。』をまた読みたいと言っている。
返却される度に読んでいる彼女は、この小説を読んでは涙を流している。
もう暗唱できるくらい読んでいる気がする。
「本当にレナード・アーデン侯爵が好きなんだから、はい、どーぞ。ご堪能あれ」
私は小説を渡しながら、ミーアが昔の私のようだと思った。
私が憧れていたのはアニメのキャラだから安全だが、レナード様は生きている。
そして16歳の婚約者がいるらしく、帝国の女性は18歳から結婚できるらしい。
2年後にレナード様は結婚する可能性が高いのだ。
世界一の大富豪の結婚は、必ずレオ王国でも新聞にのる。
その時、ミーアは泣き崩れるだろう、裏切られたと泣き叫ぶに違いない。
3年間、彼女と同室なので今からその時が来るのが怖くて仕方がない。
時限爆弾はあと2年で、爆発することが決定しているのだ。
「はぁ、レナード様って本当に素敵。本物の彼もこんなに美しかったの?」
ミーアが挿絵を見て、うっとりとしながら私に話しかけてくる。
「見惚れて頭がぼーっとするくらい美しかったよ」
私がミーアのことを本当に思うなら、あまり彼に熱をあげないように忠告してあげるべきだろう。
しかし、私が少しでも彼女の想い人レナード・アーデン侯爵を否定したら彼女は私のことを嫌いになる。
今まで積み上げてきたものや、仲良くしてきた時間は関係ないのだ。
私も自分のお熱なキャラを否定された時に、我を失いかけたからわかるのだ。
信者も怖いがそれと同等に、決して出逢えぬ理想の王子様にガチ恋する女も怖いのだ。
「ねえ、ミーア、気を遣って廊下側のベットが良いって言ったでしょ。今から窓側に変えても良いよ。」
私はミーアが自分と同じように、周りに気を遣う子だと、一緒に生活する中で気がついてきた。
彼女が夜中起きることは一度もなかった。
おそらく、廊下側の方が物音がうるさいから、そちらを選択したのだろう。
夜中、彼女が起きないことはありがたい。
対策会議のため私は外出したり、これからもするからだ。
電気をつけっぱなしなのもありがたい。
おかげで昨晩は徹夜でルイス王太子向けの小説を執筆できた。
それにしても徹夜しようとツヤツヤのお肌を持つイザベラ。
イザベラのこういうところがヒロインっぽいのに今の予想ではざまぁ対象だ。
「廊下側のベットだと足音が聞こえるでしょ。もしかして小説が返ってきたのかもって、いつも足音を聞いているの。だから、こちら側が良いの。イザベラは気をつかいすぎ」
ミーアのこのヤバい程のレナード様へのハマり方は、私が王子様のような人にこだわってしまったのに似ている。
私は、30歳になるまでは華やかな職業というCAのイメージとメイクの力でそれなりにモテた。
今思えば素敵な方からのアプローチもしっかりあった。
それでも女子校でたまに発生する現実の男を知らず、異常に理想が高くなってしまった取り扱い注意の女になってしまっていた。
私は仕草や髪型などが少しでも理想と違えば交際を断っていた。
「小説が戻ってきたら、すぐにミーアに渡すから足音なんて聞いてないで安心して待ってなさい」
貴族令嬢のミーアは結婚が義務だから結婚はするだろう。
理想の王子様像を追い求めすぎている昔の私のような彼女は、素敵な相手だとしても不満ばかり見つけてしまう。
「ありがとう、イザベラ優しい、好き。でも、レナード様はもっと好き」
これだけ身分の違いがありながら打ち解けたのに、一瞬で壊れるリスクがある。
そんな取扱注意の女ミーアを見て、20代の私がなぜ結婚できなかったかを理解した。