コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
2
見慣れない部屋で目を覚ました。
頭が痛い…重たくてぼーっとする。…そうこれは、お酒を飲んだ後の症状に似ている。
お酒…!?
とっさに飛び起きた。
ここ、どこ?
わたし…なにして…。
見回した見慣れない部屋は、ホテルの部屋ともちがっていた。
眩しい朝日が差し込んだベージュのカーテンやモノトーンのスタイリッシュな家具からして、男の人の部屋っぽい―――
そこで、昨晩の記憶を取り戻した。
わたし、課長と飲んでいて…。
するとここは、課長の寝室!?
掛布団を引っ剥がした。
ふ、服は着てる…昨日のままだ。
じゃあなにも無かった…のかな…?
ああもう、男の人の部屋で酔いつぶれるなんて、おばあちゃんが知ったらきっと倒れちゃうよ。
コンコン
ノックがしたかと思うと、ドアがそっと開いた。
「やぁ、お目覚めかな」
姿を現したのは、課長だった。
「あ、あのわたし」
「気分はどう?キミ、シャンパンを飲んだら急に倒れてしまったんだよ?覚えてる?」
ふるふる…と首を横に振ると、微笑みながら課長はベッドに腰を下ろした。
朝日に照らされたその瞳は、昨晩の色っぽさを潜ませた代わりに穏やかでやさしい雰囲気をかもしだしていた。
「お酒、そんなに強くなかったの?」
「…というか、飲めませんでした」
課長は苦笑った。
「なら言ってくれればよかったのに」
「…せっかく作ってくださったのに、悪いと思って」
呆れるような吐息が聞こえる。
課長は口調をいっそうやわらかくさせて続けた。
「今日は会社を休むといい。あまり表情もよくない。二日酔い、つらいんだろう?」
「いえ、そんなわけには」
二日酔いで仕事を休むなんてありえない。
しかも当日欠勤なんて…先輩たちに後でなにを言われるか、想像しただけで震える。
「そうか、ならもう少し寝ているといいよ。大丈夫、時間にはまだ余裕があるから。なにせここは徒歩ゼロ分だからね」
と、いたずらっぽい笑みを浮かべると「薬を持ってくる」と言い残して課長は出て行った。
やさしいな、課長…。
昨日のいじわるさが嘘みたいだ。
壁の時計を見ると七時。
これから家に帰ってシャワー入って着替えて…はできない時間だなぁ…。
このまますこし、いさせてもらうしかないかなぁ…。
なんとなく、起き上がって窓をのぞいてみた。
直射日光とともに、都会の早朝の光景が飛び込んできた。
さすがにこの時間はまだサラリーマンが少なく、閑散としていている。
いつも車や働く人で溢れているのに、早朝だとこんなにちがうものなんだな。
わたしのアパートは最寄のバス停からすこし歩いたにぎやかな住宅街にあった。
学生さんやサラリーマンが一斉に駅に向かう朝は「みなさん共にお仕事がんばりましょう!」って気になるし、買い物帰りの親子が手を繋いで家路を急ぐ夕方は「今日も一日お疲れ様でした」ってホッとなる。
でもここは…まるでゴーストタウンみたいで、なんだかとても寂しい。
課長は…毎朝この広い部屋の中でひとり、こんな光景を眺めているのかな…。
「亜海ちゃん」
急に呼ばれてドキリと鳴った。
課長が立っていた。
まるで洗練された執事のように、大きなトレイを持って。
「頭痛薬を飲む前になにかお腹にいれた方がいい。あっさりしたものなら食べられる?」
掲げて見せたトレイには、ヨーグルトが乗ったパインとパンケーキがあった。
特にパンケーキは焼きたてのふわふわで、ハチミツの甘酸っぱい香りがただよってくる。
「わぁ…もしかして課長が作ったんですか?」
「そうだよ」
「お料理苦手だったんじゃ?」
「苦手じゃないよ。作らないだけ。でも今朝はキミのために作った。無理に飲ませたお詫びをしようと思って」
やっぱり、今朝の課長はやさしいな。
あんな「命令」を言ったのが嘘みたい…。
「紅茶飲める?ミルクとレモンどっち入れたい?」
「じゃあ…レモンで…」
ティーポットから高々と紅茶が注がれて、瑞々しいレモンが入る。
上質な茶葉だとわかる芳醇な香りがレモンの酸味とあいまって鼻先をかすめて、戸惑う気持ちを落ち着かせてくれる。
その落着きは、一口飲んだだけでさらに深まった。
「すごく美味しい紅茶ですね」
「そう、良かった。遠慮しないで食べて?」
爽やかな風味で二日酔いの胸悪さがすこし緩和されると、瑞々しそうなパインヨーグルトが気になりだした。
パインを一切れ頬張った。酸味とヨーグルトのまろやかさが絶妙だ。
こうなれば、ハチミツの甘い香りに負けてしまう。
「パンケーキいただいてもいいですか」
「ぜひ。キミの口に合うかわからないけど」
そんな言葉、謙遜だってすぐに実感した。
ミルクをたっぷり入れたやさしい味が、ハチミツのほのかに酸味のあるこってりとした甘さによく合って、全然飽きの来ない美味しさだった。
…甘い顔立ちでこんなパンケーキを作ってしまうなんて、罪だ。