テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
雨は弾幕の如く降り注ぎ、風は暴徒、雷鳴が轟く。街中を傘どもが行進する中、男は歩いていた。顔はうつむき、その足取りは重く不安定。口元は僅かに震えており、小さく、ほんの僅かな声で同じ言葉を繰り返している。
この男には他者など、まったくもって見えていないようだ。先ほどから何度も向かいから来た通行人とぶつかっている。百九〇を超えた大男の腕に肩が擦れた際も、お男のほうは怒ったが、それすら見ていなかった。
ただその時、大男は男の胸ぐらをつかみ、陰になっていたその顔をはっきりと見た。すると手は自然に離れ、何事もなかったかのように男は歩んだ。
霞が街のLEDを溶かしている。そこは夢のような夢の世界。
スクランブル交差点に足を踏み入れた。他には誰もいない中。スマートフォンの青白色が神秘に男を囲んでいた。クラクションの演奏会が開かれた。
ただ歩く、これだけをしていた晃一はついにその中央で立ち止まる。腕を大きく開き、空気を抱いた。その眼に一切の曇りなく、幼女的で猟奇的な裂けた笑みを見浮かべていた。
晃一は眼を閉じる。この素晴らしき日の全てを忘れまいと音を拾う。
世界が己を祝福しているかのようだった。切られたシャッターの一つ一つ、雨だれの弾ける一つ一つ。見なくともわかる、泥酔した淡い色彩。その全てが今、拍手を大いに喝采している。
「俺たちの勝ちだ!!!」
晃一は叫んだ。少年のまま、拳を掲げ叫んだ。彼を囲う群衆の中からも同じように、三つ傘が伸びた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!