「お前様」
と、橘が髭モジャへ問うた。
「おお、もう、お手上げじゃな。女房殿。ワシらは、粥でも食うておるしかないわ」
弱気な言葉を吐く髭モジャに、橘も頷いた。
「え?どうゆうことですか?」
「紗奈、お前も見たでしょ?先程の女房。タマの機転で、やり過ごせたけれど……」
「……つまり、賊の一味は、既に屋敷に入り込んでいた……」
ええ、と、橘は答え、もしかすると、かなり前から、と、何か思い当たる節があるのか、そのまま黙った。
「女童子《めどうじ》、粥を食べろ。食べて、落ち着くのじゃ」
髭モジャが言う。
「うん、そうだね、髭モジャ!あたしは、童子検非違使の紗奈だよ!このままでは、済まさない!粥を食べて、皆を守る!」
「おお、そのいきじゃ!と、言いたいところじゃがのぉ、さすがに、今回は、分が悪るすぎるわ」
「なるほど、でも、少しぐらい、なら、仕返しできるでしょ?」
「紗奈、あなた、少しぐらい、って、言うけれど、これは、相当面倒な事なのよ?」
「橘様。それでも、やらなきゃいけないんです!騙されたフリをしてね!」
ふふふと、笑う紗奈の姿は、イタズラ盛りの、五つの女童子に戻っていた。
「まったく、何をやらかすつもりなのかしら」
橘は、あきれ果て、髭モジャは、こりゃー、まいったのぉと、頭を、かいている。
「あの、それで、タマの粥は、どれですか!椀の数が足りません!」
「おー、すまん、すまん、って、あんた、誰じゃ?」
髭モジャが、粥の催促をする若人タマを、凝視する。
「あっ、そっか、タマですよ!髭モジャ様!」
「おお、タマか、え、えええーーー!!!」
いや、これは、どうしたことじゃと、口ずさみながら、髭モジャは、腰を抜かして、床に転がり込んだ。
「もう、そんなに驚かなくても!じゃ、犬に、戻りますっ!」
それっと、掛け声と、共に、若人の姿が、するすると消えて行く。そして、床で、紙切れが一枚、パタパタと、はためいた。
「なっ、これっ、え、えええーーー!!犬形!!!」
「上野様ー!拾ってくださーい!」
犬の形をした紙切れが、パタパタ動きながら、喋る。
「い、犬、犬って、犬の形って、なんなの?!」
「だから、式神の犬形なので、犬の形なんですけど、床から、拾ってくださいよー!」
「さ、紗奈、拾っておあげ」
橘が、言う。しかし、驚きから、その一声をかけるのが、精一杯だった。
「わかった、拾えばいいのね」
言われた通り、犬の形をした紙切れを紗奈は、拾い上げた。
と、その瞬間、わん!と、元気な犬の、鳴き声が、紗奈の腕の中で響いた。
「ぎゃー!!犬!!」
勢い、犬を放り投げ、紗奈は、退き、ゴンと、いう音と共に、わーん!と、タマの鳴き声が続く。
「ひどいよー!タマを投げるなんて!」
落ちた拍子に、頭を床にぶつけたと、タマの怒りは、収まらない。
「いや、たまげた。本当にタマじゃったのじゃなあー!」
「はい、髭モジャ様。タマは、たまげた、から、タマなんでーす!」
驚く皆に向かって、タマは、わん!と鳴いた。
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