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「おう、ちょっと待った!」
入り口の筵《むしろ》が、ざっと、おおきく捲《まく》りあげられた。
「まあまあ、新《あらた》そう言わずに」
「そうそう、若いもんには、若いもんの考えがあるんだし」
「でも、びっくりしたねぇーあの、紗奈ちゃんが!」
「ほんと、ほんと、まさかの、駆け落ちだなんて!」
「まあ、子どもの頃から、無鉄砲だったからねえー」
「そうそう、兄さんの、長良《ながら》が、しょっちゅう、後追っかけて!」
「いや、でも、まあ、なんだかねぇー」
新に続くように、年増の女達が、小屋に入って来たとたん、いきなりの、井戸端会議。そして、おいおい、泣き出した。
「あー、子どもの頃から、見てるから、まるで、自分の事のよう」
「何いってんだい、自分、じゃなくて、自分の子どもだろ!」
「まあ、まあ、あんたら、どっちでも、いいじゃないか、とにかく、おばちゃん達は、紗奈ちゃんの見方だからね!」
「あー、ほんとに、なんだか、嬉しいやら、寂しいやら」
と、さらに、声をあげて泣き出す。
「い、いやっ!ちょいと!皆!感動の涙なんて、流してる場合じゃないよ!なんで、髭モジャがいるんだい!」
「あっ!本当に!髭モジャじゃないか!」
「えっ!!嘘だろ!」
「紗奈ちゃん!!!」
「ダメだよ!!髭モジャは、ダメだ!」
紗奈ちゃん、お止めっっっっーーーー!!!!
と、おばちゃん達による、一斉非難の声があがった。
「……あの、なぜ、ワシなんじゃ?というかのぉ、なぜ、ワシが、いかんのじゃ?」
理由なく、おばちゃん達に、その場に居る事を非難された、髭モジャが、つい、つぶやく。
「あーーー!やっぱり、無責任男の典型だ!」
「そうそう、そうやって、いざとなると、知らぬ存ぜぬ!」
「なあ、紗奈ちゃん、本性を見ただろう!」
紗奈ちゃん、髭モジャは、お止めっっっっーーーー!!!!
と、再び、おばちゃん達は叫ぶ。
「いや、おばちゃん達よ、話が、こじれてんだが?」
「何を言ってんだい!反対してる、あんた、新が、こじらせてるんだろ!」
「いや、待った!こじらせて、いいんだよ!そりゃ、髭モジャなら、駄目だって、新じゃなくても言うよ!」
「いやあ!新、あんた、紗奈ちゃんを止めてくれて、ありがとよ!」
おばちゃん達は、新へ群がって、今度は、感謝の涙を流しだした。
「い、いや、おばちゃん達、もう、いいから、紗奈を頼むっ!」
あーーー!そうだった!!
と、おばちゃん達の叫びと、各々の、喋りで、益々、小屋は、かしましくなる。
「あー、おばちゃん達が盛り上がってる隙に、説明するとだな、紗奈を無事、御屋敷へ戻すために……」
「それで、新、私が、駆け落ちするって、ここに、来たってことに?!で、相手が、髭モジャ!!それは、ないよ!新!!」
「じゃ、なくって!髭モジャは、おばちゃん達が、勝手に、勘違いしちまった。っていうか、紗奈が来てる、で、駆け落ちか!と、なったんだ。俺は、駆け落ちなんて言ってねぇーよ」
わいわいと、勝手に井戸端会議に励むおばちゃん達を新は、困り顔で眺めている。
「あれだけ、琵琶法師と、揉めたんだ、うちの若いのに、紗奈、お前を送らせる事は、できねぇ。向こうも、何の嫌がらせをするかわからねぇからな。そしたら、紗奈、関係ねぇお前まで、巻き添えを食うことになる」
「で、賄いの準備に雇ってる、都のおばちゃん達の中に、紛れて……ってこと?」
「なるほどなぁ、新、考えたのぉ、じゃが、ワシが、いるぞ?」
「髭モジャよ、お前も、ある意味、面が割れてるだろ?」
「あー、そうか。髭モジャだもんねー。え、ってことは、私も。琵琶法師に、御屋敷で、顔見られてる!!」
それは、いかん!と、髭モジャが、叫ぶと同時に、新へ掴みかかり、
「あーーー!ワシは、女童子《めどうじ》と、一緒になるんじゃ!」
と、暴れるかの勢いで、ダミ声を響かせた。
「お前様、そこは、女童子ではなく、紗奈、でしょうがっ!」
髭モジャの袖の裏から、こっそりと、声が流れて来る。
「おお、そうじゃの、女房殿」
ちょっと、お待ち!!女房、だって!と、おばちゃんの一人が、髭モジャを見た。
「皆!髭モジャのやつ、もう、紗奈ちゃんを、女房扱いしてるよ!」
勘違いが、勘違いを呼び、小屋の中は、もう、収集がつかなくなっていた。
「あーー!わ、わたし!やっぱり、御屋敷へ帰るっ!!!」
「よし、それがいい!紗奈!御屋敷へ戻れ!おばちゃん達!御屋敷まで、紗奈を頼んだぜ!俺らは、この、髭モジャを、す巻きにして、河へ放り込んでおく!!」
「あいよ!新!任せときな!」
おばちゃん達は、息巻いた。