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ドタドタと、男のものであろう、足音が、近づいて来る。


常春《つねはる》は、瞬間、身構えた。


「ああ、鍾馗《しょうき》だよ。常春」


「あっ、いや、てっきり、賊かと思って……」


晴康《とも》の、腹の座り具合は、どこから来るのか、と、思いつつも、賊の存在に恐怖を覚えている自分に恥ずかしくなり、常春は、うつむいた。


「別に、恥じることはないよ。誰しも、得体の知れないものに襲われると、思えば、恐ろしくなる」


そういう、お前は、どうして……と、常春が、いいかけた時、晴康《はるやす》の言葉通り、鍾馗が、現れた。


「荷物の運び出しのお手伝いに参りました。何から運びますか?」


「ああ、書き付け類に、絞ろうと思って。それで、中身を、包んでくれないかい?」


「常春様!遠慮は、入りません。唐櫃《からびつ》ごと、運びだします」


「いや、そうは言うけど、鍾馗。どう考えても、無理だろう?」


「考えている間に、運べば!!」


「ああ、晴康、この熱血漢、どうにかしてくれよ。まるっきり、髭モジャ殿だろ?」


「まあ、親子だからね。おんなじ、髭モジャ顔だし」


「い、いや、私は、とと様ほど、髭モジャじゃありません!」


否定する鍾馗の様子に、晴康は、常春をみる。


「いっしょだよ、鍾馗」


「ええ!常春様!そこは、そこは!!」


「まあまあ、実はね、唐櫃は、置いたままにして欲しいんだ」


「それは、なぜでございますか?晴康様?」


解らぬと、首を傾げる鍾馗同様、常春も、晴康の意図が掴めないでいた。


「つまり、賊が、ここに、やって来る。そして、お宝を手にしようと、唐櫃を開ける。ところが、どうだろう。中身は、空っぽ。どうだい?鍾馗、その方が、面白いだろ?」


「なるほど!それは、良い!」


と、唸る鍾馗の脇で、常春は、例の敷布を広げた。


とたんに、むわっとした、臭いが漂った。


「これに、中身の書き付けを包んでくれないか?そして、室《むろ》に埋めて欲しいんだ」


「はい……ところで、この布は?」


「あー、やっぱり、解るか!自分達の臭いだからね!」


笑いをこらえる、常春に、鍾馗は、不思議そうに言った。


「あの?臭いとは?そもそも、どこから、このような、みすぼらしい布を?」


こ、この臭いが、わからないのか?!


驚き固まる常春に、晴康が言う。


「自分の臭いって、案外、わからないものだよ、常春」


えっ!と、常春は、小さく声をあげ、自分の袖を嗅いでみる。


「あー、大丈夫。今のところ、常春からは、臭さは、感じられないから。で、任せてもらえないかなあ」


「ん?」


「書き付けは、ちゃんと、守る。特に、大切な所は、私が、守るから。決して、迷惑は、かけない。だから、常春は、一度、橘様の所へ、彼方と、どう話がついたか聞いて欲しい」


確かに。


髭モジャと、出て行った紗奈の事もある。そして、晴康の言うように、どうなっているのか、まるで、分かっていないのは、非常に不味い。何よりも、晴康は、常春が邪魔なのだ。一人に、なりたいのだ。


そうして、ここに、押し込んで来る人物と、対決するつもりなのか。


それは、賊ではない……。誰か。家令《しつじ》?いや?


とにかく、書き付けの事を知っている者がやって来て、その存在を確かめようとするのだろう。


そのためだけに、放火、はたまた、賊の、押し込み……が、行われるのだろうか?


そもそもが、見せかけ、囮ということか?なぜ、そこまでの事を。


常春の思考は、ぐるぐると、巡るだけだった。


──迷惑は、かけない。


晴康が、そこまで言うのだ、信じてやろう。と、常春は、思い、できるだけ平然として、晴康へ答えた。


「ああ、そうだな、じゃあ、頼んだよ。鍾馗、室に埋めたら、一旦、合流できないかい?皆の手伝いをしなきゃならないだろうから」


既に、書き付け取り出し、大包みを作りかけていた鍾馗は、分かりましたと、答えた。


「すまない、常春」


「じゃあ、ここは、晴康に、任せるよ」


言って、常春は、橘の元へ向かった。


きっと、晴康には、不安と、不信、そして、疑心が、渦巻いている心の内を、見透かされているのだと思いながら……。

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