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設楽理沙
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れい
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latte
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第5話(前編)「言葉よりもあざやかに」
第一章:紅生姜天の湯気の向こうで
24時間営業の富士そばの店内には、出汁と油の香りが充満していた。
ガラガラと音を立てて引き戸をあけると、始発待ちと思われるサラリーマンや、夜勤明けの若者が数人、静かに麺をすすっている。
券売機で食券を買い、カウンターの端の席に二人並んで腰を下ろした。
運ばれてきた紅生姜天そばからは、真っ白な湯気が立ち上っている。つゆに浸かった赤い天ぷらが、早朝の蛍光灯の下でやけに鮮やかに見えた。
「いただきまーす!」
アオイが両手を合わせ、威勢よくフーフーと麺をすする。ツトムも箸をつけ、温かい出汁を口に含んだ。五臓六腑に染み渡る熱さが、夜通し歩き回って冷え切っていた身体をじわじわと解きほぐしていく。
「ん〜〜! やっぱり夜明けの富士そばは最高! ツトムくん、どう?」
「……まあ、美味いな。思いのほか」
「でしょ? トレンドのお店もいいけどさ、こういう『生き返る感じ』がする場所が、本当は一番好きなんだよね」
アオイは満足そうに目を細めた。
先ほど歩道橋の上で見せた脆さや涙は、まるで夢だったかのように消え去っている。けれど、ツトムにはわかっていた。今の彼女の明るさは、自分の弱さを吐き出したあとの、晴れやかな素顔なのだと。
ツトムは箸を止め、隣の少女を盗み見た。
店内を照らす無機質な光の中で、少し乱れた髪と、少し赤い目元。それでもどこかスッキリとした表情でそばをすするアオイの姿は、どんな写真や絵画よりも、ツトムの胸を強く打った。
第二章:ファインダーの外側の世界
店を出ると、街はすっかり朝の光に満ちていた。
ビル群の影が小さくなり、交差点を交錯する人々の影が長く伸びている。
「あー、食べた食べた! じゃあツトムくん、駅に行こっか。今度こそ始発動いてるし!」
アオイがくるりと振り向き、元気に歩き出す。
その背中を追いかけながら、ツトムの胸の奥で、カチリと何かのスイッチが入る音がした。
リュックの中で眠るスケッチブック。
そこには、レンズを外し、カメラを胸元に降ろしたアオイの素顔が描かれている。
不完全で、空っぽで、怖がりだと自分を責めていた彼女。
けれどツトムにとって、彼女がもたらしてくれた光は、息の詰まる世界から自分を救い出してくれた何よりの救いだった。
「アオイ」
ツトムは立ち止まり、その名を呼んだ。
少し大きくなった自分の声に、通りすがりの人がちらりと視線を向けたが、気にならなかった。
アオイが立ち止まり、不思議そうに振り返る。
「ん? どうしたの、ツトムくん?」
ツトムは握りしめた拳に力を込め、まっすぐにアオイの目を見つめた。
逃げてばかりだった自分が、初めて自ら踏み出す一歩。言葉が喉の奥でつかえそうになるのを、深く息を吸い込んで押し出す。
第三章:言葉を重ねる
「さっき……お前、自分のこと不完全だって言ったろ」
ツトムの声は少し震えていたが、朝の静かな空気の中にしっかりと届いた。
アオイは一瞬目を丸くし、それから少し照れくさそうに視線を落とした。
「あはは……うん。なんか恥ずかしいこと言っちゃったよね、忘れて——」
「忘れない」
はっきりと遮ると、ツトムは歩み寄った。
アオイとの距離が詰まる。彼女の胸元で揺れる一眼レフカメラ。いつもなら二人の間を隔てるフィルターになっていたそれが、今はただ静かに下がっている。
「俺は、お前がカメラ越しに見ている世界が好きだ。……でも、それ以上に、カメラを外したお前と一緒に見る世界が……お前自身のことが、好きなんだ」
アオイの息が止まるのがわかった。
丸く見開かれた瞳に、ツトムの姿が映っている。
「トレンドとか、共感とか、そんなのどうでもいい。俺の描く世界に色をつけてくれたのは、全部お前だ。不完全でいい。空っぽなんかじゃない。俺は……そのままのお前が、好きだ」
一気に吐き出した言葉が、朝の街に消えていく。
顔が火が出るほど熱かった。ツトムは心臓が耳元で鳴り響くのを感じながら、アオイの反応を待った。
アオイは固まったまま、じっとツトムを見つめていた。
やがて、彼女の目から、ぽろりと大きな粒の涙がこぼれ落ちた。
「……え、あ……ごめん、嫌だったか……!?」
ツトムが慌てて手を伸ばしかけると、アオイは首を大きく横に振った。
第四章:ターコイズブルーの誓い
「違うの……違うよ、ツトムくん」
アオイは溢れる涙を両手の甲でゴシゴシと拭いながら、くしゃりと顔をほころばせた。それは、出会ってから今までで、いちばん愛おしい笑顔だった。
「すっごく……すっごく嬉しいの」
アオイは胸元の一眼レフカメラをぎゅっと握りしめ、ツトムの目の前まで一歩踏み出した。
「私ね、自分に自信がなくて、ずっと怖かった。でも……ツトムくんが私を見ててくれたなら、ツトムくんの絵の中に私がいるなら……私、自分のこと、ちょっとだけ好きになれそう」
アオイは涙で濡れた瞳を輝かせ、ツトムをまっすぐに見つめ返した。
「私も……ツトムくんが好き。写真の中のツトムくんも、目の前にいるツトムくんも、全部好きだよ」
朝焼けのターコイズブルーから、少しずつ黄金色へと移り変わっていく光が、二人を優しく包み込んだ。
ツトムは胸の奥が温かいもので満たされていくのを感じながら、そっと手を伸ばし、アオイの小さな手を握りしめた。アオイもまた、その手をキュッと握り返してくる。
「あーあ、涙出ちゃったじゃん! これじゃ『映え』ない顔になっちゃうよ」
「いいだろ、別にお前は映えなくて。そのままで」
「ひどい! 告白の直後にそれ言う!?」
アオイが泣き笑いのような声をあげて笑い、ツトムもつられて笑った。
二人は手を繋いだまま、始発の電車が待つ駅の改札へと向かって歩き出した。
これから始まる新しい日々。雑音だらけだったはずの渋谷の街は、今や二人を祝福するかのように、あざやかな朝の色彩に満ちあふれていた。
コメント
1件
感想きたー!!🌸 第5話、完璧すぎて叫びそうになったよ…!歩道橋の涙から富士そばの湯気、そして告白までの流れ、もう心臓ぎゅうぎゅうだったよ…😭💕 ツトムが「カメラを外したお前と一緒に見る世界が好き」って言ったとこ、完全にノックアウトされた。あの真っ直ぐな言葉、めっちゃ刺さった…!最後の「映えなくてそのままで」のやり取りも、二人の関係性が全部出てて最高だったよ。続き、早く読みたい〜!!✨