《挑発》の影響もあり、魔獣たちは自ずとロキへと牙を向けてくる。ロキはそこに鎖や先端の杭……、自身の間合いに入れば、己の拳や蹴りを使って叩くだけという、ロキにとっては簡単な作業の繰り返しだった。
「オラオラ! しっかりしろよ魔獣ども!!」
ロキの身体能力は元より、体力は人より優れていた。それはロキの種族的なものも、一つの理由だった。
そして実際、この程度の魔獣の相手ならば、ロキにとっては遊びも同然なのだ。
鎖を自在に操って、魔獣を狩る。小柄で身軽なロキは、壁を水平に伝って魔獣の群れの中に入ると、急所を目掛けて鎖を飛ばす。
「最後、一匹……!!」
ロキは空中に身を浮かべると、最後の魔獣目掛けて杭を飛ばす。鎖はオーラを纏って、真っ直ぐと魔獣を捉えた。
勝利を確信したロキは、思わず口角を上げる。
――――――パキィィィィィン!!
「え……?」
魔獣へと杭が貫通する。あと一歩という所で、『何か』がロキの鎖を弾いた。……それと同時に、鎖を纏っていたオレンジ色のオーラも消失し、鎖は無機質な音を立てて空中に四散する。
一瞬、何が起きたのか理解が出来なかった……。僅かに思考が停止したその一瞬の隙を、見逃さないとばかりに魔獣は地を蹴って、空中に浮かぶロキの首元を目掛けて牙を向ける。
「しまっ……!!」
「ロキロキ、避けてー!!」
「……!?」
頭上から声が聞こえたと思った瞬間、眼前に迫っていた魔獣の頭部目掛けて、上から頭二つ分程の大きさの石が落ちてきた。
石は見事に魔獣の頭部にクリティカルヒットし、我に返ったロキはすぐさま新たな鎖を取り出して、屋根の瓦に杭を突き刺して上昇する。
屋根の上に登ったロキは、目の前の人物に驚きを隠せないという表情を浮かべて、思わず問いかける。
「お前……、なんでこんな所にいるんだよ!?」
目の前の人物……もとい、陽菜子は「えっへん!」と胸を張る。
「そりゃあ勿論! 友達を見捨てて逃げるなど、ヒナちゃんの武士の名にかけて恥ですからね!!」
「なんだそれ……」
陽菜子の足元には、先程の石と同じくらいの大きさの石が、いくつか転がっている。ロキは様々な疑問を、口に出して問いかけた。
「……と言うか、その石どうしたんだよ。どうやってここまで持ってきたんだ? と言うか、お前ノーコンだっただろ? どうやって当てたんだよ……」
呆れて何も言えないのか……。それとも陽菜子の規格外の行動で、半ば現実逃避しているのか。ロキは自分でも論点がズレてると思うような質問を、陽菜子に向ける。
「コレは、さっきロキロキに教えてもらった《チェンジ》を応用して、少しずつ運んできたんだよ!」
「へぇー」
「当てるのはほら……投げるのはあれだけど、重力は裏切らないから……!!」
謎に親指を立てながら、ドヤ顔で答える。質問しといたロキは、心底どうでもいいという顔で「へぇー」と相槌を打った。
「なんでなんで!? ロキロキが質問したから、懇切丁寧に答えたんじゃんか!! 酷い!!」
「いや……なんっつーか……。最後のは無性に腹が立った」
「理不尽!!」
ポカポカと陽菜子に叩かれるが、全く気にしないという風に、されるがまま放置する。
「ヒナちゃんに謝れ〜! 謝れぇ〜!」
「あーはいはい、悪かったよ。ゴメンナサイネー」
「ムキィィィィィィィ!!」
ロキと陽菜子がしょうもない茶番を繰り広げている隙に、意識を取り戻した魔獣は、木箱やレンガ造りの壁に爪を立てて伝って、ひっそりと屋根の上へと登ってくる。そして足音を消して二人の背後へと徐々に近づき、息を殺して牙をむき出す。
「むー、石運ぶのだってタイミングよく落とすのだって、結構大変だったのに……」
「わかったから、そう不貞腐れるな。全部終わって落ち着いたら、なんかこの街の名物でも奢ってやるから」
「本当!? やったー!!」
「じゃー、とりあえずヒナ」
ロキはニッコリと笑う。それは陽菜子が、この世界に来て初めて見た、ロキのとびっきりの笑顔。陽菜子もつられて、ニッコリと笑う。が、どこか嫌な予感が頭を過ぎる。
と、言うのが先か、行動が先か……。ロキは3階建ての建物の屋根から、容赦なく陽菜子の背中を蹴って落とした。何が起きたか理解できなかった陽菜子は、笑顔のまま屋根の雨樋の先……いや、下へと消えていく。
そして叫んだ。
「それ落としてるからー!?」
ロキが陽菜子を蹴落としたと同時に、瓦を蹴って大きく口を開けて迫る魔獣の鼻先に、ロキは振り返らずに添えただけという形の裏拳を食らわせる。そして反対の手で握ったナイフで、魔獣の喉元を切りつけた。
「だーい丈夫、僕を信じてれば死なないから安心しろー」
姿は見えないが、ロキがそう言った気がした。
陽菜子は強く目を瞑っては「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」と、女の子としてはなんとも色気のない悲鳴をあげていたために、全く聞こえていなかった。
……どこからか聞こえてきた詩のような言葉と共に、陽菜子の体はふわりと浮いた。そしてゆっくりと降下すると、誰かに両手で受け止められるように、背中に感触があった。
恐る恐る目を開けてみれば、登った太陽の逆光で影になってはいるが、見知った顔。
「あ、おに……」
「……陽菜子」
名前を呼ばれた陽菜子は、一瞬で背筋が凍るようにゾワっとした。低く静かな声に、真っ青になって直ぐに相手から視線を外すように顔を逸らす。先程ロキに蹴落とされて落ちた時よりも、心臓がバクバクと音を立てては、冷や汗が止まらない。
「陽菜子」
「すみません」
「どうして謝るんだ?」
「ごめんなさい」
「俺が今何考えているか……分かるか?」
「申し訳ございません」
今にも背後から『ゴッゴッゴッゴッ……』っと、不穏な効果音が聞こえてきそうなほど、目の前の人物……般若の形相の青年は、静かに怒っている。
「言いたいことはまぁ、色々とあるが……」
「それはもう、承知しております……」
「とりあえず……後で説教な?」
「はい……」
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