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「はい、電話代わりました雨宮浸です」

浸は和葉と交代し、受話器に耳をあてる。

『ごめんね急に』

「いえ、大丈夫ですよ。お師匠、少しお疲れのようですが」

受話器の向こうから聞こえる月乃の声からは、どこか疲労の色が伺える。だが月乃は大丈夫、とだけ答えるとすぐに本題に入った。

『最近、殺子さんで犠牲者が出たわ』

「ええ、丁度今、朝宮露子から聞いたところです」

『そう。なら話は早いわ。それでさっき家で過去の文献を漁ってたんだけど、殺子さん……カシマレイコの事件は一度目じゃないのは知ってる?』

「はい、子供の頃に少し聞いたことがありましたしね。しかしあの時のカシマレイコは祓われたと聞いています」

カシマレイコ――――殺子さんが院須磨町で流行ったのはもう二十年程前だ。しかしその時の殺子さんは既に祓われている。浸がその話を聞いたのは他の誰でもない、城谷月乃からだ。

『そういえばその辺は前に話したっけね。で、ここからは私も初めて知ったんだけど』

その後少しだけ間を置いてから、月乃は言葉を続ける。

『カシマレイコはこれで三度目よ』

「……では一度目は……」

『一度目は五十年近く前。恐らくそれが一番最初のカシマレイコ事件よ』

月乃の話によると、カシマレイコと呼ばれる悪霊が最初に出現したのはもう五十年も前の話だという。

基本的には四肢のどこかを欠損し、悲惨な死に方をした女性の霊が噂を聞いた者の元へ現れて質問をし、解答を誤ると手足を奪われて殺されるという噂だ。

『そして最初に現れたカシマレイコを祓った霊滅師の名前が……真島玲香(ましまれいか)』

「――――っ!」

その名前を聞いた瞬間、浸は表情を驚愕に染め上げる。

『……真島の家は元々、代々霊滅師の家系だったそうよ。だけど真島玲香の代が最後みたい。以降は霊滅師協会とも関わってない』

「その、真島という名前は……」

『院須磨町出身の霊滅師よ。恐らく、あなたの想像している通りの名前』

真島という名前を聞いた時からずっと、真島冥子のことが浸の頭から離れない。思わぬ点と点が繋がったことで、浸の心臓は鼓動を早めていく。

「……お師匠はそのことを知っていたんですか……? 真島という名が、霊滅師の家系のものだと」

『一応は、ね。でももう霊能者の家系としては完全に途絶えたと聞いていたから……』

月乃が真島冥子を弟子に取ると聞いた時、月乃の祖母はすぐに真島の名前を思い出していた。ある程度話には聞いていたが、月乃はその時はそれ以上気にはかけなかった。

『私はこれから冥子の……真島の家について調べるつもりなんだけど――――』

「……お師匠、その件については私に調べさせてもらえませんか?」

言いかけた月乃の言葉を遮るように、浸はそう申し出る。

「お願いします。彼女に関することは、私が決着をつけたいんです」

『……そう言うと思ったわ。じゃあ、お願い出来る?』

「……了承がスムーズ過ぎて少し驚きました」

『そりゃそーよ。私疲れてるからほんとはもう寝たいし』

どこかおどけた調子で言う月乃に、浸は思わず笑みをこぼす。

「ええ、ではゆっくり休んでおいてください。あとは私がやっておきますから」

『頼んだわ』

それから二言三言会話をしてから、浸は電話を切る。

「……真島冥子……」

かつての友の名を呟き、浸は彼女に思いを馳せる。

まだ彼女との因縁は終わっていないのかも知れない。あの日、あそこで断ち切ったと思い込んでいたが、どうやらまだ終わりではないようだ。

「……良いでしょう。背負っていくと決めましたからね」

改めて決意するようにそう呟いてから、浸は和葉達へ事情を説明した。



***



カシマレイコと真島家の関係性を聞いた和葉達は、浸同様驚きを隠せない様子だった。

「……真島玲香か。聞いたことないわね」

「何しろ五十年も前の霊滅師ですからね。お師匠も調べるまでは知らなかったみたいですし」

真島冥子と真島玲香が本当に血縁関係にあるかどうかはまだわからない。だがなんとなく、これがただの偶然ではないように浸は思う。

「……そういえば結局、冥子さんが何者だったのかわからずじまいでしたよね」

和葉の言葉に、浸は小さく頷く。

「ええ。早坂和葉も感じていた通り、彼女には違和感がありました。真島冥子のようでいて、別の何かのような……」

「お前の師匠も同じようなことを言っていたな」

絆菜の言う通り、真島冥子に対する違和感は月乃も持っていた。

しかし和葉や月乃のような高い霊能力を持っている人間でも、その正体を見抜くには至らなかった。

強すぎる霊感応を持つと霊を感知し過ぎる場合がある。

般若さんや八尺女、真島冥子のような霊壁を発生させる程の怨霊になると、その霊魂は極限まで淀んでいる。真島冥子のように一見まともに会話が出来る怨霊でも、その中身は負の感情で滅茶苦茶になっており、感知し過ぎれば霊能者の精神を破壊してしまうこともあり得るのだ。

そのため、和葉や月乃であっても真島冥子の正体まで見抜くことは出来なかったのである。

「私、ずっと気になってることがあるんです」

――――私と関係ない人間なんて、この町にはいないもの。

あの時冥子が言った言葉の意味が、和葉にはわからなかった。

「冥子さん、言ってましたよね。私と関係ない人間なんてこの町にはいないって。あれ、どういう意味だったんでしょうか」

「……わかりませんね。ただ、やはり真島冥子個人の発言としては不自然に思えます」

しかしこのままここで考え込んでいても答えは出ない。兎にも角にも、真島家とカシマレイコについてはきちんと調べる必要がある。

「ひとまず真島冥子について調べてみましょうか。中に入ったことはありませんが、家がどこにあるかは知っています」

浸にとっては一生忘れられない場所の一つだ。

真島冥子が姿を消した後、自分のせいだと謝罪に行ったのを今でも覚えている。

「じゃ、あたしは夜海と例のモヤを捜してみるわ」

「え!? つゆちゃん一緒に来ないんですか!?」

「大勢で押し掛けるものでもないでしょ」

「確かにそうですね……。急に大勢押し掛けてきたら、家の人も驚くかも知れませんし」

「ふむ。それもそうだ。なら私は露子の方に同行するとしよう」

納得して和葉が頷いていると、絆菜がそう提案する。

露子は嫌がるかと絆菜を含む三人共が思ったが、意外にも露子はすんなり受け入れて頷いた。

「そうね。じゃあアンタ一緒に来なさい」

「え!?」

声を上げて驚く和葉と、目を丸くする浸。一方絆菜は、ニヤリと笑みを浮かべていた。

「そうかそうか。お姉ちゃんと一緒に行きたいか」

「ンなわけないでしょ。浸のサポートは和葉が一番適してるんだから。浸と和葉、あたしとアンタで組むのが一番バランスいーの」

それでもニヤニヤする絆菜を、露子は適当にたしなめる。

「でしたら、そのようにさせてもらいましょうか。そちらはそちらで重要ですからね」

「そゆこと。じゃ、さっさと行動するわよ!」

露子の言葉に、全員が頷いた。



***



その後、浸は和葉と共に真島の家へ向かった。

場所は事務所からは少し遠いが十分徒歩で向かえる距離だ。

二人は雑談しつつ歩いて向かい、真島家のある住宅街へと向かっていく。

「真島さんって、院須磨町に他にいないんですか?」

「調べたことはありませんが、他に聞いたことはありませんね」

真島家が霊滅師の家系なら、それなりに大きな家の可能性もあるが聞いたことがない。

だが月乃の話だと、真島家の霊滅師は真島玲香が最後だ。その後徐々に衰退していって、今は一般家庭と大差ないのかも知れない。

話している内に、見覚えのある通りに出る。当時を思い出すと懐かしかったが、同時にそれは浸にとってあまり思い出したくない記憶だ。

「あの……大丈夫ですか?」

不意に、浸の隣で和葉が問う。

「何がですか?」

「いや、あの……色々と……」

浸にとって真島冥子は因縁であり、一つのトラウマとも言える存在だ。折角断ち切ったと思った因縁に再び触れることは、それなりに気力のいることだ。

「心配には及びませんよ。ですが……ありがとうございます」

少し不安げな和葉の頭をポンと叩き、浸は微笑む。

「早坂和葉が一緒にいてくれるだけでも随分と違いますよ」

「そ、そんないるだけでなんて……!」

思いも寄らない言葉に頬を赤らめる和葉が愛おしい。どこまでも彼女の存在は浸にとって救いで、希望なのかも知れない。

あの時絶望の縁から戻ってこれたのは、和葉のおかげだ。彼女がいたから、見失わないでいられた。

「さて、行きましょうか。犠牲者が出ている以上、解決は早い方が良いでしょう」

「はい!」

力強く答える和葉と共に、浸は真島家へと向かった。



真島冥子の家は普通の一軒家だ。

冥子の両親は既に離婚しており、母親が女手一つで冥子を育てていたと浸は聞いている。

「あれ、ここなんですか?」

「ええ、場所は合っています。表札は変わっているようですが」

元々真島と書かれていたハズの表札が、今は矢賀(やが)に変わっている。どうやら再婚したようだ。

「……」

家の前まで来たところで、浸は少し考え込むような表情を見せる。

「……やっぱり、ちょっと怖いですか?」

「ああいえ、怖いというか……」

冥子の母は、冥子に関して無頓着だった。正確には、なるべく関わらないようにしていると言った様子だった。

「彼女は真島冥子とも関係が良くなかったので……前に謝罪に行った時も適当にあしらわれました」

「そんな……」

愛されて、かわいがられて育った和葉には想像もつかないような世界なのかも知れない。

冥子の母、真島佐江(ましまさえ)は、冥子を救えなかったと謝る浸に対して心底どうでも良さそうに対応していた。正直に言えば、あの時浸は佐江の態度に少し腹を立てていたくらいだ。自分の友人をどうでも良さそうに、それもよりにもよって母親がだ。

「あまり良い結果にはならないかも知れませんが……」

一抹の不安を覚えつつインターフォンを鳴らすと、すぐに家の中から一人の中年女性が姿を見せた。彼女は浸の顔を見るなり顔をしかめる。

「……冥子のことならもう聞きましたけど」

浸が冥子を祓った後、月乃と二人で報告をしに行ったことがある。その時も彼女はどこかどうでも良さそうな態度を取っていた。

「いえ、今回はそのことではなく、お聞きしたいことがあるのですが……」

佐江は顔をしかめたままだったが、その場で突っぱねるようなことはしなかった。渋々話を聞き始めると、次第に表情が険悪になっていく。

「ですので、何かわかることがあれば……」

「……もう、勘弁してよ」

ボソリと、佐江がつぶやく。

「もうウンザリなのよ! 霊だの真島だの! 今の私は矢賀佐江よ! もう関わりたくないのよ……! ようやく新しい生活を手に入れたのに……!」

「……すいません」

静かに、浸は頭を下げる。

佐江の態度は褒められたものではないが、もう関係ない人物を巻き込んでいることに変わりはない。

浸の誠意が感じられたのか、佐江は一度呼吸を整えてから少し落ち着いた様子で再び話し始める。

「とにかく、私はもう真島の家とは関係ないの。どうしても話が聞きたいなら、私の実家に行ってもらえる? 場所なら教えるから」

「ありがとうございます」

浸は佐江から真島家の住所を聞き終えると、すぐに佐江へ別れを告げた。

「さて、行きましょうか。……早坂和葉?」

振り返ると、後ろで和葉が少しだけ頬を膨らませていた。

「なんか、嫌な感じです今の! あんなに感じ悪くすることないじゃないですか!」

そんな風に珍しく怒声を上げる和葉に、浸は微笑みかける。

「良いんですよ別に。それに、本当ならもう彼女は霊や真島の因縁からは解放されてしかるべきなんでしょうし」

話していると、家の中から笑い声が聞こえてくる。

真島家と佐江の確執がどのようなものなのかはわからないが、少なくとも今は無事に新しい生活を手にしているのだろう。

「彼女には彼女なりの苦労があったのでしょう」

「……ですけど……」

浸の言うこともわかるが、和葉からすれば佐江は酷い親なのだ。娘である冥子ともう関わりたくないだなんて、親が言うのはあまりにも寂し過ぎる。

「ありがとうございます早坂和葉。私や真島冥子の代わりに怒ってくれるのですね」

こうして想ってくれる人がいる。こんなにありがたいことはないだろう。

和葉のような人達を守るためにも、この因縁は早々に決着をつけるべきだ。

決意を新たに、浸は和葉と共に真島の実家へと向かった。

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