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晴友くんに好きな子がいたのは、すごいショック。
でも、あきらめるなんてできないなら、前進あるのみ、だ…っ。
せっかくすこしは認められたんだもの。
アルバイトに入った頃と比べたら前進したよ。
だから、これからも前進できるっ。
へこたれたりなんか、しないぞっ。
今のわたしがしなきゃならないことは、一生懸命お仕事を覚えて、晴友くんにもっと認めてもらうこと。それだけだ。
「よし…!」
と、ぎゅっと手を握ったところで、カランとドアが開いた。
お客さまだ!
「いらっしゃいませ、カフェ『リヴァ―ジ』へようこそ」
「来店したお客さまにはこのあいさつをしなさい」って祥子さんに言われている。
その時、女の子はふんわりとスカートを持ち上げて頭を下げる。
「何名様ですか?」
「2名様でーす」
と指を2本立てたお客さまは、大学生くらいの若いお兄さんたち。
髪の色や雰囲気が…ちょっと怖い感じだ…。
この近くには海岸もあるから、よくこういうお客さまがいらっしゃるんだよな。
男の人はただでさえ苦手なわたし…。
前は美南ちゃんや拓弥くんが代わってくれたんだけど…今はふたりとも他の接客で忙しそうだ。
うう…。
緊張するけど…いつまでも人に頼っちゃいけないよね。
「どうぞお席にご案内します」
わたしはお兄さんたちをお席へご案内して、メニューの紹介などを始めたんだけど…。
「ねー、君さ、テレビに出てた子でしょ?」
わたしの説明を遮って、金髪のお兄さんが覗き込むように見上げてきた。
「ぇ、あ、はい…!」
急に質問されてびっくり。
恥ずかしいなぁ…。
「やーっぱりー。うわー近くで見るとメチャクチャ可愛いなぁ」
「やっべー。ねー君歳いくつー?」
「え…じゅ、17です」
「女子コーセーかぁ。だよなー大学生には見えないよなぁ。残念だったなコージ」
「るっせぇよ」
コージと言われた金髪の男の人が、向かいの真っ黒に日焼けした男の人を蹴って、がしゃん、とテーブルが音をたてた。
周りの人がちょっと驚いたようにこっちを見た。
「…で、では、注文が決まりましたお呼びくださ」
「え、ちょっと待って待って!おすすめ何だっけ?もっかい紹介してよ!」
「俺たちテレビ見てたまにーってケーキ食いに来たんだよね。君のおすすめ、紹介してもらいたいなー」
「え、えっと…でしたらホワイトチョコレートのケーキが本日のおすすめですが…」
「ホワイトチョコ?甘いんでしょ?俺苦手」
「でしたらスフレチーズケーキは…。あっさりしていて甘さ控えめですよ」
「あ、これ?小さくね?腹うまんないし」
「えっと…」
「はは!おいケータ!美少女ちゃんが困ってるだろー!」
ぎゃははは!と大きな笑い声が耳に痛い。
どうしてこんなに下品に笑うんだろう…。
ほんのり、お酒の嫌なにおいもする…。酔ってるんだな、この人たち…。
「とりあえずーコーヒーちょうだい?君が持って来てくれるんだよね?」
「あ、はい…」
「じゃ、待ってるねー!てか、キミが持って来てくれなきゃ飲まないからー」
「あははは!おま、ストレート過ぎ」
「だってそのために来たんだろー。じゃなきゃケーキなんてわざわざ食いに来ねって!じゃ、よろしくね。名前はえーっと…」
「……立花…です」
「ちがうちがう下の!」
「……ひ…日菜です」
『日菜ちゃん!』
「やっべーちょーまんまじゃん!めっちゃかわいいんだけど!」
「じゃ、待ってるね、日菜ちゃん!!」
やっと解放された…。
ほっとしながら席からはなれると、回りのお客さまも、まだ続いているふたりの大声に迷惑がっているのを、雰囲気で感じる。
テレビを見てわたし目当てに来たって…なんでだろ…。
どうしてわたしなんかをわざわざ見に…?
とりあえず…コーヒーを出さなきゃ。
とカウンターに戻ると。
「おい、日菜」
怒ったようなぶっきらぼうな声に呼ばれた。
「わっ…晴友くん…びっくりした、いたんだ」
「さっきからいたよ。おまえが気づいてなかっただけだ」
「……」
「あの客大丈夫か?」
「え、うん、うん大丈夫だよ」
そう言いながらも、コーヒーを用意する手は緊張したせいか、あの人たちのわたしに対する関心が怖いせいか…震えてしまう。
カシャンッ。
急に横から手が伸びて、コーヒーソーサーを乱暴に奪われた。
「俺が持って行く」
「え、いいよ…!」
「よくないだろ」
「だって…!」
わたしがテレビでヘンにでしゃばったせいで、ああいう普段は来ないような人たちが来てしまったんだ。
だとしたら、わたしが責任もって接客しなきゃダメだよね…。
それに、この先もああいう感じのお客さまは来るだろうし…成長しなくちゃ。
じゃなきゃ、晴友くんに認めてもらえないよ…。
「おねがい、わたしにやらせて…?」
真っ直ぐ見つめると、晴友くんは根負けしたみたいに「わかった」と引き下がった。
「おまたせしました」
コーヒーを持っていくと、まるでお酒が運ばれて来たみたいに、二人は手をたたいて喜んだ。
「早いねー!」
「さっすがー!」
何がさすがなのかわからないけど…。
「…ご注文はお決まりですか?」
「んとねーじゃあ俺はチョコレートケーキで」
うう…甘いもの嫌いってさっき言ってたのに…。
こういう人に晴友くんのケーキ、食べてもらいたくないな…。
「俺はーキャラメルパフェね。これってさー、日菜ちゃんが作ってくれるんでしょ?」
「あ、はい…」
「やりっ!じゃあさ、持ってきてくれた時に何だけどさ、メモもちょうだい?」
「メモ…?」
「日菜ちゃんの電話番号書いたメモ」
え…。
「実は俺さ、テレビで日菜ちゃん見て一目惚れしちゃって!今日はほんとは日菜ちゃんと仲良くなりに来たの」
「……」
「ねー日菜ちゃんって、彼氏いるの?もしくは好きな人とか」
「え…あ…」
「あんがいこの店のヤローが好きだったりするー?なんか見た感じ、イケメン多いよねーここ!」
「は、はぁ…」
「カレシいない?じゃあさ、俺がカレシとか、どう?」
ううう。めまいがしそう…。絶対に…嫌です…!
晴友くんの100分の1もかっこよくないし、お酒臭いし。
それに、すっごくすごく嫌な感じ。たとえ好意を持ってくれても、こんな態度なら晴友くんのイジワルの方がずっといいよっ。
断りたい。きっぱりと。
でも、どうやって言おう…。
「ねーね、まずはメールのやりとりからはじめよーよ!番号教えて?ラインやってる?ツイッターでもいいんだけど…」
断らなきゃ…。
どうしよう…。
どう言おう…。
コーヒーを配膳する間に、精一杯考える。
カタカタカタ…
ソーサーを持つ手が震える…。
断りたい…。
断らなきゃ…。
「ねー日菜ちゃ」
カシャン!
ソーサーをおこうとしたところで、急に伸びてきた手にぶつかった。
カップは大きく揺れ、コーヒーが大きく波打った。
「熱っ…!」
淹れたて熱々のコーヒーが、わたしの指にかかる。
それだけでなく、伸びてきたお兄さんの袖にもかかってしまった。
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