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「あー!」
大げさすぎるくらいの大声が、お店に響いた。
肌に直接つくことはなかったけれど、シャツの白生地が見る間に茶色に染まる。
「ちょ!まっぢかよ!このシャツ高かったのに!」
「ご、ごめんなさい!」
「あーマジありえねー!テンションだだ下がりだわ!」
それまでのニヤニヤしていた表情が一変して、険しいものになり、わたしをにらみ上げた。
「日菜ちゃん、マジこれどうしてくれんの。クリーニング代弁償してよ」
「も…申し訳ありません…」
「ごめんで済んだらってやつなんだけどマジでー」
「ほんとうに、申し訳ありません…!」
こぼれたコーヒーを紙ナプキンでふき取りながら、わたしは何度も何度も謝った。
コーヒーがかかった指と胸がじんじん痛くて、泣きそうになる…。
けど、責める口調はむしろ面白がるようにキツくなっていく。
「あーあ日菜ちゃんどうしてくれるの?こいつ泣いても許してやらないと思うよん」
「人を鬼畜みたいに言うんじゃねーよ。まぁけど?場合によっては許してあげないこともないけど?」
ニッと嫌な笑みが広がった。
「日菜ちゃんが、これから仕事抜けて俺らと遊びに行くって言うんなら…」
え…。
「別に変なことなんかしないよー?一緒にドライブ行こうってだけなんだから?ねーいいでしょそれくらいー?」
なぁにそれ…。
わたし、そんなの無理だよ…怖いよ…!
「ご、ごめん、なさい…わたしそれは…」
「え?なに?イヤだって言うの?じゃあこの不始末どーしてくれんだよー?ねー日菜ちゃん、どーするつもりなんだよー」
「そ、それは…」
「ねーどうしてくれんのー!?」
「え…えっと…」
「いい加減に、してもらえますか」
不意に横から声が聞こえた。
かと思うと、ぐいと後ろに押しやられた。
目の前には、白シャツの背中。
いつも見慣れている、この広いきれいな背中は…
晴友くん…。
「失礼をしたのは謝ります。申し訳ありませんでした」
わたしはその後姿を呆然と見つめた。
いつも自信満々でイジワルな晴友くんが…深々と頭を下げているから…。
わたしなんかのミスのために…。
「クリーニング代もお支払いいたします。もちろん全額で。今日のお代もいただきません。
ですから、この店員をこれ以上責めるのはやめていただけますか?」
お兄さんは許すどころか、もっと荒い口調で言葉をあびせる。
「はぁー?結局金で解決かよー?誠意、なくね?それで俺の気が済むと思うわけ」
「ほんとうに申し訳ありませんでした。この者はまだ新人でして…指導係の俺の不始末でもありました。俺からもお詫びさせていただきます」
「はは!イケメンがかっこつけやがって!頭下げれば何でも許されると思ったら大間違いだぞ」
と怒鳴るとお兄さん(…ああもうこんな人、サイテー男だよ…!)は、晴友くんの頭を乱暴に押し下げた。
「許してほしいんならさぁ、土下座してみせろよ?」
そしてきれいにセットされた髪型をぐしゃぐしゃにするように、グイグイと押し付ける…。
晴友くんは…ただ黙って甘んじている。
後ろで見ているわたしの方が、もうつらくて胸が張り裂けそう…!
「ほらほら、『申し訳ありませんでした、この通りです』って床に顔押し付けて謝れよ!?
そのくらいしてくねぇとさーぁ俺の気が済ま」
「済ませろ、ってんだろクソ野郎が」
不意に聞こえた言葉は低くて小さかったけど。
確実に耳にとどく鋭さがあった。
一瞬、店の中がしん、となった。
「…は?おまえ今なんつっ」
すっと頭を上げると、晴友くんは乱れた髪をかき上げてサイテ―男を見下ろした。
「んなことして楽しいのかよ。いい年してガキみたいなイジメすんじゃねぇよ、キモイんだよ」
「…んだと!?」
サイテ―男の手が晴友くんの胸蔵をつかんだ。
こぶしが降りあがる…!
あぶない…!殴られちゃう…!
と思ったのも束の間。
晴友くんの手が、振り被ってきた手をパシッとあっけなくつかんだ。
そして、あっという間にねじあげて逆に拘束してしまった!
「てぇっ!はなせよ!痛ぇって!!」
「コージっ!てめぇっ!」
横でニヤついていた男も手を伸ばす。
けれども、晴友くんはその手も片手であっさりとつかみ取ってしまう。
「おまえ、客に暴力振るうのか!?とんでもねぇクソ定員だな、ゴラぁ!!」
恥ずかしさを誤魔化すように罵声を浴びせる。
けれども。
「先に殴ろうとしたのはどこのどいつだ、ボケが」
こ、怖い…。
こういうの「どすを効かせた」って言うのかな…。こんな低い声どこから出してるの…怖いよぉ…
男も晴友くんのその言葉を聞いた瞬間、毒気を抜かれたように勢いを失ってしまった。
晴友くんって…中学校まではかなり怖いことをしていたって聞いたことあったな…。
具体的どういうことをしていたかは知らなかったけど…今のでなんとなくわかったような…。
目に見えて優勢な晴友くんに、周りから歓声と拍手が鳴った。
周りのお客さまは、完全に晴友くんの味方だった。
晴友くんが手を離して自由になったサイテ―男たちは、それでもまだ何かわめこうとしたけれど、あまりに大きな拍手にひるんで、足早に店から出て行った。
「覚えてろよ!」というお決まりの捨て台詞にお客さまも失笑し、張り詰めていた店内の雰囲気は少しずつほぐれていく。
「お騒がせして申し訳ありませんでした、お客さま」
晴友くんは、今度は誠意を込めて深々と頭を下げた。
そんな姿も頼りになってかっこよかった。
すごいな晴友くんは…。
認めてもらおうと思ったのに、わたし、逆に助けられてしまった…。