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「おわおあああぁああ! 奇跡、奇跡が起きた! マジほんとまって、無理無理、嘘ぉおお! 当たったんだけど! 夢じゃない!? 夢じゃないよね!?」


私こと天馬巡は、歓喜の雄叫びをあげていた。

私がオタクに目覚める同時に配信を始めた歌い手Vチューバーのライブチケットが。

当選したのだ。

しかも、倍率十倍超えのライブチケットがだ! 嬉しさのあまり涙目になりながらスマホを見ると、そこには何度確認しても当選の二文字があった。

私はまだ信じれずにいた。何度も確認したが間違いない。


どうしよう、これ、本当に当たっちゃった……


「さっそくコンビニでプリントアウトよ!」


このライブのチケットが当選した人はコンビニでプリントアウトする形式になっているので、私は一目散にコンビニに駆け込んだ。

プリンターの前に着き、早速印刷ボタンをおす。ワクワクしながら、プリンターから出てきた紙を手に取り一目散に家に帰った。このチケットを外気に晒すわけにはいかない。

これまでずっと追いかけてきて何度も応募してきたのだが、運が悪いのか全て落選してきた。

そして、今回は何と推しが活動を初めて十周年の大感謝祭イベント。何としても当てたいと、神に祈りまくっていたのである。

その思いが通じてか、こうして手にすることができた。

私はスキップをしながら家に帰り、すぐさま部屋に入った。そして、ベッドにダイブした。


あー、ヤバい、ニヤける、これ絶対ニヤけてるよ。

頬を押さえて顔を左右に振ると、ばっちりと目が合ってしまった。


「ひッ……! 遥輝いつからいたの?」

「は? ずっといただろ。そもそも、泊っていけといったのはお前だが。覚えていないのか?」

「てことはずっと……」


記憶にないのか? と遥輝に聞かれ私はゆっくりとチケットが当たる前の事を思い出してみる。


「……あ、そうだった。いたわ」

「お前は、恋人を一時的に記憶から消せる能力でも持ってるのか?」


呆れ顔でこちらを見る遥輝。

それも、思い出せば遥輝を家に上げたのは私だった。

最近お互いに忙しくて会えてなかったから久しぶりにゆっくりしたいと思って誘った。

チケットの当選発表が行われる前までは、しっかりと遥輝との記憶があるがそれからはチケットを印刷することばかりに気を取られ、彼のいうとおり記憶からこの空間から私の脳内から完全に消えていた。


だってしょうがないじゃん。推しのイベントだよ! そりゃ浮かれますって!


でも、確かに彼氏の事をすっかり忘れてました。

彼氏いない歴イコール年齢みたいになるところだった、彼氏なんて一生できないと思っていた私にできた超絶イケメン彼氏。それが朝霧遥輝。


「ごめん……遥輝」


素直に謝ると、遥輝は私の頭を撫でてきた。


「ちょっと待って、なんですか、何!? いきなり! 如何したの!? 頭にゴミでもついてた?取ってくれたのありがとう!」


私は突然の事に動揺してしまって遥輝から距離を取った。

しかし、そんな私を気にも留めず距離を詰めてくる。


「うわあああぁッ! ぴぎゃぁあ…ッ! そ、その遥輝!? まだ、あの私達そう言うの早いかなって……! ちょ、ほんと待って、待って! 心臓持たない、私死んじゃうッ!」


壁際まで追い詰められた私の頭は完全にパニック状態だった。

それなのに、変に冷静にこれはラブコメでよくある展開!とオタク脳が叫んでいる。

しかし、二次元と三次元は違う。


(これって、あれ…? 壁ドンからのききき、キスとか……ッ!?)


私はギュッと目を瞑り覚悟を決めた。


……ん!? いくら待っても何も起こらない。


恐る恐る目を開けると、そこにはいつも通りの顔をした遥輝がいた。そうしてプッと吹き出すと私の頭の上にバスタオルを被せた。


「ふぇ!?」


(えぇ、何で? 今めっちゃいい雰囲気じゃなかった!? そういうことする雰囲気だったよね!?)


訳が分からずに混乱していると、遥輝が口を開いた。


「こっちは、土砂降りの中いきなり走ってったお前を心配してたんだぞ。ずぶ濡れになって帰ってきて」

「え……ああ、雨……降ってたっけ、そういえば」


スッと私は視線を窓に映した。窓の外は暗闇で冷たい雨が絶え間なく降っている。

そういえば、さっきから部屋が寒いなあと思っていたけど、遥輝の話を聞いて納得できた。部屋が寒いのではなく私がずぶ濡れになっていたのだ。ベッドまで水が染みこんでいてかなり寒い。

チケットが当たったことに浮かれすぎて全て記憶が飛んでいた。


「心配……した?」


少しだけ不安になり遥輝の顔を見上げると、彼は私を見てフッと笑った。


「恋人を心配するのは当たり前だろ。まあ、その調子なら心配ないが……」


(うわ、くっそ臭い台詞ッ!)


よく、そんな台詞が恥ずかしげもなく言えるのよ……私には絶対無理!

何で、遥輝みたいなイケメンが私の彼氏なんだろう。いや、この上ない幸福なんだけど。釣り合っていないというか……

私は遥輝をちらりと見た。

本当に私を心配してくれているようで、心配ないといったくせに私の顔色を伺っている。何処まで行っても素晴らしい彼氏である。

そんな素晴らしい彼氏を見つめていると、身体の体温が上がってき蒸発しそうになったので私は急いで気を紛らわそうと話題を変えた。


「ほら、あのね、私の大好きなVチューバーのライブチケット当たったの! オタクに目覚めてから追っかけてる人で、すっごく格好良くて。そりゃあ、まあ遥輝も格好いいけど、ほんと歌声とかもう最高なんだよね! 歌上手いし、声量もあるし、それに……!」

「……」


私は、当選したライブチケットを遥輝にみせながら早口で喋った。

遥輝にもこの喜びと、推しの素晴らしさを知ってもらおうと思ったからだ。

しかし、どうにも遥輝の顔は明るくならない。寧ろ暗くなる一方だ。


「マジイケメンで格好良くて、彼氏だったら最高だなって!」


何となくだが、いやもう完全に余計な言葉が口から出た気がした。

それと同時に、私の手からチケットが引き抜かれる。私は唖然とその様子を見つめることしか出来なかった。


そして――――


「んぎゃああぁああああッ!?」


ビリビリと、私の目の前で印刷したライブのチケットが無残に引き裂かれた。それは、紙吹雪のようにヒラヒラと床に落ちていく。

一瞬の出来事過ぎて理解するのに時間がかかった。


「え、え…何で、何で…何で!? 私のチケット……倍率十倍超えのライブチケット……プレミア席の、たった二十席しかないウルトラスーパーレアのチケットがぁ……!」


私は、遥輝の足元にある引き裂けたチケットの残骸を見た。ショックのあまり、膝から崩れ落ち顔を上げることもできなかった。

これは、プリントアウトすると同時にスマホでの当選データが消える仕組みになっている。その瞬間、チケットは紙媒体となりデジタルでのデータは残らない。

この紙媒体こそが、ライブ会場に入るためのチケットとなる唯一無二の。

しかし、その世界でたった一枚しかない私のチケットは見るも無惨にびりっびりに破かれてしまったのだ。今まさに。


だから、このチケットを手に入れるために死ぬ気で働いた。バイト代を全てつぎ込んで……それなのに……こんなことってある!? 私が、何したっていうの?


私は、やっとの思いで顔を上げ遥輝を見た。遥輝は何食わぬ顔で私を見ている。

事の重要さに気づいていないその顔に私は猛烈に腹が立った。


「巡……」

「……別れよ」


自分でも驚くほど冷たい声が出た。

遥輝は驚いた顔をしている。きっと、今の私は今までで一番怖い顔をしていることだろう。

でも、そんなの知ったこっちゃない。

私は、怒りで震えながらも遥輝を睨んだ。


「別れよう! 別れて! もうアンタなんて知らない、最低、最低ッ!」

「なっ、おい待て、いきなり何を言って―――」

「うるさい、黙れ、触るな、近寄るな、話しかけるな、今すぐ私の前から消えて!」


私は遥輝の言葉を遮るように怒鳴った。

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