「あーそれは同情するわ」
「でしょ!?」
「……朝霧君の方にね」
「何でッ!」
私は思わず机をバンバンと二回叩いた。そんな私を見て、蛍は苦笑いを浮かべている。
私だって、分かってるよ。確かにあれは失言だった。でも、それだけでライブチケット破るのはどうかしていると思う。私が楽しみにしていたの知っていただろうし。
「そもそもさあ、巡が付合って四年もずっとお触り禁止とか言うからじゃん」
「言ってない」
「それに、家に上げられて泊っていいよっていわれたら、男だったら期待しちゃうでしょ。絶対にそうだって、思っちゃうでしょ」
「……ぐぬぬ」
私は反論出来ずに口をつぐむ。
そうなのだ。私は遥輝と付き合ってから記憶では多分、手を繋いだことなかったし、ましてキスすらしていない。私たちは清い交際を続けていた。
いや、単純に私が顔面偏差値高すぎるハイスペックイケメンの遥輝に緊張して手を繋ぐことが出来なかっただけなんだけれど。
何だろう……本当に私とかけ離れた存在の遥輝が眩しすぎて、誰とも付合った事がない三次元に興味なかった私に告白してきて流れで付合っちゃった遥輝には申し訳ないことをしたと思っている。私からは何もしてあげられなくて、それでも遥輝は黙って四年も私の彼氏でいてくれた。
料理もできて、バイト帰りにむかえに来てくれたり、アニメショップにもついてきてくれたりした。
誕生日だって、私が遥輝の忘れても遥輝は私の誕生日を忘れず祝ってくれた……
――――……待って、これ私が悪くないか?
「いやいや、でもでも! 二次元オタクに三次元イケメン彼氏は辛かったんだって!」
「いきなりライブチケット破った理由は聞いたの?」
「聞いてないよ。あのまま追い出しちゃったし、その後ショックで寝込んで、そしたらアンタが死んで……」
あの後は踏んだり蹴ったりだった。
ライブチケットが破られた翌日には、もう既に(記憶にないけど)遥輝の連絡先は消しちゃったし宅配便がきても居留守使ったし、そうしたら数日後に蛍が同人誌救出のために川から落ちて死んじゃったってきいて、お葬式も出て。
怒濤の日々過ぎて、数日の間に別れた事なんて頭から抜けていた。お葬式の次の日ぐらいには、ソシャゲのイベントもきていたし……
「それで、朝霧君の事は好きだったわけ? 一応四年も付合ってたわけだし」
「……好き、だったのかな? 私、遥輝が初めての恋人だったし。その恋人らしい事も出来なくて……言っちゃえば友達みたいだったような」
「はあ…巡、貴方って子は」
蛍は呆れたようにため息をつく。
でも、仕方ないじゃないか。私はずっとオタクとして生きてきたのだ。二次元にしか興味がなかった私が、三次元の男子とどう接すれば良いのか分かるはずもない。
好きだったかと聞かれても、恋なんてしたことないから好きとは何かまずその定義づけから始めなければいけない。
けど……遥輝といて悪い気はしなかった。
「まあ、朝霧君も朝霧君よね……巡の何処がよかったんだか」
「うわ! それは酷くない!? 親友にかける言葉じゃないと思うんですけど!」
私は椅子を揺らしながら抗議する。
確かに、私には女子力はないかもしれない……ううん、いやない!
家事だって出来ないし、可愛い洋服とかアクセサリーとかにも興味がない。流行にも疎いし、人見知りでコミュニケーション能力皆無だ。
だけど、それを差し引いても私は遥輝の彼女に相応しいとは思わない。だって、二次元のキャラの方が絶対私の百倍は可愛くて、綺麗で、魅力的なのだから。
二次元と三次元は違うと分かっていても、あの二次元の女性キャラの可愛さを知ってしまったら三次元の女なんて霞んでしまう。
「だって、こんなどうしようもない二次オタと四年も付合っていたのよ! それも、手を繋ぐもキスもダメって言われながらも!」
「どうしようもない言うな! それに、蛍だってごりっごりの腐女子じゃん!」
「腐女子馬鹿にすんなよ! それに、私は結婚しないって決めてたの! 独身でいたいの!」
蛍の家は昔から厳格な家柄で、二十歳過ぎたら親の決めた相手と結婚するという決まりがあった。
それを、蛍は断固拒否して、家を出て好きな大学に入った。凄く羨ましいほど真っ直ぐで強い腐女子が蛍なのだ。
「好感度が70って事は、別れてからも巡の事好きだったって事でしょ? 外見はリースで、中身は巡を一途に思う朝霧君なんだし攻略キャラは決まったようなもんじゃない」
「確かに、リースだし今のところ好感度が上がりそうなキャラではあるけど……」
でも、まだ矢っ張り許せないし……ライブチケットの事。
それに、一応大好きな乙女ゲームの世界にきたんだから他の攻略キャラも見てみたいし!
「他の攻略キャラにも会ってから考える! 後、リース中身遥輝が私に謝ってくれるまで彼とよりを戻す気は無い!」
私はそう蛍に宣言した。
蛍は、少し驚いた顔をしてからクスリと笑った。そして、優しい顔になる。
「はいはい。分かったわ……取りあえず、死なない程度にね」
私はそんな蛍の言葉を聞きながら、ベッドの上に寝転んだ。
そういえば、明日朝一で神殿に行くとか何とかルーメンさんがいっていた気がする。魔力測定がどうとかこうとか……
攻略の計画を立てるのもそうだけど、まず此の世界になれることが第一だと私は思い至った。
そんな私をよそに蛍はせっせと片付けを始めた。メイド服が様になっている。
「あ、そうだ。蛍って此の世界では何て呼ばれてるの?」
「リュシオル」
「モブのくせに格好いい名前しやがって……」
私がぼそりと言うと、蛍は笑顔のまま私を睨んできた。
「あばば……リュシオル格好いい名前です。格好いいです」
「そう? 嬉しいわ、エトワール様」
ニッコリと微笑んだ蛍改めリュシオルがあまりにも怖く、リュシオルは、絶対に怒らせないでおこうと心に決めたのであった。
「それじゃあ、朝になったら起こしに来るから部屋でじっとしてるのよ」
リュシオルにそう釘を刺され、私はベッドの上で縮こまった。
きっと、ベッドの上で飛び跳ねようとしたことがバレたんだと思う。
そして、リュシオルが出て行くと途端に部屋は静寂に包まれた。さっきまで居た筈なのに、もう寂しく感じるなんて不思議だ。
私はそのままベッドに倒れ込み天井を仰いだ。
「起きたら夢でした……とかいうオチだったらいいな。でも、夢にしてはリアルすぎるか」
そう呟いて私は眠りについた。
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