コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「えぇっと、枕と毛布と、、、あとは何が必要なんだ……?」
泊まる提案をしたのは俺だが、リビングが最悪な状態なら、寝室も同じようなものだろうと、目黒くんがお風呂に入った瞬間、急いで片付けに向かえば、案の定そこは世紀末のようだった。
ミネラルウォーターのペットボトルが6本ほど散らばっており、その光景が2ヶ月ほど前に立て続いた職場での飲み会の壮絶さを物語っていた。お酒に強くはないので程々に自分のペースで静かに飲みたいのだが、上司から勧められてしまえば、もう飲み干す以外の選択肢はなくなってしまう。目立たないようにしているつもりなのだが、なぜかいつも声をかけられては、酒量がいつの間にか増えている。
足元もおぼつかない状態で命からがらこの家に帰宅するのだが、どうやら擦り切れた意識の中で水を飲みたいという、人間としての本能は残っていたようで、少し安心した。過去の出来事を振り返りながら、ペットボトルはひとまずシンクの中へ全て放り投げた。
寝る前に読もうと準備した本も、一行読んで意識を飛ばし、そのまま手から滑り落ちたのだろう、床に転がっていた。拾って本棚へ戻し、洗ったまま放置していた部屋着や靴下もできるだけ畳んでクローゼットに押し込んだ。
ベッドシーツを整え、無香料の消臭スプレーを部屋中に撒き散らし、ミネラルウォーターの処理に取り掛かろうとキッチンへ向かっていると、お風呂場の扉が開く音がした。
ーー間に合った。よかった。
「お風呂いただきました。着替えもありがとう。」
「いえいえ、狭かったよね。少しはゆっくりできた?」
「うん、阿部ちゃん家のお風呂ってだけですごい幸せな気持ちになった。」
「? そっか?」
「……わかんない?」
「ん?」
目黒くんの顔が近付く。
「好きな人ん家のお風呂だよ?すごい興奮する。」
「っ…! 」
「阿部ちゃんのシャンプーとボディーソープの匂いとか、阿部ちゃんはどこから洗うのかとか、阿部ちゃんのこと1個1個考えるたびにどうにかなりそうだった。」
耳に目黒くんの熱がかかるたびに体が震えてしまう。左手で頭を抱えられ、その指で左耳を塞がれれば、言葉が紡がれるたびに逃げ場のない音が脳に響いて眩暈がする。触れている場所から直接温度が入り込んでくるようで、体中が目黒くんでいっぱいになる。
「ねぇ、感じる? 今、俺、阿部ちゃんと同じ匂い…」
「っぁ、、ゃめ、て……めぐろく、、っ」
全身が熱を帯びていく。熱い、溶けてしまいそう。聞いたことのない甘い声が自分の喉から出てしまう。抑えられない。どうにかしたくて口を両手で塞げば、その手は空いている目黒くんの右手に取り上げられてしまう。
「隠さないで。全部見せて、全部聞かせて。」
「ゃだっ…ひぅっ、、」
彼の熱が、吐息が、指が、その全てが俺の体に火を灯すようで、苦しくなる。
優しいようで強烈に、鮮明に、でもじわじわと彼に染められていく感覚にたまらなくなる。
目頭が熱くなって、生理的な涙が溢れてくる。全身が痺れて、立っていられない。
膝から力が抜けると、待っていたかのように目黒くんは俺の腰を抱いて、床へ優しく寝転がせる。
台所のど真ん中で何をしているんだろう、と頭の片隅で考えていたのに、いつの間にか目の前に覆い被さっている彼の目を見たら、途端に何も考えられなくなってしまった。
しばらく見つめ合っていると、目黒くんが口を開く。
「阿部ちゃん、お願い。抵抗して? じゃないと、俺このままキスしちゃう。ごめん、待つって言ったのに、俺、今すごい舞い上がってて、自分じゃ抑えられない。阿部ちゃんが欲しい。」
「っ…!!」
ぎらぎら。あの時と一緒。たべられちゃう。捕食者の目。でも、こわくない。
ーー本当はいやじゃなかった。心地よかった。きもちよかった。
もっとしたいと、あの日から目黒くんの温度が体の中に残っていた。
時間が経てば経つほどあの日の体温が恋しくて、切なかった。ただ1人の空間の中で体を抱きしめて震えていた。
この寂しさは俺だけの秘密にするつもりだった。
もう会えない人なら、思い出しても仕方がない。
恋だったのかもわからない。
あの日は、自分のことより目黒くんのことが心配だった。睡眠がどれほど大切なものか、自分も痛いほど分かっているから、そんなこと気にならなかったのに。彼との一夜が過ぎ去った後、どうしようもない虚無感と孤独に襲われた。
たった一度だけ、戯れのようなキスしただけの人のことなんて、いつまでも引きずっていたって仕方がないのだと蓋をしていたのに。
突然現れた彼は、俺の中にいとも簡単にあの日の熱を蘇らせてしまった。
告白してくれたことはとても嬉しかった。でも、勇気が出なかった。俺で良ければ、というほど自分に自信も無ければ、断ることもできないほどに自分の欲望も捨てきれてはいなかった。
俺は目黒くんのことが好きなの?
わからない。
たった2回会っただけの人のことって普通、好きになるの?
誰かの体温が欲しいだけなの?
わからない。
欲しい?欲しくない?怖い?怖くない?先に進める?進めない?
わからない。
でも…
ーーわからないけど、やめないで。
「き、きすだけ、、なら…」
「え」
「あ、あの、俺もよくわかってなくて、目黒くんのこと好きかとか、付き合いたいかとか、そもそも俺男だし、、で、でも目黒くんとのきすはいやじゃなかったから、、ご、ごめん、、、今俺変なこと言ってる…わ、わすれてッッんぅ!!??」
「ん…ッふは、あべちゃ…すき、だいすき、ん…」
「ッふぁ…ぁ、んぅッ」
気づけば、俺の呼吸は目黒くんのものだった。目の前の感覚だけに一杯一杯になる。
俺に口付けながら愛情を紡ぐ目黒くんに、胸が締め付けられる 。
苦しい。きもちい。あの日とおんなじ温度にひどく安心する。息継ぎってどうやってするのかわからない。心臓が出てしまいそうなほど、どきどきする。酸素が欲しくて口を少し開くとその隙を見計らったかのように目黒くんの舌が入り込んでくる。
ずるいって分かってる。目黒くんの好意を利用してる。ちゃんと返事もしてないくせに、目黒くんが欲しかった。目黒くんから向けられる俺への欲望が欲しかった。誰かから求められたいとずっと思っていた。寂しかった。でも、欲しいのは今まで会ったどの人のものでもなかった。こんな俺がそんなこと思うなんて傲慢かもしれないけど、誰に対しても求めて欲しいと思ったことはなかった。
でも、どうしてだろう、目黒くんに求められるのはうれしい。俺の全てが悦んでいる。
大切なものを扱うように、目黒くんは左手で俺の耳の形を何度もなぞり、右手で指を絡め取って手の平を親指の腹で撫でるので泣き出してしまいそうだった。
逃げる俺の舌を捕まえるように追いかけてきてはすぐに絡めとる。舌のざらざらした所を何度も舐められたかと思うと、今度は唇で舌を吸われて扱かれる。歯列をなぞられ、上顎をくすぐられれば、何度も腰が跳ねてしまう。
「めぐ、めぐろく…ッぁっ、、はぁ、ッんぅ、もぅくるし…ッ」
「っ!!! ご、ごめん!!! 夢中になってた…。」
「っはぁ、、はぁ…、はぁっ……。ううん、大丈夫。していいって言ったの、俺だし…」
今更ながらに恥ずかしい。こんなに欲張りになったのは生まれて初めてだった。
力が入らなくて、床にくたりと寝転がったまま、目黒くんの方を見る。
しゅんとして俺のそばで、正座をして反省している素振りの目黒くんは相変わらず大型犬のようだった。ずっと目が泳いでいる。どうしたのだろう。
「どうしたの?」と聞いてみる。
「えっ、いや、ちょっと、目のやり場に困ってるというか…」
「?」
「…っふふ、ほんとに天然さんだね。可愛い。」
「??」やっぱり分からなくて首を傾げる。
「着崩れたスーツと乱れた髪、顔も赤くて、息も荒くて、涙目の阿部ちゃん。すっごくえろい。………襲っちゃいそう。」
目黒くんはそう言って俺の頬にキスを落とした。
「っ!!! お、おふろッ!!!はいってくるッ!!!!!」
恥ずかしさから逃げるように脱衣所へ走れば、いってらっしゃい、という言葉と共にケラケラと笑い声が聞こえてきた。
…………………To Be Continued.