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綺麗な鐘が鳴り響く。

其の鐘は降誕祭(クリスマス)の訪れを告げているかのようだった。

私は首元に吹き付ける風の寒さを遮るように、巻いていた襟巻き(マフラー)を口元まで指で上げる。

視界に入った指先が赤かった。

寒さが判らない訳ではない。只、自分の指先が赤くなっている事に、冬なんだ────と云う考えがより一層強くなり、其れと同時に降誕祭と云う事を深く自覚した。

今日は降誕祭。

探偵社では降誕祭招宴(クリスマスパーティ)をしようと云う提案が上がり、依って今日は休日であって休日ではない。

日中ではツリーの飾り付けや、招宴(パーティ)の準備と買い出しが手分けして行われた。

そして大人組は密かに降誕祭贈呈品(クリスマスプレゼント)を渡す為の作戦会議が開かれたのだ。

其れには乱歩さんが『今年は全員の枕元に贈呈品配れるんじゃない?』と云った為、超難関箇所である鏡花ちゃんの罠を潜り抜ける方法を全員で考えるのに、私は国木田君達の手で布団から引き剥がされた。

はぁ、此の季節は布団が私を離してくれないと思っていたのに…………無理やり離された……。

実行部隊は国木田君と私。

其の為、夜は皆の部屋に忍び込んで贈呈品を枕元に置きに行くと云う────残業を強制されてしまった。

何故私なんだい?と反抗した処、国木田君からは『遅刻常習犯には問答無用だ。自業自得だと思え』と云われた。

流石の私も仕方無く残業を────正しくは違うが、贈呈品を届ける事になった。

街の雰囲気を楽しむ為か、暇つぶしか。私は遠回りをしながら、武装探偵社事務所で行われる降誕祭招宴に向かっていた。



長靴(ブーツ)で地面に積もった雪を踏む。

足の指先にひやりとした冷たい物が押し付けられているように感じた。雪の冷たさが靴の中にまで伝わっているのだ。

私は雪の上を歩き続ける。

ザクッと、雪ならではの聞いていて楽しくなるような音が、耳に響いた。

顔を上げて息を吐く。呼気が白くなった。

「………………」

明るい光が、視界一面に広がる。

街は降誕祭の雰囲気に包まれていた。

私の身長の二倍程あるツリーには沢山の飾りが付いていて、明るい光を放ち、或いは近くに在る店の中から零れ出る柔らかい光を反射している。

其れは街の一部として綺羅(キラ)びやかに輝き、降誕祭の雰囲気をより一層深くした。

揃って頬を染めながら歩く恋人達は、幸せそうな笑顔を浮かべている。

正に降誕祭は恋人達の日だね……。

こう云う日は、誰だって人肌を恋しく感じる。

刹那、背景に光を寄せた少年が、脳に浮かび上がった。

思いを馳せるように、私は瞼を閉じる。





















































***


『太宰っ!』


楽しそうな笑顔で、少年────中原中也は“僕”に手を振る。


温かそうな外套に赤色の襟巻きは、中也の赭い髪に似合った。


然し外套から覗き出る中也の指先は赤く染まっていて、思わず付けていた手袋を付けさせたくなる。


其の日は仕事が立て込んで、僕と中也は忙しかった。


そんな中、『今日は降誕祭だしさ、少し遊びに行こうよ』と僕が提案したのだ。嫌がっていたけれど、いくら中也でも好奇心には勝てなかった。


そして煌めく街が、僕達をアッと云わせた。


『太宰凄ェぞ!ツリーめっちゃでけェ!!』


声を弾ませて、中也は云った。


『良かったね』


『おう!ありがとな!太宰っ!』


中也は少年らしい満面の笑みを浮かべる。


僕は小さく笑った。









































































***

未だに光を帯び続ける其の記憶は、私を妙な心境へと連れ込んだ。

「………………」

あぁ──────君に会いたいなぁ。

なんて、私から君の元を離れたと云うのにね。

本当は怒ってるのかな?

私を憎んでいるのかな?

まぁ、私が組織を抜けた日はペトリュスを呑んだって云ったくらい嬉しかったらしいし、そんな訳無いよね。

でも──────矢っ張り君に会いたいんだ。

降誕祭に近付くと、特にこう云う事を思ってしまう。

何回も。何故だろうね。

如何しても会いたくなって、それでいて会えないんだと思うと痛くなる此の胸に、私はうんざりしてる。

でも其の思いと回数が、この気持ちが何なのか教えてくるんだ。

本当、厭になるよ。

別に一々行って来なくたって、私でも判ってる。

判ってるよ?

「………………………は………」

私は歩きながら息を吐く。変わらず呼気は白かった。

指先が悴む。

君の元を離れて、私は新しい相棒に出会った。色々な人に出会った。

新しい温もりを手に入れた。

日を跨ぐ────生きていく事への本気の抵抗が少なくなっていった。

それでも、矢張り、私は時々隣を見るのだよ。

少し視線を落としてね。

君の黒帽子が見えないか。唇を尖らせて私の名を呼んでこないか。

武装探偵社(此処)には居ない筈の君を、探してしまう私が居る。

私は君がキライなのに。

本当────皮肉なものだよ。

私が居ない生活は如何だい?充実しているかい?

充実しているのならば、其れは其れで良かったね。

でも、少しは私の事も考えてよ。

出来ればずっと。私の事だけを考えて欲しい。

──────なんて、私らしくないよね。格好悪いし。

それでも、伝えたい事はちゃんと判ってるんだ。

けれど、君の事を考えて想いが募る程、伝えたい事が一杯になる。

「っ……//」

其れを自覚して、私は顔が一気に熱くなるのを感じた。

「…………はぁ、全部中也の所為……///」

今の自分は耳まで赤くなっている。

何故なら近くに在った店の陳列窓(ショーウィンドウ)が、其れを映したから。

















──────顔が赤いのは、きっと、外が寒い所為だ。









そう自分に云い聞かせる。

刹那、脳裏に再び中也の姿が掠めた。

私は店の陳列窓に体重をかける。コツンっと頭がぶつかった。

「ッ………///」

中也の笑顔が脳に触れ出る度、私の鼓動は妙に疾く波打ち、体中に響き渡る。

癪だよ。癪でしかない。

だのに──────。

「………………はぁーっ……//////」

吐き出した息は何処か震えている。

顔が赤いのを隠すように、私は手で覆った。

眉をひそめながら、微かにぼやける視界で、指の隙間から見える光に目を据える。














「君が好きだ…//////」


















脳に浮かび上がった純粋な想いを、私は呟く。

上がっていく体温を、冬の寒さが冷ましてくれた。

































ふと、背もたれをしていた店の中を覗く。

思わず声をもらした。

首飾り。腕輪。指輪。ピアス。髪飾り。────様々なアクセサリーが、窓の外からでも見れるようにアクセサリー什器(ジュウキ)の上に綺麗に置かれている。

アクセサリーは外の光を反射し、通行人を惹き付けるかのように輝いた。

「……………」

店の陳列窓に触れる。

あのピアス………中也に似合いそう。────そんな事を思い、中也が耳に店のピアスを付けた時の姿を思い浮かばせた。

うん、絶対似合う。

瞼を閉じて、私は固く頷いた。

「…………は…」

吐き出す息を強める。矢張り呼気は白かった。

ゆっくりと瞼を開ける。

「____…」

若し────私が君に贈呈品を渡したら、君はどんな顔をするのかな?

莫迦な事を考え出した。

急な事に吃驚する?

其れとも、私らしくなさに『誰だ手前ッ!?』って云ったりするのかな?

「……ふふっ」

自然と口元が緩んだ。

──────カランッ

ドアベルの音が響く。

何時もなら鈍く聞こえる其の音は、心做しか────降誕祭の所為か────少し明るく聞こえた。

私は横に視線を移す。

「お客様、何かご希望に沿うような商品が見つかりましたでしょうか?」

柔らかな笑顔で、扉から女性店員が声を掛けてきた。

「えっ、あ……いや」

思わず片言になったような返事をしてしまう。

私は苦笑染みた笑顔を浮かべて云った。

「すいません、何でもないです……」

「あ、本当ですか?此方こそ済みませんっ、商品を見てたので、てっきり………」

頭を何度も下げながら、店員がはにかむ。

「其れに、今日は降誕祭ですし。彼女さんにでも渡すのかと………」

女性店員は云った。

仕方がない、今日は降誕祭──────恐らく日中に客が多かったのだろう。

「お客様、モテそうですし……」

羞恥心が仄かに湧き続けているのか、あはは…と店員はぎこちない笑顔をする。

「いえ、私も紛らわしくしてしまって、すいません。────では」

私は会釈をして其の場を去った。


































呼気が白い。

歩きながら、私は微かな後悔に陥っていた。

矢っ張り、ピアス買った方が佳かったかな……?

─────なんて、君に渡せるかも判らないし、会えるかも判らないと云うのにね。

「……………はは」

感情のこもらない笑い声を響かせる。

寒さに肌が乾燥している事に気付き、私は再び襟巻きを指で上げた。

ふと、街に並ぶツリーに視線を移す。

七年前のこの日────彼は私に笑顔を見せた。

降誕祭の光に包まれる君の笑顔が、如何しても忘れられなくて、この日になると無性に見たくなって。

ポートマフィアに居た頃は、佳く中也に電話を掛けていた。いたずら電話だと称してね。

君の姿が見れなくても、何をしているのかが知りたかった。

誰かと過ごしているのかなって思うと、何故か胸の奥が苦しくなったけど。

私は再び呼気を強める。まるで息が白くなるのを確かめるように。

「………………」

若し────君を“あの時”のように此処に呼んだら、“あの時”のように笑ってくれるだろうか?

まぁ君の事だから、呼ばなくても一人で見てそうだけどね。













『ありがとな!太宰っ!』












光を帯びた記憶と中也の笑顔が、私の脳に溢れ出す。

「____…」

其れでも、“あの瞬間”、君は私からの贈呈品を喜んでくれた。

其の顔が如何しても、また見たくなって。

私が唯一あげられるもので、君に喜んで欲しくて────

「っ………」

私は首を横に振る。考えるのを止めた。

空を仰ぐ。

「今日の君達は目立てないねぇ」

誰かに語りかけるような独り言をして、私は苦笑する。

夜空に星が浮かぶ中、街の煌びやかな光によって星の光は何時もより輝いて見えなかった。

ツリーの光が視界に入る。

其れは“あの時”の景色と重なった。

若し今君が、私の隣に立っていたら………。

またもや莫迦な考えを仕出す。









──────君が好きだ。









先刻の言葉を、其のまま伝えられたら………。

「……………」

私は足を止めた。

外套のポケットから携帯を取り出す。寒さに悴む手で、私は携帯を開いた。

ピッ……ピッ…………と鳴る電子音を伴って、私は釦を押す。

試しにれいの言葉を文面として書いてみた。

最後に句点を押す。

送信釦さえ押せば、此の言葉は相手に届く。直接云えなくとも伝えられる方法だ。

然し──────。

「っ………はああぁぁぁ…///」

息を吸い、思い切り吐いて私は首をすくめる。

文を削除し、携帯を閉じて外套のポケットにしまった。

うーん、と唸る。

逆に文の量が多くなってしまったのだ。

流石に重い、よね………。

自分でもそう感じて、恥ずかしくなる。

たとえ電子文書(メール)を送ったとしても、直接伝えたとしても、私が望む答えが返ってくるとは思わない。

けれど、

其の返事をされたからと云って、“また”君を嫌いになるなんてきっと出来ないし────なれない。

「……………はぁ……//////」

僕は────私は、君に恋してる。

何処までも君に心を奪われてしまっているのが、判る。

結局私は、君じゃないと厭なんだ。

駄目なんだ。

だから。

「____…」

私は空を仰ぐ。

君も見ているかもしれない降誕祭の星空を────私は見上げた。

「…………」

呼気が白い。

そして其れと同じ色の雪は、ゆっくりと地面に落ちた。

私は歩き出す。











君と出逢って。



過ごして行って。



冬を幾つも越して。



そして────別れて。



また時を経て。



君が隣に立たなくなった事への虚無感に。



私は気付いて。



君と出逢った時から。



気付かない内に募っていた想い。



何時しか、君への其の想いに。



私は気付いた。











ねぇ、中也。






私はね──────君が好きなんだ。










会いたいって何時も思ってて。



でも、いざ会ってみると上手く言葉にできなくて。



君も私と同じ気持ちだったらって……。



何度も願った。



会いたいよ。



君に会いたい。











だって──────君が好きだから。











「────っ…!」

私は後ろに振り返って走り出した。

すれ違う人混みの中、中也の姿を探す。

「はっ………はっ……はぁ………はぁっ…………」

冷たい空気が、頬に針を刺すような勢いで当たった。

雪を踏む音が響き、凝固した雪が宙を舞う。

拳を固く握り締めた。

瞼の裏に中也の姿が掠める。

「____…ッ」

こう云う日は、他の誰かと過ごしているのだろうか?

姐さん達と一緒に、葡萄酒(ワイン)でも呑んでいるのだろうか?

それともエリスちゃんのワガママで、探偵社みたいに降誕祭招宴でもしているのだろうか?

私が居ない処で────私が知らない笑顔を誰かに見せているのだろうか?

あぁ、厭だなぁ。

私の事を考えていてよ。

出来れば、ずっと。

同じ気持ちになってよ。────なんて。

こんなに本気になって、莫迦みたいだなぁ。

格好悪い。

でも、ね…………。

本当に、君の事を想ってるんだ。

だからさ、せめて────伝えさせてよ。





君が好きだって。






「ハ…はぁっ…………はっ………」

私は立ち止まり、膝に手をついて呼吸を整える。

頬に伝う汗を拭った。

呼吸を整わせて、私は再び彼方此方見渡す。

「────居ない………」

何故か、視界に入る全ての景色がぼやけて見える。

「っ……何で、居ない……の………ッ?」

声が掠れていた。何処か震えている。

伝えたいよ。

如何せ望むような答えが返ってくるとは思わないけど。

判っているけれど。

それでも、此の気持ちを君に知って欲しいんだ。

だのに──────。

「……………だのに、如何して───」

視界の隅。

人混みの奥に、赭色の髪が揺らめく。

「っ!」

目を見張った。息が止まったように感じる。

躰が自然と動いていて、私は地面を蹴った。人混みを掻き分けて前へと進む。

「はっ……はぁ……は──────中也っ!!」

私は彼の名を呼びながら、“其の手を掴んだ”。

「……ん、太宰?」

目を丸くしながら中也は振り返って、私の名を呼ぶ。

「はぁっ……はあっ……はぁ……」

私は中也の手を握りしめながら呼吸を整えた。

「ぉ、オイ……息切らして如何した?何かあったか?」

中也が私に聞いてくる。私は呼吸を整えた。


『――――――――。』


『――――――。』


『――――――――――――。』


『―――――――――。』


脳に沢山の言葉が溢れ出す。

全ては此の想いを中也に伝える為の言葉であった。

でも────────。

私は顔を上げて、中也と目線を合わせた。

「っ………中也…//」

彼の名を呼ぶ。

顔が熱い。

「…………?」

中也は首を傾げた。

「中也っ///………ぁ//……あの、ね………//////」

高鳴る鼓動を落ち着かせながら、私は息を吸う。

そして云った。




















「君が好きだっ……//////」


















其の言葉は冷たい冬の空気に響き渡る。

「はっ……?」

中也は目を丸くして、口先から声をこぼした。

「ッ……///」

私は顔が熱くなっていても、中也から視線を逸らさずに、手を離さないように固く握る。

冷えた私の指先とは違って、手袋をつける中也の手からは、仄かに温もりが伝わった。

「ぇ、は……はぁ…?今…何て…………」

中也の其の言葉に、呼気を白くさせながら云った。

「聞こえるまで何度だって云うよ…////」

だって、其れほど。

其れほど私は君が─────────。










































『君が好きだ………////////』














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