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「……グウェンダル、厚かましいけどもうひとつお願いがあるの」
「なんだ?」
「第二皇子を支持しないで」
「……なぜだ?」
「ちょっとしたアドバイスよ。今後皇位継承をめぐる争いが起きたとき、第二皇子の側につけば皇后陛下が敵になってしまう。いくらあなたでも不利な戦いだわ。かといって第一皇子を支持するのもだめよ。このまま中立を保っているのがいちばんいいけれど、どちらの勢力もホールトン家を引き込もうとあらゆる手を使ってくるはずだわ。だから皇帝陛下に忠誠を誓うの。そうすればどちらも手が出せなくなる」
グウェンダルは難しい表情をして考え込んでいる。
前回と同じように、メリーティアとの結婚を機に第二皇子を支持するつもりだったのだろう。
そうでなくともグウェンダルは元々第二皇子と親交が深い。反対に第一皇子の人柄が好ましくないようで彼とはあまり関わらないようにしていた。もうすでに皇后から目をつけられている可能性がある。
だが皇帝に忠誠を誓えば、彼を簡単に排除することは難しくなるだろう。
あのケイリクスにグウェンダルが忠誠を誓うだなんて考えただけで反吐が出そうになるが、皇后と第一皇子に貶められる未来は避けることができるはずだ。
メリーティアの表情をじっと観察したあと、グウェンダルは首肯した。
「…………君の言うとおりにしよう」
ほっとして胸を撫で下ろすメリーティアを、グウェンダルはなおも見つめてくる。
「それと、これを渡しておくわ」
メリーティアは紙の包みを差し出す。
グウェンダルは包みを開きモモネンの花をつまむと、不思議そうにした。
「これは?」
「解毒剤。お守りみたいなものだと思って」
「何の毒だ? なぜこれを私に?」
「いいから。もし何かの毒を飲んだときはまずこれを煎じて飲んでみて。そのまま飲み込むだけでも症状を和らげられるそうよ」
「……メリーティア。本当のことを言ってくれ。なぜずっとそんなに不安そうにしている? 婚約を解消したいと言い出したこともそうだ。べつの理由があるんだろう? 君に何か危険が迫っているなら私に守らせてくれないか」
危ないのはメリーティアよりもグウェンダルの身だ。
もう二度と彼が処刑台に立たされるようなことがあってはならない。皇后が手を出さなくても、メリーティアのそばにいる限りケイリクスの毒牙がいつ襲ってくるかわからないのだ。
全部グウェンダルのことを慮ってしていることなのに、彼にはっきりと伝えられない状況が歯がゆくてたまらなかった。
「べつの理由なんてないわ。さっきのアドバイスも、解毒剤も、深い意味を見出そうとしないで」
メリーティアはバッグを持って立ち上がる。
伝えなければならないことはすべて伝えた。これ以上ホールトン邸に長居しても離れがたくなるだけだ。
「もう行くのか。馬車を用意させよう。どこまで向かえばいい?」
「ありがとう。……これまでのことも含めて、あなたには感謝しているわ。しばらく帝都のタウンハウスにいるから、あなたと顔を合わせることもあるでしょうね」
屋敷を出ると、すでに馬車が用意されていた。
「それではごきげんよう、ホールトン公爵閣下」
メリーティアはそう挨拶すると、ひとりで馬車に乗り込んだ。御者に行き先を伝えて扉を閉めれば、すぐに走りだす。
走行音が響くなか、メリーティアは目的地に到着するまで顔を覆っていた。
*
同じ帝都、同じ貴族街ともなれば、三十分も馬車を走らせればハイゼンベルグ家のタウンハウスに到着する。ここにくるのはデビュタント以来だ。ホールトン家のタウンハウスほどではないものの、それなりに立派な屋敷である。
先に荷馬車を送るついでにここで滞在することも手紙で知らせていたが、使用人たちは戸惑った様子であった。グウェンダルとの結婚が迫っているのになぜこちらに、と思っているのだろう。
腰を落ち着ける暇もなく、メリーティアはまず両親に手紙をしたためた。グウェンダルとの婚約解消について。それからしばらく帝都に滞在することを書き、侍女に送っておくよう言いつける。
そこまでしてようやくひと息ついて、ソファに寝転んだ。
いつまでもグウェンダルのことを引きずっている時間の余裕など、メリーティアにはない。
前回のことを思い出す。
三カ月後に結婚をして、子を授かったのはたしかその二、三カ月後だ。その頃にグウェンダルは騎士団長に任命された。トリーに嵌められてゴシップ誌に載ったのも同時期のことだ。
メリーティアが二週間かけてハイゼンベルグ領に帰って、そこで家族が毒殺された。
そしてすぐにグウェンダルが第一皇子殺害未遂で処刑されることになる。
猶予はおそらく半年ほどしかない。それを実感すると焦りが生まれた。
まずはかんたんなところから終わらせよう。
副騎士団長ネビル・ブレイドと、その妻トリーだ。
ネビルはグウェンダルの剣を盗みそれを証拠とすることで、第一皇子殺害未遂犯に仕立て上げた。
トリーは皇后の手先だ。毒入りのワイン『ヴィネコット』をハイゼンベルグに贈り、メリーティアの家族を殺すことに加担した。
どちらも許しがたい。ネビルを陥れることができれば、その妻であるトリーはわざわざ手を出さずとも勝手に落ちぶれていくだろう。
ネビルにはどう近づこうか。――この時期に、皇室主催の狩り大会に参加したことを思い出す。
以前はグウェンダルについていくかたちで参加したものの、貴族全員に参加権があるためメリーティアひとりだろうと問題はない。そこでならネビルに接触できるだろう。
狩り大会は一週間後だ。準備しなければならないことはたくさんある。
メリーティアはソファから起き上がると、自分の頬をパチンと叩いて気持ちを入れ替えた。