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白山小梅
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#借金
午前中の講義を終え、七香は大学構内にあるカフェテラスに向かって歩いていた。資格取得のために様々な講義を受講していると、友人たちよりも一日が忙しなく流れていた。
「七香ー! こっちこっち!」
カフェテリアに到着したが、いつもの席に友人たちの姿が見えず、混み合うホール内をキョロキョロと辺りを見回していると、思いがけない方向から声がした。
そこにはいつものメンバーが揃っていて、すでに食事を始めていた。七香は手を振りながら皆の元へ小走りに寄っていく。
「お待たせー。いつもと席が違うから焦ったよー」
「ごめんごめん、いつもの場所が埋まっててさ」
ホールの隅の方の四人がけのテーブルを二つ占領しており、その一つに荷物を置くと、七香も昼食を買いに行った。トレーにパスタとサラダを載せて戻ると、みんなは来週からの旅行の話で盛り上がっており、その話を聞きながら椅子に座る。
「レンタカー二台で行くでしょ。予約はした?」
「大丈夫。さっき確認に電話来たし」
「念の為、免許持ってる人は忘れずに持ってきてね。何かあると困るしさ」
来週の三連休のうちの二日間を使い、温泉サークルの仲間たちと一緒に、近場の温泉地へ一泊二日で旅行に行くことになっていた。
しかしその当日に、叔父の結婚式が入ってしまったため、七香は夕方から合流する予定だった。
「私だけ遅れて参加でごめんねー」
「いいよいいよ、温泉と夕食を楽しもう」
「うん、ありがとう」
女子が四人、男子が四人。確かに仲良しのメンバーだったが、一組は付き合ってるし、男女同数。しかもその中の一人からは明らかに好意を持たれている気がして、七香は少し警戒していた。
何かあればすぐに隣に立つし、『島波はモテるから』と何度となく彼氏の存在を遠回しに尋ねられた。別に好意を寄せられることが嫌なわけではなくて、もし気まずくなるような出来事が起きて、このグループから抜けなければいけなくなるのが嫌だったのだ。
昴にフラれてから、七香はもう会うことがないはずの男を見返すつもりで、自分磨きに精を出した。髪はロングにしたし、お化粧も勉強した。雑誌を見てファッションもいろいろ取り入れ、お子ちゃまとは言えないほどの大人っぽい雰囲気を醸し出していた。
そのせいか男性から言い寄られることも多々あり、恋愛に全く興味が持てない七香は適当なことを言ってやり過ごすことが上手になっていた。
あれ以降、どんなに素敵な男性と出会っても、七香の心はときめきを忘れてしまったかのように、カッコいいとは思うものの、それ以上の感情に発展することはなくなった。
七香がパスタを食べ終えるタイミングで、別の席に座っていた|松倉《まつくら》が、突然目の前に移動をしてきて微笑みかけた。
「結婚式の場所って近いんだろ? それなら迎えに行こうか?」
「えっ、わざわざ来てくれなくても大丈夫だよー。みんなは旅行、楽しんできて! 私もなるべく早く合流するようにするからさ」
「そっか……わかったよ。叔父さんの結婚式って言ってたけど、親しいの?」
「うん、頻繁には会えないけどねぇ。新婦さんも知り合いで、前に一緒にバイトをしたこともあるんだ」
海舟のペンションでアルバイトをしたあの夏。奈子から驚きの事実を聞かされた。実は奈子は子供の頃から海舟に恋をしていて、振り向いて欲しくて毎年アルバイトをしていたのだという。
あれから二人の関係がどうなったのか、七香には知らされていなかったが、つい最近奈子が妊娠していることがわかり、つわりが落ち着くタイミングでの結婚式となったのだ。
昴と早紀のことで恋愛に対してトラウマになっていた七香は、この事実を知って心から喜んだ。少女漫画だけではなく、ちゃんと現実世界にも純愛は存在するのだと安心した。
「へぇ、やっぱり島波も結婚とか憧れるわけ?」
その瞬間、七香の顔が真顔になる。
「憧れてはいないよ」
すると隣にいた翔子が手を叩いて笑い始めた。
「七香にそんなこと聞いても無駄だって! 七香は自分が好きになってからじゃないと付き合わないんだよ。一方的に好きって言っても無理無理!」
翔子の隣にいた|羅南《らな》もクスクス笑う。
「今までに七香が好きになった人なんていた? 聞いたことないよね」
「そういう羅南は、アイドル以外には興味ないし」
「あら、温泉は大好きだけど?」
「えっ、あっ、俺はそういうつもりじゃなくて……」
昴のことは誰にも話していないから、そう思われていてもおかしくなかった。七香はとりあえず笑顔を浮かべてその場をやり過ごす。
あの夏のことは、どちらかといえば思い出したくない苦い記憶ーー恋も愛も、甘いだけではないと心に刻み込まれた。
私はまだ甘いだけの恋でいい。まだ大人になんてなりたくない。きっとお子ちゃまと笑われるかもしれない。でも人に何を言われても、自分の想いを変える必要はないと思うーー七香の体に悪寒が走る。あの二人のような愛は、もう懲り懲りだと思った。