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放課後の教室。
残っているクラスメイトもまばらになっていたとき。
友人の和奏《わかな》が話しかけてきた。
「ねぇ、知ってる?」
「なに」
唐突な切り口にも動じない。
和奏の発言は何時だって唐突だ。
「旧校舎の噂」
返答に納得。
「あー、恋愛系の奴」
和奏はいわゆる恋愛脳だ。
四六時中恋愛について考えている。
他人に同じ考えを強要しないので、適当に相づちをしながら聞くのが何時ものパターンだった。
「そそ……気にならない?」
「別に」
嫌な予感がして努めて素っ気ない反応をした。
「まぁ、莉乃《りの》ちゃんは彼氏がいるからなぁ」
膨れっ面が可愛い。
可愛い人に弱い莉乃は、望まれているだろう言葉を口にする。
「……行ってみたいの?」
「うん!」
満面の笑みで言われた。
はぁ、可愛い。
聞いてほしいお願い事があるとき、和奏は決まってこの顔をするのだ。
莉乃が弱いのを百も承知で。
あざといなぁと思いつつも、断れない。
「はぁ……でもあれって、一人じゃないと駄目なんでしょ?」
わざとらしく大きな溜め息を吐いて、遠回しに断りの言葉を継げてみる。
「だからさぁ、途中までついてきてよぅ」
駄目だった。
わかっていてもこの流れには疲れる。
「仕方ないなぁ……」
結局こうやって引き受けてしまう結果にも、我ながら呆れてしまう今日この頃だ。
旧校舎は老朽化が進んでいるので一部が立ち入り禁止になっているも、普通に使われている教室もある。
立ち入り禁止区域は北側に集中しているので、南側の教室からドアを開けていく。
「……あー、この教室にもないし」
五個目の教室を調べたところで、和奏が不愉快げな声を上げた。
彼女の良くないところの一つ。
飽きっぽい。
「ねぇねぇ! やっぱりこーゆーのって、立ち入り禁止区域にあるんじゃないのかなぁ?」
「……私は行かないよ」
その二。
ルールを破るのが好き。
「じゃあ、北に渡る階段で待っててくれればいいから! ね? ね?」
「……了解」
「梨乃ちゃん、大好き!」
その三。
好きでもない相手に、好きと言うところ。
目が笑ってないのを、何時指摘しようか迷っているうちに、ここまで来てしまった。
今更言えないよね?
立ち入り禁止区域が多い北側の階段で和奏を見送って、階段に座る。
しばらく暇を潰さなければならないだろうと考え、携帯電話を取り出した。
一番にするのは彼氏からのメッセージ確認。
いくつかの着信履歴に微笑を浮かべて、チェックをしようとした、そのとき。
どん!
誰かに背中を押された。
「きゃああああ!」
階段の一番上に腰掛けていたので、勢いよく転がり落ちた。
スカートが翻る。
回る視界の端に、和奏の姿が映った、気がした。
「いったたたた! ん?」
全身打撲で酷く痛い。
痛いが床の上に転がっている感触ではないのに気がつき、閉じていた目を開く。
「ええええ?」
梨乃は大きな箱の上に乗っていた。
しかも箱はクッションのようにやわらかい素材でできている。
「ふ、不思議素材……」
さわさわと触っていると、まるで箱が意志を持っているように梨乃の体を引く。
箱の正面と向き合う態勢にさせられた。
床に座っている格好だが、特に床の冷たさも硬さも感じない。
階段から勢いよく転げ落ちた割に、痛みも薄くなっている。
不意に、目の前の大きな箱がぱかん! と開いた。
「お、おぉ……」
思わず声を上げてしまった。
大きな箱の中には赤いアネモネが隙間なく埋まっていたのだ。
「こ、これのおかげで無事だったのかしら?」
大量の花がクッション代わりになったのかと首を傾げる。
しかしアネモネは切り立てのように瑞々しく、折れてもいない。
「よくわからないけど……ありがとうございます」
ひょこんと一本だけ頭が出ているアネモネを引き抜いて、感謝の言葉を述べる。
風もないのにアネモネがゆらっと揺れた。
返事をしてくれたようだと、思った。
「……え?」
視界がくにゃりと歪む。
先ほど階段から転げ落ちた影響だろうか。
目を閉じてこめかみに指先をあてる。
ゆっくりと数度深呼吸をした。
メッセージの着信音がしたので携帯電話を取りだして確認する。
「ん? 迎えに来てくれるって、珍しいなぁ」
彼氏からのメッセージだった。
わざわざ迎えに来てくれるらしい。
そういえばたまっていたメッセージへの返信ができていなかった。
『ありがとう。正門で待ってるね』
何時も落ち合う場所を送信して、ふと思い出した。
「和奏、遅いなぁ……」
携帯を開いてメッセージを確認する。
スタンプが一つ、届いていた。
デフォルメされた死に神が手を振っているスタンプだ。
時々和奏は悪趣味なスタンプを送ってくる。
時間がかかるから先に帰れという意味だろう。
「あれは……和奏じゃなかったよね?」
梨乃を突き落とした思わしき人物。
しかし、今は何処も痛くないし、アネモネも手元にない。
旧校舎では不思議な現象が多く見られるというから、それを体感したのだろうか。
「幻覚? 予知? うーん。彼に相談してみようかなぁ……」
頭の一部に霞がかった感覚に眉根を寄せながら、彼が迎えに来てくれるので先に帰る旨を和奏に送信した。
即座にスタンプが返ってくる。
先ほどと同じ死に神のスタンプだ。
まるでこちらに来てといわんばかりに、手招いているようにも見える。
ぞくっと寒気を覚えた梨乃は、了解の意味だと判断して、彼氏が待つ正門へと足を向けた。
赤いアネモネの花言葉 君を愛す