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ゆでたまご王子と残念女子

8話『今夜は寝かせない』

8

100

2021年10月29日

#青春恋愛#恋愛#同居

「※この物語はフィクションです。実在の人物及び団体等とは一切関係ありません」

〈8話〉

私の唇に、三柴の吐息が触れ――。

「み、みし……」

ぼやけて、三柴が見えない。

くちびる、が。

触れる――直前で、ぐい、と強く抱きしめられた。

三柴の唇は 掠(かす)りもしなくて、気が付くと私は三柴の胸に片頬を埋めていた。

耳の下で、三柴の心臓が鳴ってる。

熱い。

「……っ!」

トク、トク、と血が身体をめぐる音がする。

体中に鼓動が響く。

でもそれが、私のものなのか三柴のものなのかがわからない。

全身が心臓になったみたいだった。

熱い。

「み……しっ」

頭上で、三柴が笑う気配がした。

「こっから先の観覧は有料な」

「えー、ケチんぼー!」

「誰が見せるか。とっととどっか行け」

「はーい。お邪魔虫は退散しますよーっだ」

三柴と犬塚くんのやりとりで我に返って、顔を上げる。

すると三柴はなにかに気づいたように、私の耳元に顔を寄せてきた。

耳に息がかかってくすぐったい。

「お前の友達がこっちにくる」

「……え?」

少し向こうに、依鈴の姿があった。

三柴に抱きしめられてるのが私だと気づいて、目を丸くしている。

目が、合ってしまった。

「ミチル!」

目を輝かせて、依鈴が駆けて来た。

さっき下のラウンジに依鈴はいなかったから、話を聞いて私を探してくれてたのかもしれない。

「なに、やっぱりデキてたの?」

「あー、うん。まあ……ね」

「ああもう、心配して損した!さっそくこんなとこで引っ付きあって、なにしてんの?」

「お、お夕飯の相談を少々……」

なに言ってんだ、私。

くっつきあってる体から、三柴が笑うのを堪えてるのが伝わって来た。

半分くらいは三柴のせいなのに!

「今日の夕飯なにがいい?お前の好きなもの作るよ」

笑うのを堪えて、三柴が精いっぱい平静を装って言った。

私も心にもないことを口にする。

「今日は、私がオムライス作ってあげる」

「本当に?でもオレ、尽くされるより尽くしたいタイプなんだ」

「……っ」

抱きしめる腕の力が強くなった。

また心臓がジャンプする。

さっきまで人気が少なかった廊下も、もうすぐ講義が始まるとなればそれなりに人が集まる。

イケメンに抱きしめられてるのに、私はパンに挟まれたキュウリみたいな気分だった。

みんなの羨ましそうな視線を一身に集める。

「コラ、いちいちイチャつくな。くたばれ、バカップル」

「どうもありがとう。全力で幸せになるわ」

「安心しろ。お前のことはオレが必ず幸せにするよ」

こう見えて私達、

実は、

付き合ってない!

おかしい。

おかしいったらおかしい。

三柴にドキッ♥とするなんて、絶対おかしい!

ドキっとしたことにモヤモヤっとして、消化不良でも起こした気分だった。

だから――。

買い物から帰って来た三柴を、

彼シャツで迎えてみることにした!

このイタズラの目的は誘惑なんかじゃなくて、三柴の反応を見て楽しむこと。

そうと決まれば実行あるのみ。

洗濯カゴに入ってた三柴のTシャツを拝借する。

下着の上から三柴のTシャツだけを身にまとって、洗面台の鏡の前に立つ。

「おっ。なかなかそれっぽいじゃん」

長い 裾(すそ)は私の太腿の半ばくらいまで隠して、 袖(そで)は勝手に萌え袖になってくれた。

三柴は着痩せするタイプらしく、 襟元(えりもと)は思った以上に大きく開いちゃった。

くるっとその場で1回転すると、シャツの裾がふわわっとめくれ上がる。

見えそうで見えない危うさが、なんかすごいそれっぽい気がする。

でも、ちょっと物足りない?

「……髪もちょっと濡らしとくか」

たとえ遊びだろうと、イタズラだろうと、罰ゲームだろうと、やるからには全力で。

それが佐倉家の家訓だ。

父も母も兄もそういう人だったから、家の中はしっちゃかめっちゃかだったけど。

ただしどんな理由があっても暴力は厳禁なので、実家のあちこちに水鉄砲が隠されていた。

この家にも――……ふふふ。

「んー、こんなもんかなー」

お風呂上り風に髪をちょっと湿らせて、顔をチークでほんのり赤くして、ついでにグロスで唇をぷるぷるにする。

出来栄えに満足して頷いてると、玄関の鍵が開く音がした。

脱衣所のドアを開けて様子を 窺(うかが)うと、丁度靴を脱いで上がってくるところだった。

そそっと三柴の前に立つ。

萌え袖の手を口元に添えて、上目遣いに見ながら、考えてた言葉を口にする。

「おかえりなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」

彼シャツのお手本のような恰好をした私を見て、三柴は――

「色気が足りない、√3点」

――と、虫でも見るような目で言った。

そうそう、これこれ!

こういうの!

「あっはははっ!ちなみに満点は?」

「1000点満点に決まってるだろ」

「クソほど厳しい!」

「さっさと着替えてこい」

「はいはーい!」

三柴といるのは楽だ。

からかっても楽しいし、もうなに言われても面白く感じちゃう。

不意打ちを食らった三柴の顔も最高に愉快だ。

私がなに言っても、適当に受け流したり、利子をつけてやり返したりしてくれる。

愛とか恋とか、そういうのに振り回されるのが私はイヤだ。

自分の感情がコントロールできないのも、評価を気にして身動きがとれなくなるのもイヤ。

なにかを選ぶときに、自分じゃない誰かの価値観に合わせるのも、すごくすごくイヤ。

私は三柴と気楽な関係でいたい。

「頼むか――レの でだけにし――れ」

「ん、なんか言った?」

「ついでに風呂洗って来いって言った」

「えっやだ!」

「そうか、残念だな。たった今、お前の夕飯はなくなったぞ」

「喜んでお風呂洗わせていただきまーす!」

三柴にドキッとしたのは、三柴がイケメンだからだ。

ちょっと免疫がないだけで、そのうち慣れる。

イケメンは観賞用。

観賞するくらいには、私だってイケメンは好きだ。

「頼むからオレの前でだけにしてくれ」

翌日は大学がなくて、私も三柴もたまたまバイトが入ってなかった。

だから思う存分、夜更かしができる。

「今夜は寝かせないぞ♥」

そう言って、私は三柴を借りてきたドラマ鑑賞につき合わせた。

それが、

間違いだったのかもしれない――。

「オイ、起きろッ!!」

大きな声に、意識が一気に呼び起こされる。

「……っ!?」

目を開けるのと同時に飛び起きると、まず目に入ったのは三柴だった。

同じ布団にくるまった三柴は、青い顔でぽかんとなにかを見上げている。

うん?

なにかって、なにを?

一緒の布団にくるまったままの私と三柴を、

般若 の形相の男が見下ろしていた。

「これはどういうことだ、ミチル!!」

「お、お――」

〈続〉

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