テラーノベル
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◆◇◆◇
「栞……! 栞、しっかりしろ!!」
耳を劈く爆音と、皮膚を刺す熱風。
九条が瓦礫の山から栞を抱き上げ、降り注ぐ火の粉の中を猛然と駆け抜けた。
背後で施設が完全に崩落し、断末魔のような地鳴りが山々に木霊する。
九条は安全な草地まで辿り着くと、ぐったりとした栞を横たえた。
「……ぁ、…れ、ん……」
栞は意識を朦朧とさせながら、空を掻く。
その両腕は熱で赤く腫れ、蓮を抱きしめていた形を保ったまま固まっていた。
だが、その腕の中に、少年の姿はなかった。
九条は苦渋に満ちた表情で、周囲を見渡した。
燃え盛る残骸の中から見つかったのは
栞が最後まで掴んでいたであろう、無惨に割れた蓮のタブレットだけだった。
「……すまない、栞さん。僕が君を助け出した時……彼は、もう……」
九条の言葉を遮るように、割れたタブレットの画面が、不気味なノイズを上げながら最期の光を放った。
そこから流れてきたのは、合成音声ではない。蓮自身の、幼くも冷徹な地声だった。
『……お姉ちゃん。抱きしめてくれて、ありがとう。あんなに温かいのは、初めてだった。…でも、パンドラはもう、僕の血の中に溶け込んじゃったんだ』
栞の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
『パパが死んで、システムが壊れても、この街に「悪意」がある限り、パンドラは再生し続ける。……ボクは、この呪いと一緒に消えるよ。お姉ちゃんは、陽の当たる場所で、その綺麗な声を取り戻して』
音声が途切れると同時に、タブレットは小さな火花を散らして完全に沈黙した。
九条は、遠くから近づいてくるパトカーのサイレンを聞きながら、栞の手を握りしめた。
「……彼は、君を助けるために、自ら炎の奥へ消えたのかもしれない」
だが、栞は信じていなかった。
あの瞬間、蓮の体に触れた時の感覚。
彼は死を望んでいたのではない。
何か、もっと別の「意志」を持って、闇の深淵へと飛び込んだのだ。
◆◇◆◇
一ヶ月後
栞は、海が見える静かな療養所にいた。
喉の火傷は癒えつつあり、医師からは「リハビリ次第で、以前よりも豊かな声が出るようになる」と告げられていた。
九条は警察を完全に辞職し、今は私立探偵として、パンドラの残党を密かに追っている。
「栞さん。新しい情報が入った」
九条が差し出したのは、海外の闇サイトで急速に広まっている、一つの動画だった。
そこには、顔を隠した少年の姿と、その背後に浮かび上がる「新・パンドラ」のロゴ。
動画の中で少年が掲げたのは、栞が大切に持っていたはずの、10年前のあの「交換日記」の最後の一ページだった。
【新章:審判の代行者】
復讐は終わらない。
お姉ちゃん、僕を見つけられるかな?
栞は、窓から見える水平線を見つめ、静かに立ち上がった。
スカーフをほどき、再生し始めた自分の声を、潮風に乗せる。
「……蓮。今度は私が、あなたを処刑してあげる。……この声で」
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深冬芽以