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深冬芽以
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海沿いの療養所を去る日
栞の元に届いたのは、黒い封筒に銀の刺繍が施された一枚の招待状だった。
【至高の知性を愛する皆様へ】
今宵、失われた『パンドラの心臓』を競り落とす準備は整いました。
ドレスコード:仮面
「……上流階級のオークション?美波や愛華が必死に媚びを売っていた、あの『サロン』ね」
栞の声は、まだ少し掠れているものの、確かな芯を持って響いた。
九条は、使い古されたトレンチコートの襟を立て、栞の隣に立つ。
「主催者は、政財界の黒幕と呼ばれる連中だ。表向きは慈善パーティーだが、裏では『国家を揺るがす情報』を売買している。…蓮くんは、今や彼らにとって最高の商品というわけだ」
会場は、都心の高層ビルの最上階。
シャンデリアが眩い光を放ち、着飾った紳士淑女たちが、ワイングラスを片手に優雅に談笑している。
だが、その顔はすべて豪華なベネチアンマスクで覆われていた。
栞もまた、深紅のドレスを纏い、銀の仮面を身につけて会場に足を踏み入れた。
九条は給仕係に変装し、耳に隠した小型のレシーバーで栞と通信を繋いでいる。
「栞さん、ターゲットは22時からの特別競売に出される。それまでに警備の配置を確認するんだ」
『了解……。でも、九条さん。この会場、何かがおかしいわ』
栞は、周囲の視線に違和感を覚えた。
仮面の奥にある瞳。
それは、蓮を買い叩こうとする欲欲しい「大人」の目ではない。
どこか、何かに怯えているような、あるいは何かに操られているような——。
その時、会場の電気が突如として消え、ステージにスポットライトが当たった。
「皆様、長らくお待たせいたしました」
壇上に現れたのは、燕尾服を着たオークショニア。
だが、その声を聞いた瞬間、栞の背筋に氷水が走った。
「今宵の目玉、パンドラの正当なる後継者。……『蓮』様のご入場です!」
ステージ中央の床が開き、椅子に縛り付けられた蓮がせり上がってきた。
しかし、栞が見たのは、助けを求める弟の姿ではなかった。
蓮は、仮面もつけず、不気味なほど無表情に会場を見下ろしている。
そして、彼の膝の上にあるタブレットが、会場中の巨大スクリーンと同期した。
【ミッション:虚栄の剥離】
この会場にいる皆様の『裏の顔』。
今から、最も高値をつけた方のものから順番に削除してあげます。
「……なっ、何だと!?」
客席から悲鳴が上がる。
蓮がタブレットを叩くたび、スクリーンのリストが高速で回転し
ある大物政治家の汚職証拠や、有名実業家の愛人リストが次々と曝露されていく。
『九条さん!蓮は売られているんじゃない……。彼が、この会場を支配しているのよ!』
「何だって……!?ぐっ、栞、逃げろ!警備員じゃない、この会場にいる全員がパニックで暴徒化する!」
狂乱の渦に包まれるオークション会場。
蓮は、阿鼻叫喚の図を特等席で眺めながら、ただ一人、栞のいる方角をじっと見つめ、小さく微笑んだ。
『お姉ちゃん。…僕を殺しに来たんでしょ?早くしてよ、じゃないとこの街、全部壊れちゃうよ』