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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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艶のあるダークブラウンの長い髪は、毛先にかけてゆるやかに波打っている。
整った顔立ちに黒い喪服がよく似合い、こんな場所でも思わず目を引くほど美しい人だった。
「……ありがとうございます」
「いえ」
女性は柔らかく微笑むと、自分が持っていた花も春子の棺へ静かに手向けた。
一花が誰なのだろうと考えていると、隣にいた俊介の表情がほんの一瞬だけ強張った。
「一花。この人は……仕事でお世話になってる、西園寺牡丹さん」
「西園寺です。突然お邪魔してしまって、すみません」
牡丹はそう名乗ると、一花へ丁寧に頭を下げた。
「桜井さんから、お母様のことを伺って……どうしてもお悔やみをお伝えしたくて」
「そうだったんですね……ありがとうございます」
一花も頭を下げようとしたが、その動きに合わせて左頬から首にかけての傷が引きつり、思わず顔をしかめた。
その瞬間、牡丹の視線が一花の火傷へ向けられたような気がした。
一花は反射的に顔を伏せる。すぐそばにいた奈緒も、気遣うように一花の肩へ手を添えた。
「一花、大丈夫?」
「うん……大丈夫」
牡丹は傷について何も尋ねなかった。
変わらない穏やかな表情のまま、一花へ優しく声をかける。
「今はお辛いと思いますけれど……きっと、またそれぞれに幸せになれる日が来ますから」
一花はその言葉に少し驚きながらも、小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
きれいな人だと思った。
見ず知らずの自分のために葬儀へ足を運び、傷を見ても余計なことには触れず、ただ励ましてくれる。
俊介が仕事で世話になっている相手だというのなら、きっと普段から人への気遣いができる人なのだろう。
牡丹がわずかに顔を動かすと、耳元の蝶のピアスが小さく揺れた。
理由は分からない。
ただ、その小さな蝶だけが妙に一花の目に残った。
葬儀を終えたあと、牡丹を見送るため、俊介は一人で建物の外へ出た。
少し離れたところには、牡丹を待つ黒い車が停まっている。
「今日は……来てくれて、ありがとうございました」
「そんなこと気にしないでください」
牡丹は俊介の顔を見つめ、少し心配そうに眉を下げた。
「それより桜井さん、ちゃんと眠れています?」
「……あんまり」
「食事は?」
俊介が答えられずに目を伏せると、牡丹はそれ以上追及しなかった。
「桜井さんまで無理をしたらだめですよ」
俊介がゆっくりと顔を上げる。
「今は、これからできることを考えれば、それで十分です」
「……ありがとうございます」
「一人で抱え込まないでくださいね。私でよければ、話くらいは聞けますから」
牡丹はそれだけ告げると、柔らかく微笑んで黒い車へ乗り込んだ。
俊介は走り去っていく車をしばらく見送ったあと、静かに葬儀場へ戻っていった。
その日の夜。
葬儀を終えた一花は、再び病室へ戻っていた。
母を見送れば、ほんの少しでも気持ちに区切りがつくのかと思っていた。
けれど、静かな病室で一人になると、胸の奥には別の思いが浮かび上がってくる。
——どうして、自分たちだったのだろう。
あの日から何度も考えてきた。けれど、どれだけ考えても答えは見つからない。
水野翼は、なぜ自分たちを狙ったのか。その疑問だけが、どうしても頭から離れなかった。
そのとき病室のドアが開き、葬儀の後片付けを済ませた俊介が戻ってきた。
「まだ起きてたのか」
「うん」
俊介がベッドの脇にある椅子へ腰を下ろす。
一花は答えを返したきり、考え込むように視線を落としていた。
その様子に気づき、俊介が眉を寄せる。
「……どうした?」
一花は少し迷ってから、俊介を見る。
「ねえ、俊介」
「あの男……水野は、私を助けたって言ってたんだよね?」
俊介の表情がわずかに強張った。
「……刑事は、そう言ってたな」
「『これで、みんな幸せになれる』とも言ってた」
一花はその言葉を確かめるように、ゆっくりと繰り返した。
「ねえ……幸せになれるって、どういうことなのかな?」
俊介はしばらく何も答えなかった。
「……あいつ、まともに話が通じる状態じゃなかったんだろ。そんな言葉、いちいち真に受けたって仕方ない」
「でも……どうしても気になって」
「一花」
俊介の声が低くなる。
「犯人は捕まったんだ。もういいだろ」
一花は膝の上で手を握った。
「よくないよ」
「何を聞いたって、起きたことが変わるわけじゃない」
「それでも、私は知りたいの」
俊介は苦しそうに顔を歪め、視線を落とした。
「俺は……もう思い出したくない」
一花は息を呑んだ。
「火事のことも、お義母さんのことも、悠真のことも……これ以上、掘り返したくないんだ」
それが俊介にとって本心なのだということは、一花にも分かった。
けれど、自分には同じように考えることができなかった。
忘れようとしても、何も分からないままでは前へ進めない。
どうして自分たちだったのか。
水野が言った“助ける”とは、何だったのか。
その答えを知らなければ、この出来事を終わらせることなどできない気がした。
「……ごめん」
一花は小さく呟く。
「でも、私は忘れられない」
俊介が顔を上げる。
一花はまっすぐにその目を見つめた。
「——私、水野翼に会う」
コメント
1件
うわあ……第16話、すごく重くて繊細な回でしたね。西園寺牡丹という女性の登場、品があって優しくて、でも蝶のピアスが妙に一花の目に残る描写が気になります。何か伏線なのかな。そしてラスト、俊介が「もう思い出したくない」と拒むのに対し、一花が「私は忘れられない」と言い切って水野翼に会う決意をするところ、胸が締め付けられました。二人の温度差が切なくて、この先どうなるのか本当に気になります。続きが楽しみです🌷