テラーノベル
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#大人ロマンス
#サレ妻
焼け落ちた家の前で
健一は煤まみれになりながら、冷たいアスファルトの上に膝をついていた。
背後では、かつて「王国」だった場所が、消防隊の放水によって黒い骸へと変わり果てている。
「……奈緒……奈緒……っ!!」
彼の咆哮は、夜の闇に吸い込まれて消えた。
救急隊に保護される直前、健一は自分の握りしめた拳の中に、一つの硬い感触があることに気づいた。
それは、崩落の直前、奈緒が彼の手に無理やり押し込んだ、耐火性の小さな金属ケースだった。
一週間後
身元不明の二体の焼死体――
里奈と、おそらくは奈緒であろう遺体の確認が終わり、健一は仮住まいのアパートで、そのケースを開けた。
中に入っていたのは、一通のSDカードと、血のような赤いインクで書かれた短い手紙だった。
『健一さん。あなたがこれを読んでいるということは、あなたは私を置いて、光の方へ逃げたということね。…おめでとう、不倫の末に家族を殺し、愛人を焼き殺した生存者さん』
健一の指が、激しく震える。
『SDカードの中には、ナオミのアカウントの全権限と、私がこれまで集めた「あなたのすべての罪」のバックアップが入っています。……これは、私からの最後のご褒美』
『…あなたがこれから出会うすべての人に、あなたが幸せになろうとするその瞬間に、このデータを世に放つ「予約投稿」をセットしておきました』
手紙の最後には、一際大きく、美しい筆跡でこう記されていた。
『あなたが蓮くんを愛するたびに、あなたは思い出すわ。…その子の母親を刑務所に送り、父親を廃人にし、育ての母を焼き殺したのは、あなた自身の「刺激」という名の欲望だったことを。……さあ、一生かけて、私を愛し続けなさい』
健一は、画面に表示されたナオミの管理画面を見つめた。
フォロワー数は、事件の影響で数百万人にまで膨れ上がっている。
彼は今、莫大な「収益」と、同時に「一生消えない監視の目」を手に入れたのだ。
「……あ、ああ……」
健一は、隣で無邪気に笑う蓮を見た。
この子を育てる資金は、奈緒が遺した「死者のアカウント」から生み出される。
彼は一生、自分を壊した女の影で、その女が遺した金で、その女が憎んだ子供を育てていく。
それは、物理的な監禁よりも、死よりも残酷な「自由」だった。
「……奈緒。お前は……死んでも、俺の横にいるんだな」
健一は、SDカードをパソコンに差し込んだ。
画面には、生前の奈緒が最後に自撮りした、最高に美しい「ナオミ」の微笑みが映し出された。
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