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へっ?!
と、裏返った声を出し、常春《つねはる》は、その場にへたりこんでしまった。
「あー、ちょっと、常春には刺激がつよかったかなあー」
「うーん、晴康《はるやす》様は、本当は、人形で、今は成長途中で、もう少し力を蓄えられたら、大人の姿になる、なんて、タマでも、難しいですもん、ワン!」
おお、タマ、よく言えました。と、童子に見える晴康は、タマを撫でている。
「さてと、タマや、そこの路地裏で、若人の姿におなり。でないと、私では……」
「わかりました!確かに、晴康様では、無理です」
タマは、童子の腕からピョンと地面へ飛び降りて、小走りに、人目のない路地裏へ入り込んだ。
「さあ、参りましょう」
出てきた時には、丸顔の、あの、若人の姿に変わっていた。
「常春様、さあ、帰りますよ!って、もお!すっかり魂抜けちゃってんだらぁーワン!」
「タマや、そこは、犬じゃなくてもいいだろう?」
ははは、そうでした、そうでした、と、若人タマは、笑いながら、気が抜けてしまっている、常春を背負った。
「じゃあ、急ぐよ!守恵子《もりえこ》様の事が気になる」
「ですね、あの誰か分からない人の助けがあったから、よかったけど……」
「あの者も、素人だからねぇ、守恵子様が、急変したら、どうしようもない。それに、さて、どうなるのかなぁ。タマ、お前は、どっちと、くっつくと思う?」
急ぎ足で、進みながらも、童子と若者は、クスクス笑っていた。
「虎じゃぞーーー!」
その遥か先では、斉時《なりとき》の奇声が、響き渡っていた。
「おお!!守近!!!」
やっと、追い付いたと、斉時は、守近の馬に横付けしようと試みる。
「守近、守近よ!虎じゃぞーーー!」
何者?と、見なくとも、そんなことを言って来る人物は、限られていると、守近には、わかっているようで、振り向く訳でもなく、
「斉時よ!すまぬが、後にしてくれぬかっ!」
と、さらに速度を上げた。
「やや、嫌われたか?!と、言うよりも、もはや、大納言家の塀が……そして、あれ、あいつ、馬ごと門を潜って行った」
虎が、そんなに怖かったか、と、呟きながら、斉時は、馬を走らす。
「おわっ!!しもうたっ!!正門を、通りすぎてしまった!!馬、お前は何をしておるのだっ!!」
訳のわから八つ当たりを馬にしつつ、まだ、虎だ、虎だと、斉時は、叫びながら走り去って行った。
そして……。
突然、馬に乗って現れた、主人に、慌てる屋敷の門番などなどに、どうにかこうにか、勢い付いつている馬は、止められて、守近は、馬上から降りた。
そのまま、屋敷の入り口である、中門を潜り、框《かまち》で、沓《くつ》を脱ごうとするが、焦りから、上手くいかない。
「ええい、沓め!邪魔するなっ!!」
と、こちらも、訳の分からない八つ当たりをしつつ、よし、と、そのまま、屋敷へ、上がった。
コツコツと、音を響かせながら、守近は、廊下を走る。
「守恵子よ!!」
何が、我が娘にあったのか、知らないが、とにかく、あの、童子とタマの様子は尋常ではなかった。
守近は、守恵子、守恵子、と、名を呼びながら、奥へと進んだ。
「ああ!守近様!」
北の対屋に近づいたところで、橘が現れた。
「守近様!守恵子様が、池に落ちて!!」
「な、なに!何故、橘、止めなんだっ!髭モジャは、橘、お前の亭主であろう!!」
「……は?!まあ、髭モジャは、私の、亭主ではありますが」
緊張していた、橘も、守近の言いたい事が読めず、ぽかんとしてしまう。
「あーなんたること!髭モジャも、ちいと、加減をせぬかっ!!よりにもよって、守恵子を、池に投げ飛ばすとわっっ!!!」
「投げ飛ばす……ですか」
橘は、ますます混乱した。いったい、前にいる主は、何が言いたいのだろうと。
「守恵子は、髭モジャと、相撲をとっていたのだろう?」
いくら、守恵子が、ねだったからと言ってもだなぁ……と、守近は、延々と喋り続けていた。
「あーーー!それは!子供の頃!」
確かに、守恵子は、髭モジャと、遊んでいたが、何故に、今、姫君と呼ばれる身で、相撲などとるのか。
「まあっ、やですわっ!」
「やですわっ!って、やっぱり、そうなのか?!」
あーなんたること!姫君と呼ばれる身の上でありながら、と、守近は、頭を抱えている。
「守近様、落ち着いてください。守恵子様は、自ら池へ落ちたのです」
「なっ!そ、そ、それは、橘、つまり、世をはかなんで、というやつか?!い、いつの間に、守恵子に、その様な相手が!!な、なにも、髭モジャじゃ以外ならば、私は、反対などしないのに!!」
はい?!と、橘は、再び、呆けた。
どうやら、守近は、守恵子が叶わぬ恋に悩んだ末、池へ身を投げたと、思っているようだが……、橘としては、納得がいかない。
「まるっきり違います!どうあれですね、どうして、すぐ、うちの人が出てくるんでしょうか?!そもそも!あの、髭モジャを引き取った、この、橘に、感謝して欲しいぐらいですがっ!!」
「あれ、違うのか」
では、どうゆうことだ?と、守近は、橘の剣幕に押され、冷静さを取り戻した。