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「まあ、そうゆうことで、あの発表会の興奮が冷めない内に、初回の独演会を行って客足を掴むのが得策と、私共は考えている訳で……。確かに、急な話ではありますから、演目は、先生のお得意の曲に変更して頂いて構いません」
沼田が、皆が集まっている事情、京介の独演会を今度の日曜日に開くという案を説明した。
「まあ、急な話だと、私らも認めますがねー、記事にするとなると、締切というものがありまして……、今週末だと、再来月号の締切に間に合うんですよ。あっ、ちなみに、来月号は、男爵邸で撮影したものを載せます。いわば、それで、前触りして、岩崎京介独演会の模様を再来月号に……」
まあ、色々とこちらの都合というものがあると、野口も捲し立てた。
「君達の都合で、振り回してくれるな!」
学生の発表会が終わったばかり。しかも、玲子が現れず、急遽岩崎が演奏したという、強引に強行した流れだった。
そんな、バタバタしたあと、月子との仮祝言だ、撮影だと急かされ、またかと、岩崎は、自分の意向が取り入れられない事に苛立っている。
「ああ!そうだ!いずれは、花園咲子独唱会を開きます。まだまだの所があるので、ひとまず、岩崎先生の前座として、様子を見ていくということで」
岩崎の剣幕など気にも止めず、沼田がお咲の先々の計画まで言いきった。
「はいはい!そのためには、ちゃんと指導をうけて、歌唱力をあげなければ!レコードも出せやしない」
雑誌の付録から始めるか、などと、野口は、更に先の先を言ってくれる。
「レコード?!」
中村が叫んだ。
「中村、どうやら、お前まで巻き込んでしまったようだが、というより……二代目の仕業だろう?」
岩崎は、驚く中村へ詫びつつ、二代目を睨み付けた。
てへへ、と、頭を掻きながら二代目は誤魔化そうとしている。
「いやー、京さん、それが、色々費用がかかるってことになって、んじゃー!中村の兄さんが、良いんじゃねぇーかなぁーと思ってさっ。音楽学校通ってんだから、なんとかなるだろ?」
「……つまり、中村はタダ働きか?!」
「岩崎!!オレ、やるよ!!レコードだす為には、オレの指導じゃだめだ。声楽科の誰かに声をかける!うまい飯を食わせるということで、話つけるから!二代目、それぐらいは賄ってくれよー!」
中村が、何故かやる気になっている。
「えーーと、そこのお二人さん!」
中村は、記者二人組へ向き直ると、大きく頭を下げた。
「お咲のことは、なんとかする!!ただし!オレをお咲の専属伴奏者として使ってくれっ!!オレ一人だとレコードなんか、夢のまた夢だ!けど、伴奏者として、お咲の唄の演奏をすれば、それで、オレも名前が世に出る!!」
「はい?!」
野口が、突然の申し出に泡を食う。
その隣で沼田も呆然とした。
「よし!決まり!いいじゃーねぇか!記者さん達!どのみち、前座の時も、伴奏がいるだろう?!この前、中村の兄さんが上手くやってくれたんだ、お咲、いや!花園咲子の専属演奏者として使ってやりなよっ!!」
二代目の勢いに負けたのか、記者二人組は、ポカンとしたまま頷いた。
「うおーー!!レコードだ!!お咲!!練習は厳しいぞっ!!」
がぜんやる気になった中村、そして、見事に勝手な段取りをつけた二代目は、満面の笑みを浮かべているが、もちろん、岩崎は、訝しげな顔つきをし、当の本人お咲は、不安そうに月子の袖をぎゅっと握った。
「そして!記者っ!!君達は、商売に走り忘れているだろう?!学校を巡回する話はどうなった!」
岩崎の大声が場の雰囲気を壊す。
やる気に満ちていた中村は、またもや、話が見えないと固まった。
「……子供達に、西洋の音楽を聴かせる為に学校を巡って行く。中村、君も、バイオリン奏者で参加するか?チェロの独奏より、楽器が複数在るほうが、色々演奏ができる」
こだわる岩崎に、沼田が、あぁ!と声をあげ、
「それは、支援者、つまり、岩崎男爵様のお力次第ですよ!後援者を集めるという話がどこまでのものか、それを、見極めないと……」
なぁ、と、沼田は野口へ同意を求めた。
「そうです。やらない、と言っているわけではなく、まずは、段取りの組みやすい、花園劇場での独演会です。それが継続できてからの話になりますよ。学校側も、それなりに知名度のある演奏者の方が、すんなり話を受け入れてくれるでしょうし」
野口は、もっともらしくいい放つ。
「わかった!独演会だな!成功させれば良いのだな!!」
岩崎は、意地になったのか、はたまた、よほど自信があるのか、記者二人を、口角を上げ鼻で笑いながら見る。
なんとなく、それぞれの意地の張り合いになりつつあるような、少しばかり緊張した空気に、月子もドキリとしている。
岩崎は、言い切ってはいるが、独演会は、次の日曜日。練習は十分出来るのだろうか?
前回の発表会も、岩崎は準備に大わらわだった。
それを月子は、ただ、眺めることしか出来なかった。今度も、月子は何も出来ない……。お咲ですら、指導を受けて練習するというのに……。
「……京介さん」
月子は、つい、呟いていた。
「月子、心配しなくていい」
強張った面持ちで、岩崎を見る月子の様子に、
「月子、練習中、中村達の飯を作ってくれないか?手をかけてすまんが……」
と、頭を下げる。
「京介さん!頭を上げてください!わ、私、一生懸命、お食事を作ります!!」
そうだ、中村だけではない、肝心の岩崎の健康管理も大切だ。すんでの所で、風邪を引いてしまったなど、岩崎が寝込むことになってはいけない。
月子は、自分も、裏方として気持ちをひきしめなければならないのだと気がついた。何も出来ない、見ているだけ、ではなく、月子にも、ちゃんと出来る事がある。
「うん、頼む。私も月子の飯を食べると元気がでる」
岩崎は、心の底から嬉しそうに、月子へ微笑んだ。
「は、はい!」
自分でも、驚くほど大きな声で返事をした月子に、岩崎は満足そうに頷いた。