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第八章 闇が還る月夜
第八話 押し寄せる闇
大聖堂には、二人の荒い息遣いと、重い沈黙だけが残っていた。
崩れた床。砕けた椅子。漂う瘴気の残滓。
そしてそこには確かに、“人だったもの”の痕跡があった。
アクセルは荒い呼吸を整えながら、ゆっくりと剣を下ろす。
黄金の刃には、まだ黒い瘴気が纏わり付いていた。
クロードもまた、静かに剣を収める。
銀の瞳は、まだ揺れている。
脳裏からリュカの姿が消えない。
そして最後に見た、“助けて”と涙を流した神官の顔もまた、消えなかった。
重い扉がゆっくり開く。
外へ避難していた神官達が、恐る恐る中を覗き込む。
誰も言葉を発せない。
ヴァルドがゆっくりと歩み出る。
杖を突く音だけが、静かな大聖堂に響いた。
灰色の瞳が、魔物の消えた場所を見る。
そして静かにアクセルへ視線を向ける。
長い沈黙。
やがて
「……月蝕の子が、瘴気を吸収した」
掠れた声だった。
「人が魔物になる瞬間を、我々は目撃した」
誰も動かない。
ヴァルドはゆっくりと目を閉じる。
まるで、長年信じてきたものが軋み始めているかのようだった。
けれど、次に開いた灰色の瞳には、再び強い意志が宿っていた。
「それでも」
低い声が静かに響く。
「我々は、それを認めることはできない」
空気が張り詰める。
ヴァルドは杖を強く握り締めた。
「人々は恐怖する」
「混乱はさらなる闇を呼ぶ」
「秩序は守らねばならない」
静かな断言。
そこには迷いも苦悩もある。
それでもなお、彼は教会の側の人間だった。
アクセルは何も言わない。
ただ真っ直ぐにヴァルドを見返していた。
やがて
「……行くぞ」
アクセルが低く言う。
クロードが小さく頷いた。
二人は大聖堂を後にする。
その背中を、クラウスは呆然と見つめていた。
外へ出ると、サフィアンが倒れたジオを強く抱き締めていた。
「ジオ!」
顔色は悪い。
呼吸も浅い。
ラスタが不安そうに顔を上げる。
「全然起きへん……」
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アクセルが膝をつき、ジオの様子を見る。
「……瘴気を吸収し過ぎたんだろう」
静かな声。
サフィアンの表情が歪む。
「城に戻ろう……」
掠れた声だった。
「こんなとこ、もう……」
その時だった。
――カンカンカンカン!!
鋭い鐘の音が夜空を裂いた。
全員が顔を上げる。
警鐘。
ーーカンカンカンカン!!
止まらない。
続いて遠くから、騎士達の怒号が響き始めた。
「魔物だ!!」
「城外西地区、魔物大量発生!!」
「東側でも確認!!」
「結界班、急げ!!」
空気が変わる。
ラスタの顔色が一気に青ざめる。
「……うそやろ」
クロードがゆっくり夜空を見る。
満月。
雲の切れ間から白い光が帝都を照らしている。
アクセルは眉を寄せた。
苦い表情。
そして小さく呟く。
「……来たか」
その声には覚悟が滲んでいた。
すぐに立ち上がる。
「騎士団は既に動いているはずだ」
「だが数が多い」
黄金の瞳が真っ直ぐ前を向く。
「放置すれば、結界を越える」
クロードが静かに頷く。
「行こう」
アクセルは近くの騎士へ命じた。
「馬を」
騎士達が慌ただしく動き始める。
やがて二頭の軍馬が用意される。
アクセルは馬へ跨る。
クロードも続いた。
その時、サフィアンが顔を上げる。
「オレも――」
「駄目だ」
アクセルが即座に遮る。
黄金の瞳が真っ直ぐサフィアンを見る。
「今のお前の役目は、ジオの側にいることだ」
サフィアンは言葉を失う。
腕の中では、ジオがまだ目を覚まさない。
アクセルは静かに続ける。
「……ジオは任せた」
その言葉に。
サフィアンは唇を噛み締める。
そしてゆっくり頷いた。
「……任しとけ」
アクセルは小さく頷き返す。
次の瞬間、二頭の馬が夜へ駆け出した。
翻るマント。
遠ざかる蹄の音。
その先ではすでに、帝都の外が、黒い瘴気と咆哮に包まれ始めていた。
コメント
1件
ああ、ここまで重い空気になるとは……。リュカが人だった頃の“助けて”が、場面が終わってもまだ耳に残ってます。ヴァルドが「認めることはできない」と言い切った瞬間の、教会としての立場と個人の苦悩の狭間がリアルでした。アクセルとクロードが飛び出すラスト、疾走感がすごくて、この先どうなるか息が止まりそうです。