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刺されたのはテオだった。
けれど――その裏で、矛先はもうひとつの方向にも向いていた。


事件がニュースになった直後から


SNSや匿名掲示板では異様な熱を帯びた言葉が飛び交っていた。


《結局あの白鳥翼ってカメラマンが原因じゃん》

《番になったとか言うけど、あれってただのハニトラじゃないの?》

《テオの命を危険にさらしたって自覚ある?一刻も早く下ろせ》

《刺されるならアイツのほうが良かった》

《今すぐ別れろ》

《番解消しろ》

《画面に映るな》


そんな言葉は俺の胸に深く突き刺さった。


そして同時にテオと番契約を交わしたときのことを思い出す。


『これは政略番に過ぎない。間違っても好きになったとか言ってくんなよ?』


そう、これは“ビジネス番契約”だった。


利害関係の一致と、体裁


世間の目をやり過ごすための、仮初めのつながり。


そのはずだった。


けれど、テオと過ごす時間は


あまりにも優しく、あたたかく、心地よかった。


夜の撮影帰りに渡してくれる缶コーヒーのぬくもりも


ふとした瞬間に肩を抱く手の大きさも


何も言わず隣に立ってくれる強さも。


だんだんと、翼の中で何かが変わっていった。


気づけば視線を追っていて


何気ない言葉に心が揺れて、テオの笑顔を見るだけで、ほっとしてしまう。


政略なんかじゃない。


本当の「好き」が確かに芽生えてしまっていた。


けれどその矢先に起きた、テオの刺傷事件。


俺の中で何かが崩れた。


彼の身に起きた全てが、自分の存在のせいだと思った。


「番契約さえしなければ」


「テオが矢面に立つこともなかった」と。


そして夜


病院から退院して数日経ったテオと久しぶりに二人きりになったとき。


ベッドの中、互いに肌を寄せ合いながら


息を重ねたその最中――


目尻に、大粒の涙が滲んだ。


「……翼?どうした」


テオが優しく覗き込む。


けれど、俺は耐えられなかった。


「……っ……テオ……俺、もう……だめです……」


体を震わせ、涙をこぼしながら


テオの腕を押しのけるようにして距離を取る。


「俺と、番を……解消してくれませんか」


一瞬、部屋の空気が止まった。


「……は?」


「……このままでは、テオの迷惑になる。それに、俺……っ、本気で、テオを好きになってしまったんです」


嗚咽が混じる。


裸のまま、肩を震わせて俯いたまま続ける。


「……最初の約束、守れなくなりました。俺、もう“仕事”としてあなたの隣にはいられません」


「気づいたら、テオに触れられるたびに嬉しくなって、言葉ひとつで胸が痛くなる」


「こんなの、最初の条件と違う……だから、俺を捨てて──」


「……バカか、お前は」


遮るように、テオの腕が伸びてきた。


俺の細い体を乱暴に、けれど決して乱さぬように、力強く抱きしめる。


「政略? 仕事? そんなもん、もうとっくにどうでもいい」


「えっ……?」


「最初の約束なんか破棄だ。お前を好きになるなって言ったけど、あんなの、俺の保険だ。……本気になったら怖かった」


「こんな仕事してる俺が、誰かを本気で愛したって、何かを守れる気がしなかった。……でも今は、違う」


テオの手が、俺の背を優しく撫でる。


けれど、その声には決意の熱があった。


「政略じゃねぇ。俺たちは“本物”の番になる。契約なんかじゃねえ。愛し合って、選び合って、これからを生きるんだよ」


「……っ……テオ……」


「大体、俺を支えてきてくれたお前を捨てられるわけねぇだろ」


もう一度、強く抱きしめられる。


そんなテオの優しさに触れると


俺はテオの胸元に顔を押しつけながら、ぐしゃぐしゃに泣いてしまった。


その夜、ふたりはもう一度、ゆっくりと体を重ねた。


お互いを慈しむように、触れ、確かめ合い


息を合わせ、そしてひとつになった。


この関係が「契約」ではなく


「愛」だと――確かに証明するように。


◆◇◆


数日後


事件の全容がメディアで報じられ


テオの容体も安定してから、所属事務所はある発表を行った。


「テオのファンの一部による暴力事件に関して、テオ本人よりファンの皆様へ直接ご説明とご報告を差し上げたいとの意向を受け、特別イベントを開催いたします」


もともとは記者会見だけで済ませる予定だった。


だが、テオは首を縦に振らなかった。


「俺は、俺の言葉で、俺の“ファン”に話したい。

……誰かを責める場じゃなく、これからを選ぶ場所にしたい」


そうして急遽セッティングされた“クローズドイベント”


会場に入れるのは、抽選に当たったファンと


事件に関わった一部の関係者のみ。


そして、そこに――俺も同席することになった。


本来なら表舞台には立たない立場


それでもテオは言ったのだ


「一緒に来てくれ。俺だけの言葉じゃ、足りない気がする。……翼と一緒に、未来を話したい」


俺は心底迷った。怖かった。


自分が行くことでまたテオに迷惑を


テオを危険に晒してしまうんじゃないかと何度も思った。


けれど――あの夜


何度も「お前を守る」と抱きしめてくれたテオの腕のぬくもりを、嘘にはできなかった。


ステージ上


静かにライトが落ち、テオがマイクの前に立つ。


「……今日は、集まってくれてありがとう」


テオの声が、会場に響く。


「まずは、俺が怪我をしたことで心配をかけて悪い。俺は、もう大丈夫だ。ちゃんと回復してる。心も、体も」


そして、少し息を吸ってから、会場を見渡す。


「そして……今日は、ちゃんと話したいことがあって、来てもらった」


会場には張り詰めた空気。


誰も怒号を飛ばしたりはしない。


「今回の事件は、俺自身の判断で起きたことだ。俺の番であり専属カメラマンである白鳥翼が原因だって言う声もあった。でも……それは違う」


そう言って、テオは隣の俺の手を、ゆっくりと取って、繋ぐ。


会場がざわめく。


けれど、テオはそのまま話し続ける。


「今日ここに来てくれたみんなに、ちゃんと向き合いたいと思ってた。だから、隠さずに話す」


テオがそう発した瞬間、会場に静寂が訪れる。


「俺たちは……前までただの偽装番、つまり政略結婚だった。」


小さく息を飲む音が、客席のどこかから聞こえた。


けれどテオは、それでも一歩も引かずに続けた。


「……でも」


「俺が彼を番に選んだのは、利害じゃない。最初は確かにそうだった。政略的な意味合いもあった。でも……最近、契約でも仕事でもない。愛し合って、互いを選んだ上で、正式に“番”になった」


俺は小さく震える。


しかしその瞬間


テオの手を握る指が、ぎゅっと力を込める。


「事件のあと、翼は俺に“番を解消してくれ”って言ってきた。……自分のせいで俺が傷ついたって、本気で思ってたんだ」


テオの目が、じわりと潤んでいた。


「でも、違う。こいつがいたから俺は戻ってこれた。……好きな人間がいて、その人を守りたいって思ったから、俺はコイツとここに立ってる」


ざわざわとした感情の波が、客席で広がっていく。


涙ぐむ人、うつむく人、じっと見つめる人。


レンズには写せない恋

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