📍類side
夏の終わり。
だと言うのに太陽は容赦なく、体育館の空気を熱気で満たしていた。
外よりはマシだと思っていたけれど、全然そんなことはない。
動き続けるうちに、 じわじわと体が熱に溶かされていくような感覚に変わっていく。
これは、まずい。
汗が止まらない。視界がにじんで、立っているのが少しだけ不安定になる。
けれど、それを悟られるわけにはいかなかった。特に──寧々、には。
「類、ちゃんと水分とってる?」
その声に、僕はわずかに肩を揺らす。
すぐ隣に立っていたのは、寧々。
小さい体で、じっとこちらを見上げてくる彼女の目には、
隠そうとした“異変”が映ってしまっていた。
「大丈夫、ちょっと動きすぎただけだよ。」
できるだけ、軽い口調で返す。
でも、その返しが通用しない相手だということは、僕が一番よく知っていた。
「ほんとに大丈夫? 顔、赤いし……。」
やっぱり、バレてるか。
強がっても無駄だと、どこかで思っていた。
けど、僕は、みんなの前では常に完璧な神代類でありたい。
それに倒れるなんて情けないし、心配させたくない。
「これ、体調悪そうと思って買ってきた。 スポーツドリンク。」
「え、ありがとう。」
寧々が差し出したスポーツドリンクを受け取る。
冷たい感覚が、喉を通っていく。少しだけ、頭がすっきりした。
…幼いころからずっとそばにいて、いろんな僕を知ってくれている人。
だからこそ、弱い僕は見られたくなかった。
いや、知られたくなかった。
授業が終わって、みんなが更衣室に向かうなか、
僕は少し距離を置いて体育館の端を歩いていた。
足が重い。呼吸が浅くて、心臓の音が耳に響く。
「類!」
ああ、来てしまった。
寧々が小さな足音を立てて駆け寄ってくる。
「まだ更衣室行ってないの? …てか顔色っ…!もっと悪くなってる……!」
やっぱり、隠しきれなかったか。
「大丈夫だよ……少し休めば、回復するさ。」
それでも僕は、平気なフリをした。
いつも通りの神代類でいようとした。
でも、寧々の手が僕の腕を掴んだ瞬間、
なぜだか心の奥がざわついた。
「大丈夫大丈夫、って… 多分、熱中症だよ。体育館、すごい暑かったもん。
保健室、行こう。わたしが支えるから。」
「本当に大丈夫だから。それより寧々は、早く授業に……」
…駄目だ。足が、ふっと力を失う。
次の瞬間、僕の体は自然と、寧々の小さな肩にもたれかかっていた。
「わっ……! ちょ、ちょっと類!?」
慌てる声が耳に届く。
でも、彼女の腕は離れなかった。
細くて頼りないのに、しっかりと僕を支えてくれている。
「ごめん……ちょっとだけ、頼ってもいいかい…?」
ようやく、素直にそう言えた。
「……うん。」
保健室にたどり着いた時、僕はもう、ほとんど足に力が入らなかった。
寧々が僕を寝かせてくれる。
寧々の手が、優しく僕の背中を支えて、ゆっくりとベッドに横たえられる。
このまま、眠ってしまいそうだ……。
静かな部屋。冷房の冷たい風が、火照った肌に心地いい。
寧々が僕を寝かせてくれて、隣に座った。
そこにいる寧々は、むすっとした顔をしている。
「……だから無理しないでって言ったのに。」
寧々の声は少しだけ怒っていた。
でもその奥には確かに優しさがあった。
「……わかってたんだけどね、僕も。」
「はい、さっきの。飲んで。」
強がっても、意味がない。
寧々の前では、何を隠しても無駄なのだ。
「……ありがとう、寧々。」
そう呟いた僕に、寧々はスポーツドリンクを差し出してくれた。
少しだけ身体を起こして、スポーツドリンクを飲む。
「次からは、ちゃんと言ってよね。」
「……うん。」
人に弱みを隠す性分の僕の異変に、すぐ気づいてくれることが嬉しかった。
安心感に包まれて、そのまま、まぶたが重くなる。 そして、最後に聞こえたのは、寧々の静かなつぶやきだった。
「……もっと頼ってもいいんだよ。わたし、ほんとにびっくりしたんだから。」
──ごめんね。ありがとう。
次は、最初から頼ることができたらいいな。