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水曜日。
朝から空は曇り、重たい湿気がシェアハウスを包んでいた。
恭平:「丈くん〜、シャツどこ干してる? 乾いてなかったんやけど」
大吾:「丈くん、米あと2合で炊いといてー」
和也:「洗面所の排水詰まってるっぽいから見てくれへん?」
朝の時間。
みんなの“当たり前”のような頼みごとが、次々に丈一郎に降りかかる。
丈一郎:「……ああ、わかった。すぐやるわ」
口では笑ってそう言っても、手は止まり、頭の中は鈍いノイズが鳴っていた。
丈一郎:(全部“俺がやるのが普通”になってるな。ほんまは……ちょっとだけ、しんどいのに)
学校でも、友達にノートを貸し、部活の後輩の相談に乗り、教員の手伝いも引き受ける。
女子生徒:「藤原くんって、ほんまにしっかりしてるよね」
男子生徒:「困ったときの丈一郎くんやな〜」
褒め言葉のように聞こえるそれらの言葉が、
まるで重りのように背中に乗ってくる。
丈一郎:(“しっかり者”って……疲れてても許されへん立場なんやな)
その夜。
ダイニングで夕飯を囲んでいるときも、丈一郎はいつものように笑っていた。
けれど、唐突に――手元のグラスを落とした。
カラン、と音を立てて転がるガラス。
丈一郎:「……あ、悪い。手滑っただけ」
そう言って、すぐに拾おうとするが、指先がかすかに震えている。
真理亜が小さく眉を寄せた。
真理亜:「丈一郎くん、最近ちょっと……顔色、悪くない?」
丈一郎:「ん〜? 気のせいやって、疲れとるだけやから」
和也がポツリと呟いた。
和也:「丈くん、昨日も夜遅くまでリビング片付けてたよな……」
流星が重ねる。
流星:「その前の日も、お弁当作ってくれてたし。……いつ寝てんの?」
謙杜:「なあ丈くん、ちょっと休まん?」
謙杜が真剣な声で言った。
丈一郎は、ふっと笑って首を横に振る。
丈一郎:「俺が止まったら、みんな困るやろ?」
その言葉に、全員が黙った。
でも――真理亜だけは、小さく呟いた。
真理亜:「……“困る”って、誰が決めたんやろね」
丈一郎の目が揺れる。
丈一郎:(俺が、勝手に“期待されてる”と思い込んでるだけ?でも、もしそれがなくなったら、俺って……なんなん?)
夜中。
みんなが寝静まったあと。
丈一郎は、洗面台の鏡の前で立ちすくんでいた。
丈一郎:「大丈夫。大丈夫やって」
何度も繰り返すその言葉は、自分に向けた呪文だった。
でも――その声は、震えていた。