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ユウヤと喧嘩をして既に二ヶ月ほど経過した。あの日以来ユウヤは森に顔を見せていない。リョクカは縁は切れてないと話していたが、あそこまで強く突き放したのだ。普通はもう顔を合わせることは絶対ないだろう。現に私ももう諦めている。彼がこの森に来ることはもうきっとない。友としての絆が切れたままではリョクカは私を食べてはくれないが、最悪食われなくても死ねればそれで満足ではある。
けれど、なんだろう…。このもやもやした気持ちは。歯の間に食べ物が挟まったような不快感…。取り除かないと気持ちの悪いこの感覚………。こんな感覚を持ったのは生まれて初めてかもしれない。今までの私は周りの人間の言う通り生きていてはいけない存在だと言われてきたからか、感情そのものが消え去っていた。けど、ユウヤと真っ向から喧嘩をしてリョクカが諭してくれたからか、私にも人並みの感情がまた甦ってきたのだろうか……。
この数ヶ月で彼女は森での生活に適応を示しており、動物などは矢を一回射るだけで大半の動物は狩れるようになり、一つ一つの動作は最低限で最大限の効果を発揮するほどにまで成長していた。また、彼女の気持ちにも少しだけ変化が現れていた。
それは、『人並みの感情』が現れるようになってきたこと。リョクカと出会った頃はただ淡々と話すだけで、そこに声から読み取れる感情はなく、投げかけられた問いに対して無機質に返すだけ。そんな状態だったが、ユウヤとの一件から以前よりは分かりやすく喜怒哀楽や表情が見えるようになってきていた。声の抑揚もついてきており、彼女なりの冗談めいた事を話した時も、以前は無機質で感情の籠ってない話し方のせいでそれが嘘か誠かなど検討もつかなかったが、今はしっかりとそれが冗談であることが分かるほどには彼女も変わってきていた。
「まぁ…。ユウヤに会えないなら会えないで別にいいわ。リョクカとの口約束なんて所詮口約束だし、私を食えなくて損するのはアイツだからね…」
そんな独り言をぽつりとつぶやきながらリョクカの元に帰っている途中、ポツポツと雨粒が落ちてきてそれは直ぐに土砂降りの雨にと変わった。
「ちっ…ついてないわね……。」
幸いなことに近くに洞穴がありそこで雨宿りをすることになった。案の定中は薄暗くジトっとしており肌にまとわりつく空気は気持ちの悪いものだ。
「とりあえず体が雨でびちゃびちゃだし焚き火でもして乾かすかな…」
その辺に落ちていた大小様々な木の枝を集めて火打ちを使い火をくべる。この時初めて気づいたが、どうやらこの洞穴は少し奥にスペースがあり、そこに先客が丸くなって縮こまっていた。
「なんだ先客がいたなら声くらいかけてよね」
「…………」
「……会話する気はないって感じかな?」
「知らない人とは話すなって……」
「それを守ろうとするのは偉いけど話しちゃったね」
「…………」
「あんたパセキの村の子でしょ?」
「!!」
「なら、多分私のことも知ってるはず」
「……竜の呪いを受けた忌み子ってみんな言ってる。私はそれがなんなのか分かんないけど、いい言葉では無いのは分かる。」
「あら?まだ私のことが知れてるなんて有名なものね私も」
「お姉ちゃんは悪い人なの?」
「さぁ?どうだろうねぇ?あんたが悪いヤツだと思えばそうなんじゃない?」
その返答に少しの間が生まれ静寂が訪れた。その後訪れた静寂をその子の声が切り裂く。
「お姉ちゃんは悪い人じゃない気がする。」
「その根拠はなによ?」
「だって、見ず知らずの人である私に優しく声掛けてくれるんだもん。」
「いい人の皮を被ってる悪い人かもよ?」
「そう言うこと自分から言ってる時点で悪い人じゃない。」
「あら?中々なこと言うじゃない?」
「それに、私そういうこと言う人一人は知ってるんですよ。」
「へぇ?こんな変わったこと言うやつなんて探しても見つからないと思うわよ?特にパセキにはね。」
「私は一人っ子なんですけど、その人のことをお兄ちゃんみたいに思ってて、その人も今みたいなことを私に言ってきたことがあるんです。」
「私と思考回路同じとか恥じた方がいいって…」
「とにかく私はそのお兄ちゃんみたいに慕ってる人とお姉ちゃんの雰囲気から似てるなって思っただけです。」
「まぁ、アンタが私に対して不快感を抱かないならそれでいいわ。」
そんな軽い会話を交わしながら焚き火に火をつけ調整する。
「ほら、それなりに暖かくなってきたわよ。こっち来て暖とりなさい。」
「……うん!」
蹲っていたその子は起き上がりハナの隣りにちょこんと座り濡れた体を乾かす。
「で、気になってたこと聞いてもいい?」
「うん。私に答えられる範囲なら」
「じゃあ、単刀直入に聞くわ…。アンタ村から出て何が目的なの?」
「………。」
「アンタくらいの歳の子はまだ村の大人達が守ってくれるはずでしょ?」
「………。」
「……さっき話してたお兄ちゃんを探そうと思って…」
「子供が無理するねぇ…。で?そのお兄ちゃんは見つかったか?」
「うぅん。見つけられなくて、そのまま迷子になってた……。」
「はぁ……後先を考えて行動しような?」
「う、うん……。」
「残念ながら私はあんたの村までは送れないけど、道はなんとなくわかるから途中まで着いていってあげるわよ。」
「ほんと!?」
「ま、雨が止んでからの話だけどね」
外は未だに雨が降り続け止む気配は無い。
「ところでその、お兄ちゃんみたいな人はどんな人なの?」
「お姉ちゃんみたいに優しい人」
「私みたいな人、ね。ろくでもないわよそいつ」
「そんな事ないよ。村でも頼りにされてるんだもん」
「私の逆じゃない?私は忌み嫌われてて、その人は村から頼りにされてる」
「でも、性格は一緒だよ。どっちも優しくて頼りになって私は好き」
「あなたも変わり者よね」
「?」
「うぅん…。なんでもないわ」
「あっ!外雨が止んだよ!!」
「それじゃあ村付近まで案内してあげる」
点けた火を消し、道具を身につけ洞穴を後にする。長いことこの森で生活していからか、リョクカと出会った場を中心にして地形の把握はほぼ完璧と言えるほどまで把握していた。そのため元いた村までの道のりさえも把握しており、比較的安全な道を案内してあげることが出来た。
「そろそろあなたでも知ってる場所に出るでしょ」
「うん!ありがとうお姉ちゃん」
「これに懲りたら勝手に村を抜けない事ね。次は私と会えるかも怪しいし、何より外は危険でいっぱいだからね」
「うん、もう余計なことしないよ!」
「その言葉信じてあげる」
その後彼女を見送り自分もリョクカの元に帰ろうとした時、周囲から殺気を感じ剣を構える。
肌にまとわりつく様な気持ちの悪いこの殺気は獣ではなく人特有のもの。自然と共に生活していてそういった”感覚”も人を超えてきていた。
「この周辺で私に向ける殺気は1つしかないわね。なんの用パセキのクソども?」
挑発として発したその言葉にまんまと乗ってきた一人は身を隠していればいいものを姿を現す。
「村の子供が行方不明になっており、その捜索中だったのだが、まさかお前が攫っていたとはな」
「私が?あんなガキを?笑えない冗談ここで言うなんてセンスないわねアンタ」
フッと鼻で笑ったあとそう吐き捨てるように言葉を発する。それがどうやら癪に触ったようで相手は機嫌悪そうに言葉を紡ぐ。
「あまり調子に乗るなよ?今お前の置かれている立場をよく理解した方がいい」
「四方を囲まれて変なことすれば射抜かれるってことでしょ?そんなの言われなくても知ってるっての。つか、それ以上にガキを攫ったって話が私の中で納得してないんだけど訂正してくれる?」
「忌み子の分際で何を?」
「嫌われ者なのはもういいけど、村の子が勝手に出てそれをここまで案内してやったってのに礼のひとつもなしとは、態度がでけぇようだな。」
「貴様の言葉に信ぴょう性の欠片も感じられない」
「信じる信じないはもう勝手にしてくれて結構。とりあえずもう私もここから去っていい?ほら、アンタら私が嫌いなんだしもうほっとけよ」
「そうしたいのも山々だが、お前を解き放つ即ち厄災が世に放たれるのと同義なんだよ」
「何そのこじつけ…。」
「いずれお前はこの森に住まう古の竜と共にこの村を滅ぼすはずだ。」
「んな事しねぇよバカが」
「お前がしないと口で発した程度で我々はそれを信じると思ってるのか?」
「納得しないだろうけど、それでも言わせてもらう。それやることに価値はないからやらねぇの」
「なんにせよ、いずれ大きな厄災を呼ぶお前をこのまま返す訳には行かない。今ここでお前を……」
「帰りが遅いと思ったらこんなところで何してんだ?」
「!?」
上空からハナに声掛けるのは厄災と恐れられている古の竜ことリョクカ本人だった。
「はぁ……めんどくさい事になりそうね。」
「貴様やはり古の竜と手を組んで村を!?」
「違うって言ってんでしょ馬鹿共が!迷信や己の尺度でしかものを見れない大人共が喚くな! 」
「…なんだ結構面白いことになってるじゃないか」
「おもしろがってないで早くこんなとこ去るよ。馬鹿どもの相手なんてしてられないから」
「真っ向から罵倒するくらいには感情が戻って来ていて我としても嬉しい限りだ。」
リョクカが突然現れたことで茂みや木の上に隠れていた数名の兵も戸惑いと恐怖から何も出来ずに、ハナと彼らのリーダーと思われる者の会話をただ聞いている兵達。そんなヤツらを他所にリョクカは地上に降りハルを背に乗せてその場をサッサっと去っていく。
「……ハナお姉ちゃん。本当にもうこの村には戻らないんだね。」
彼女を背に乗せて飛び立つドラゴンを村の中から眺め、そうポツリと呟く一人の少年。その言葉には悲しみと共に決意に満ちた何かが含まれていたがその真相を知るものは彼本人のみ……