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「え、エトワール様、取り敢えず落ち着いてください」
「嫌だ! 力貸してくれるって、連れて行ってくれるって言うまで手を離さない!」
そんな……みたいな、顔をしたブライトの手を私はギュッと握った。
本日何度目かの「落ち着いてください」を危機ながら、ブライトなら適任だと私は思ったのだ。
リースと言い合っていて、すっかり存在を忘れていたことは心の中で謝るとして、私はブライトなら戦闘面でも問題ないと思ったし、そもそもこのはなしをしてくれて万能薬について詳しいブライトなら、連れて行っても問題ないと思ったのだ。
連れて行ってもらう身分でありながらこの言い方はどうかと思うが。
ブライトは、困り果てたように、苦笑いと眉をハの字に曲げていた。優しい彼なら押せばいけるだろうと思ったが、後ろから刺さるリースの視線が痛いため、早く手を離した方がいいと思った。
「それで? ブリリアント卿どうなんだ」
「殿下……それは、勿論、断る理由もありませんし、お手伝いさせていただきます」
と、まさかリースからそんなことを言われるとは思って折らず、私もブライトも驚きながら、彼はリースの言葉に対して返答を返した。
「それじゃあ、ブライト……!」
「元からそのつもりでしたし、今転移魔法を使える、手が空いているのは僕だけでしょうから」
と、ブライトは微笑んだ。
そういえば、聖女殿の襲撃後、魔道士達がバタバタと忙しそうに歩いているの見えた。ブライト曰く、結界が破られた原因や、他に魔法がかけられた痕跡はないか、そしてリュシオルの治療に当たっていたり、聖女殿をなおしていたりと兎に角色々と手を回していてくれるらしい。そのため、人手不足なのだとか。
ブライトは、指示をする側で彼も彼で忙しいのだが、魔法を私的に使える余裕があるのはブライトだけらしい。
だが、転移魔法は光魔法の魔道士は簡単には使えないためどうするつもりなのだろうかと思った。前も、リース暴走時には、私達を皇宮には送ってくれたが、彼自身はその場に留まっていたわけだし。
「二人分ならどうにかなると思います。それこそ、魔法石が一つ余っていたのでその魔力を借りる事とも出来ますし」
「その北の洞くつから取ってきた奴?」
「とは、また違うんですけど。あの距離であれば行きと帰りの分は持つかと」
と、ブライトは言うと優しく微笑んだ。相変わらず笑顔を絶やさない人だなと感心しつつ、これでリュシオルを助けにいけるかも知れないという希望が見えた。
「薬草を採ってすぐに、転移すれば大蛇との戦闘も避けられると思います」
ブライトは続けていった。
(そうよ、倒さなくてもいいのよ。逃げ帰っちゃえば)
最近は戦闘ばかりで、大蛇を倒さなければならないものだと思っていた。でも、よくよく考えれば、倒さずとも逃げればいいのだ。きっと戦ったところで二人では勝ち目がない。それに、無駄な戦闘を避けることで今後の戦闘にも備えられるし、魔力も十分に保つことが出来る。
私は、心の中でガッツポーズをしながら、見えた一縷の希望に感謝と期待を抱く。
自分の不注意のせいで、親友が傷ついてしまった。だから、自分がどんな風になっても、どんなことに巻き込まれてもいいから彼女を助けたいと思っていた。だからこそ、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「じゃあ、早速今日いこう!」
「今日ですか?」
「うん。リュシオルがどうなるかわからないし、薬草を採りに行くだけなら簡単でしょ?」
そう私が言えば、ブライトは少し困ったようなかおをした。もしかして、今日は都合が悪かっただろうか。でも、早めにいくみたいな顔をしていたため、てっきり今日だと思っていた。
私が、そんな風にブライトをみていると、ブライトは慌てたように「大丈夫です。今日で」と付け加えて、首を横に振った。
もしかしたら、私が無理に言ってしまっているのかも知れないと思ったが、リュシオルの事を考えると、いてもたってもいられない。
私は、全てを聞いていたリースに最終確認をするべく彼の方を見た。彼は、納得していないようなかおをしていたが、この状況でダメだとはさすがに言わないだろう。それに、彼も先ほど言ったとおり、自分はいけないため、誰かに代わりにいってもらうしかないのだ。
「りー……殿下、それでいいですか?」
「エトワール、本当にいくのか?」
「今更、ダメなんて仰るんですか?殿下は」
私は食い気味でいった。彼も押せばどうにかなるタイプだと思って、少し強めに言えば、すぐに折れて「分かった」と目を伏せる。だが、すぐに何かを思い出したように私の名前を呼んで引き止めた。
「無理はするな。ブリリアント卿のいったとおり、大蛇との戦闘は避けるんだ。きっと勝ち目がない」
「それは、実際どうか分からないけど……でも、無茶なことはしないって約束する」
私がそう言うと、リースは、はあ。と大きなため息をついた。彼も長いこと私を見てきたため、私の一度決めたことは曲げない性格を良く理解しているのだろう。
リースは、自分に言い聞かせるように「大丈夫、大丈夫なんだな?」と繰り返していた。
「大丈夫よ。それこそ、ブライトがついているし、何だって彼は帝国の魔道騎士団団長の息子よ? それに彼の魔力は帝国でも五本の指に入るんでしょ?」
多分。と、少し確信ないながらに、私はリースにいった。
今思い返せば、魔法を教えてくれたのはブライトで、私とブライトはそれこそ師匠と弟子という関係から始まった。今もそれは変わっていないだろうが、本来であれば攻略キャラとヒロインを虐める悪役キャラで、交わることもなかったのだろう。
ブライトは優しい性格だし、アルベドのあの態度を前にしても嫌な顔一つ見せなかった。温厚で、それでいて慈悲深い、一番感情が落ち着いた攻略キャラである。だからこそ、苦手であった。
ヒロインストーリーをプレイしたときは、弟が大好きなブラコンである。と書かれていて、いい印象を受けずにいた。だが、この世界にきて、その弟が混沌の生まれ変わりで、他にその情報が漏れないため、また弟が悪さをしないようにと見張っていたのだ。周りからは、ブラコンだと言われていたが、彼はそれすら気にしていなかった。それを言い風に利用して、弟の存在を隠し続けた。
だが、それがブライトにとっては苦しい事で、何よりも耐えがたいことだった。
話してしまえば楽になるのだろうが、話して誰かに幻滅されたくない。また、国民のことを考えると、光魔法の象徴であるブリリアント家に混沌の生まれ変わりがいると知られれば、不安の種は一気に広まると思ったのだろう。それを恐れた父親は、ブライトに全てを投げて仕事に打ち込んでいた。
ブライトは、誰にも話せないまま偽りの笑顔を貼り付けて、社交界にもよほどのことが無い限り顔を出さなかったようだった。それが、令嬢達の興味をそそったみたいで、優しき侯爵様みたいな風にみられていたのだとか。ブライトは、恋をする余裕もなかったのだとか。
けれど、この間の一件で弟であるファウダーが完全に目覚め、混沌として姿を消したこと、またその事を私に話したことによって、少し彼の表情が明るくなった気がしたのだ。未だに無理をしているところはあるのだろうけど、憑き物が落ちたみたいに、偽りの笑顔ではなく、本当に純粋に笑えるようになったみたいだ。
「分かっている。ブリリアント卿の実力も、彼の家のこともな。だが、それでも不安だと言うことをどうか、分かってくれ」
と、リースは懇願するように言う。
さすがに頭は下げなかったが、頭を下げる勢いで言うので私は慌てて止めた。ただの聖女に、皇太子が頭を下げることないと。リースは、最近謝ってばかりだから。
「うん、分かってる。心配してくれるの嬉しいっていったじゃん。今も嬉しいよ。大丈夫、ちゃんと帰ってくる」
「ああ、分かってる。帰ってきてくれ」
消えそうな声でリースがいい、それを黙ってブライトはみていた。
ブライトが私とリースの関係をどう思っているかは分からないが、不思議な関係であることはきっと察しているのだろう。友達と言うには近すぎて、かといって恋人かと言えば愛がないようなそんな関係。
(私、この戦いが終わったら誰か決めなきゃいけないかも知れない)
混沌を倒したらそれこそゴールな気がする。
あっちの世界に未練は無いけれど、それでも、そのゴールを飾るには、攻略キャラと結ばれる事が必須になるような気がする。この鬼畜設定のせいで、恋愛なんて全く考えれなかったけれど、心に沢山思い出が刻まれている。攻略キャラ達との。
そんなことを考えながら、私はブライトと向き合った。
「私は、いつでもいけるから。ブライトの準備が出来たら教えて」
「はい。分かりました。では、少しお時間もらいますね」
と、ブライトは私とリースに頭を下げて執務室を出て行ってしまった。
私も、リースが用意してくれた皇宮の一室に戻り、何もすることはないが、使えそうなものを物色した。めぼしいものはあれど、どう使えば良いか分からないものばかりで、取り敢えずは、魔法の調節をすることにした。
(また、暴走した……ら。今度は、止められるだろうか)
そんな不安が心に影を落とし、私は手に集めた仄かな魔力をフッとその場で霧散させた。