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霞花怜
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あの日から、蓮の日常は一変した。
表面上は何も変わっていないはずだった。黒髪に整え制服を正しく着こなす「真面目な男子高校生」としての自分。そして、放課後になれば図書室の隅で本を開く静かな時間。
だが、決定的に違うことが一つだけあった。
「蓮先輩、お隣いいですか?」
可愛らしい声と共に、隣の席にすっと腰を下ろした橘ゆう。
どこからどう見ても「人懐っこい可愛い後輩」そのものの笑顔を浮かべている。
(……マジで同一人物かよ)
蓮はページをめくる手を止め、溜息を噛み殺した。
あの雨の日の出来事を思い出すだけで、背中に妙な汗がにじむ。あんな恐ろしい目をしていた奴が、今は校内中の女子から「子犬系男子」と愛でられているのだから恐ろしい。
「……橘、ここ図書室だぞ。あんまり声出すな」
「大丈夫ですよ、ちゃんと声潜めてますから」
ゆうはそう言って、椅子をさらに蓮の方へと寄せてきた。二人の肩が触れ合うほどの距離。
蓮が気まずさに少し体を引き離そうとすると、机の下で、自分の制服の袖口をぎゅっと掴まれた。
「……逃げないでください」
囁くような低くて甘い声。
表向きの笑顔は崩さないまま、その瞳だけがすっと深くなる。蓮の身体が不覚にも強張った。
「……逃げてねえよ」
「本当ですか? 昼休みも僕のこと避けてましたよね。教室に行ったら、別のクラスの友達と学食に行っちゃってて」
「それは……あいつらに誘われたからで」
「ふーん……」
ゆうは満足いかない様子で、掴んだ袖口をキュッと引いた。
蓮は元ヤンとしての度胸も筋力もあるはずなのに、目の前で「可愛い後輩」の仮面を被ったこの猛獣に対して、どう知恵を絞っても勝ち目がない気がしてしまう。
「……お前、マジで何なんだよ。俺の何がそんなに気に入ったんだ」
呆れ半分、困惑半分で尋ねると、ゆうは少しだけ目を見開いた後、心底愛おしそうに目を細めた。
「言ったじゃないですか。強いのに、本当は誰よりも優しくて、自分のことより人を優先しちゃうところ……昔からずっと憧れてて、大好きなんです」
「……」
「それに、今の先輩……僕にしかこんな顔見せてくれないでしょ?」
ゆうの指先が、テーブルの下でそっと蓮の手の甲を撫でた。
ビリッと走る熱さに、蓮は心臓が跳ね上がるのを止められない。
「っ……、手、離せ……!」
「嫌です。放課後は僕だけの時間だって、約束しましたから」
その時、図書室のドアが開き、数人の生徒が入ってきた。
ゆうは一瞬でいつもの「弱々しくて大人しい後輩」の顔に戻り、ぴょこんと頭を下げて見せる。
「あ、すみません先輩。静かにしますね」
完璧な演技。
蓮は頭を抱えたくなった。
(俺の高校生活、マジでどうなっちまうんだ……)
元ヤン時代のどんな修羅場よりも、この小さな後輩に振り回される日常の方が、はるかに心臓に悪いことを蓮は思い知らされていた。
コメント
1件
うわあ、橘ゆう、可愛い顔してめっちゃ執着してる〜…🥀💘 「逃げないでください」って机の下で袖口掴むとこ、逆にドキドキするんだけど! 蓮先輩の困惑と心臓バクバクが画面越しに伝わってきて、こっちまでソワソワしちゃいました。 「僕だけの時間」宣言、重くて好きです…。次も読みたいです。