テラーノベル
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隆二が30センチ後ろに飛んだ、胸の心臓の場所から血が飛び散った、そしてばったり大の字に床に倒れた、血だまりがそこにみるみる広がった
和樹は銃を握ったまま立ち尽くし、涙を流して目を見開いていた、自分のしたことが信じられない、震える手で銃を落とした
「僕は・・・何をしたんだ?」
あの声はもう聞こえなかった
その時ぐらりと和樹の視界が歪んだ、じっと立っていられず、和樹は肩膝をついて床に座り込んでしまった
部屋は血と涙の匂いで満たされた。隆二は床に倒れ、目を見開いたままピクリとも動かない
息がくるしい・・・どうしたんだろう・・・グルグルめまいがする
体に力が入らず・・・心臓だけがドクドク鳴っている
肩と頭がすこぶる重い・・・和樹はとうとうそのまま父の横に倒れ、床に顔を突っ伏した、手で支えることすら出来なかった
ゆっくりと百合がベッドから起き上がった、和樹は彼女の色々な所を愛していたがその真っ黒の豊かな髪が中でも一番好きだと思っていた・・・
彼女が髪を揺らしながらパンティを履き・・・そしてガウンを見事な裸体にかけた
和樹はそれを床に頬を付けながら見つめていた、体が言う事を効かない・・・どうしたんだろう?起き上がりたいのに起き上がれない
彼女をこんな所じゃなくて自分の部屋に連れて行きたいのに
頭の中で心臓が激しくドキドキしている
ハァ・・・ハァ・・・「百合・・・助けて・・・息が苦しんだ・・・」
百合は心臓を撃ち抜かれて即死している隆二を無表情で仁王立ちのままじっと見つめていた
ハァ・・・「僕達・・・あんなに愛し合っていたじゃないか」
呼吸することとしゃべることが難しくなってきた、それでも和樹は床に倒れたまま口をパクパクして話し続けた
―早く病院に連れて行ってくれ・・・―
ハァ・・・ハァ・・・「どうして・・・君が僕と父の前に現れたか何となくわかったよ・・・君は父を憎んでいるんだね・・・」
百合が和樹に近寄ってきてくれた、悪いヤツはやっつけたよ・・・ああ・・・お願いだ、僕の手を握ってくれ、そしてベッドへ連れていって・・・いつもみたいに・・・自分の思いの丈をもっと百合に伝えたかった
ハァ・・・ハァ・・・「でも、わかってくれ・・・父が君に何をしたにせよ、お願いだ・・・信じてくれ・・・僕と父は違う・・・僕を憎まないで、僕は君を心の底から愛しているんだ・・・」
―ああ・・・胸が苦しい・・・―
その時、百合ーの冷たい目が和樹を見据えた
「そう思うのはあなたの勝手よ」
ハァ・・・「お願いだ・・・君だって僕の事を愛してくれているだろう?」
百合は聞いていなかった、すっと立ち上がって、その美しい体をおしげもなく和樹に見せつけ、ゆっくり服を着た
彼女は倒れている二人に見向きもせず、心はどこかに飛んでいた、頭の中であの壮絶な傷心の過去を思い返していた
18歳のあの夏・・・愛しい男との愛に生きようとした矢先、その男には妻も子供もいたと知った衝撃、愛を裏切られた後に自分の子供を中絶した絶望に自らも命を絶とうとしたあの日・・・
和樹の声がはるか遠くから聞こえていた
ハァ・・・ハァ・・・「君だって分かってるだろ?僕は・・・君のものだ、愛しているんだ」
百合は記憶の旅から現実へ戻り、ゆっくりと和樹を見つめた、今彼は起き上がる力も無く、錯乱して涎を垂らしてガタガタ震えている
―愛?―
その言葉が何を意味するのか、百合の精神状態ではもはや理解不可能だった、憎しみ以外の感情のすべてが隆二によって焼き尽くされてしまっていた
その時地面が血の底から轟音を立てて揺れた
「・・・地震・・・」
次第に揺れは激しくなり、隆二のベッドボードが派手な音をあげて床に倒れた、入口の照明のシャンデリアが床にたたきつけられて砕け散った
百合はまるで自分の心の中がこの地震の合図で解き放たれたかのようだった
あれ以来・・・隆二に処女を捧げ・・・中絶のショックで自殺未遂をしたあの夜以来・・・
今日まで百合は憎しみを糧に生きてきた、憎しみこそが妙薬であり、彼女の活力源だった
詩人は愛を語り、歌手は愛を歌う・・・多分愛は現実に存在するのだろう
だがそんな愛はもう他人のものであって、百合の心の中には隆二の子供を堕ろした時に死んでしまった
また地震の揺れで花瓶が床に落ちて砕け散った
百合は和樹に言った
「お前はペテン師の隆二の息子で、おまえの体の中には憎い隆二の血が流れているのよ、誰がお前なんか愛するものか」
百合は、床に倒れている二人をそのまま残して去って行った
地面は揺れつづけ
どこからともなく救急サイレンの音が近づいていた
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