隆二は菜園の前で突然立ち止まって見渡した、こうして改めて見て、彼女が実際に野菜を育てて見事な家庭菜園を作りあげていたことに初めて気づいた
トマトに大根、ペパーミントにバジル、真新しい鉢から花々がこぼれ落ちている上に、小さな菜園を取り囲むように色とりどりの花が植えられている
隆二はなんだか落ち着かなかった、野菜や花の種類が多すぎる、あまりに多色使いだし、香りも入りまじり過ぎているし、彼女にとってこの場所で過ごすひと時は、中国の実家で過ごしていた様に、本当の意味で幸せを感じられるかけがえのない時間なのかもしれない
たしか一人で日本に渡って来たと言っていたな・・・日本で独り暮らしだと・・・あれほど好いていた父親と離れてまで、彼女は日本にそれほど学びたい学部でもあったのだろうか
百合は額についた汗と涙をぬぐって振り返り、肥料の袋を取りに納屋へ行こうとしていた、今この時間は庭師は家に休息しに帰っているだろう、隆二が雇っている庭師は朝、夕と庭園の水やりにやってくる
小さなサンダルを履いた彼女は、爪先に土を付けている・・・
そんなに菜園をしたいのなら、菜園用のブーツを買ってやりたい・・・ブーツだけではない・・・彼女が望む者ならすべてを差し出してやりたい、隆二が欲しいのは彼女の心だけ・・・
どうしたらまた彼女は身も心も自分に向けてくれるのだろうか・・・あの笑顔を自分に向けてくれるのだろうか・・・息子を殺せばいいのか?
百合の体の中に押し入ったあの夜の妖精の滝のことを、二年経った今でも鮮明に焼き付いて離れない、何度も思い返さずにはいられない、最高に心地良かった、あれは彼女が処女だったからだし、彼女はとても貴重な女性だ、そんな彼女を俺は傷つけた・・・償いをしたい・・・本当に心から
百合が次に庭師の手がけた見事な薔薇を和樹の部屋に飾ろうとハサミで切って束にしている時に、すっと横から一輪の薔薇が百合の視界に入った、隆二だった
隆二がピンクの薔薇を百合に差し出して傍で見つめていた
今は和樹は学校に行っている、隆二と二人っきりになりたくない百合は、そっと立ち上がって隆二を無視して家に入ろうとした
隆二が百合のその手をつかんだ
「行かないで・・・何もしないから・・・俺の話を聞いてくれ」
「話なんか何もないわ」
逃がさないとばかりに、隆二が彼女の二の腕を掴んだ、百合の表情が一瞬で怒りから恐怖に変わる、今までの植物を見つめていた時の優しい微笑みが消えた
二人はお互いを暫く無言で見つめ合った