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由々しき事を……。
上野のなかで、何かが、プツンと音をたてて切れた。
「だから、染殿にお抱えの染め物師を住まわせているのよ」
「あー、そうか。着る物から、攻めて行く訳ね」
「あら、それで、更衣になれて?」
「違うわよ。その上、女御を狙っているらしいわ」
女房達は、よりにもよって、仕える姫、守恵子《もりえこ》の事を揶揄し始めた。
同時に、なぜ、この者達が、守恵子に課せられるであろう事を知っているのかと、上野の背筋を凍らせる。
確かに、大納言家の娘《ひめ》、さらには、徳子《なりこ》の父親──、大臣家の外孫の責務とばかりに、守恵子を入内させようと、密かな動きはある。それは、まだ、限られた者しか知らない話であるのに。
それを、知っているとは……。この女房達は、誰の手の者なのだろう。
いや、女房というものは、噂話に目がない生き物。単に、耳にした、だけなのかも知れない。ここで、裏があると、短絡的に決めてしまうのは、墓穴を掘ることになりえる。
それよりも、守恵子の容姿が、いかにも冴えないかのような、口振りが、上野の気を逆立てた。
挑発しているのは、分かっていた。
きっと、こやつらは、上野ごときと、甘く見ているのだろう。
皆、知らないのだ。紗奈《さな》と呼ばれていた頃の実力を。屋敷に出入りする者達と昵懇《じっこん》になり、都の隅々まで情報網を張り巡らした。それが、今でも役に立ち、市井の事なら、何でも簡単に調べられる。
(今に見てなさい。お前達の尻尾《しっぽ》を掴んでやるわ。でも、今のところは……)
「あー、そういえば、兄が、お師匠様をお迎えに伺うと、言ってましたっけー」
上野の一声《ひとこえ》に、女房達は、一斉に、勢いを止めた。