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「そうそう、常春《つねはる》様は上野様の兄上でしたわねぇ」
「ねぇ?それにしては、面影がございませんことよねぇ」
「本当に。常春様は、すらりとされて、面持ちもキリリと引き締まっておられますのに」
上位に立とうとする女房達の、結束の強さに、底意地の悪さを覚えつつ、上野は、当然、彼女らの知りたい事は、まだ、教えまいと、ほくそ笑んでいる。
女房達の知りたいこと──。つまり、先程、匂わした、お師匠様の事だった。
知りたいが、教えてくれと、上野に頭を下げるのは、腹立たしい。皆、どう口を割らそうかと、睨み付けてくれている。
オホホホと、互いに意味のない笑みを交わしながら、それぞれの瞳の奥で、女の意地を燃え上がらせた。
「上野様、お方様がお呼びですわよ」
と、聞きなれない女房の声が、上野を呼んだ。
渡りに舟とはこの事と、上野は、その声に反応する。
「まあ!大変、それでは、皆様」
言って、踵を返し、お方様──、北の方の房《へや》がある北の対屋《ついや》へ足を向ける、が、何かを思い出したように、空々しくたちどまると、
「あー、そうでした。今朝は、守満《もりみつ》様が、夜勤《よいづとめ》からお戻りになられますでしょう?昼に時間があるようで、琵琶の稽古をされるようですわよ」
ふふっと、笑い、上野は、しずしずと、に見せかけ、足早にその場から逃げだした。
琵琶の稽古で、女房達には、十分伝わるはず。
近頃、嫡男の守満は、何を思ってか、大路で見かけた琵琶法師を、琵琶の師匠として、屋敷に招き入れていた。
そして、その盲目の奏者は、琵琶の音色もさることながら、女房達に黄色い声を挙げさせるに十分な容姿をしていた。
──守満、琵琶、師匠。
聞いた女房達は、即座に事を理解し、色めきだった。