「腹が減った!弁当を食べよう!」
不自然な笑みを浮かべ岩崎が月子に言った。
きっと、月子を心配しての事だろうと理解はできたが、いつも以上の大声に月子はびくりと体を揺らしてしまう。
「おお!そうだ!腹が減っては戦はできん!練習が待っているんだからなっ!」
中村も、場の雰囲気を一掃しようとしてか、妙に明るく振る舞った。
「まあー、なんだか知らないけどさっ、京さんは、弁当あるからよしとして、俺達は、食べにいきますよー!ねっ!月子ちゃん!」
二代目が空々しく月子を誘う。
「なっ!何を!何で月子を誘うんだっ!」
本気で怒鳴っている岩崎を尻目に、はいはい、と軽い口調で二代目は、昼飯へ行こうと皆の先頭を切る。
月子も、自分のために気を使ってくれているのだと理解し落ち着かない心の内を押して、一同の後に続いた。
「いや!ちょっと!お前達!月子?!待て!私も行く!!」
岩崎が、慌てて追いかけて来る。
そんな大声を発する岩崎に、二代目も中村も、うるせぇなぁと、顔をしかめきり、さっさと無視するかのように歩き出す。
どこか、じゃれ合っているほんわかとした、いつもの空気に、月子の心も和んだ。
気がつけば、男達の言い争いのような会話を見ながら、頬を緩めていた。
こうして一行は、音楽学校の一本裏側の通りにある、うどん屋に陣取っている。
二代目が大家だという店は、うどん屋といえどもなかなか大きな店構えで、皆は、店の奥にある小上がり──、座敷で、運ばれてきている、うどんを味わっている。
お咲は、箸を上手く使えない為、店に頼んで匙を出してもらい、岩崎の為の弁当を食べている。
そこへ、
「匙ぐらい頼べばどこの店でも出してくれるだろう!」
顔が利くのだと得意げな二代目に、岩崎がごちた。
「そうかい?そいつぁー知らなかったなぁー、それに、弁当持ち込むのも、店によっちゃ嫌がるもんだぜ?」
うどんをすすりながら、二代目はけろっとしている。
「おい、二代目!」
中村が箸を止め、とある一席を注目していた。
「はあ?中村の兄さん、鼻の下が、のびきってるぜ?!」
えっと、声をあげた中村は面映ゆそうにした。
視線の先には、座席に座る女学生らしき集まりがある。
「あー、ここいらにある女学校の生徒さんだろうねぇ。結構、この店に来てるようだぜ?弁当持参も飽きるってんで、たまには、おうどんを食べましょうよぉーって、やって来るみたいだけど?」
おお、なるほどと言いつつ、中村は女学生達が気になるようだった。
「……月子、すまんなぁ。落ち着いて食べられんだろう?」
岩崎が申し訳無さそうに言うが、すかさず二代目が割って入った。
「ちょっと、ちょっと、京さんだって、女学生に迫られてたじゃねぇーの!人の事は言えないんじゃないのかい?」
その一言に、場は沈黙に落ちる。
かたん、と、お咲までが卓に持っていた匙を落とす始末だった。
「あのなぁー、京さん。何もないって言っても、そのままでいいのかよ!」
ずずずと、どんぶりを持ってうどんの汁を飲み干しながら、二代目は知らぬ顔で言ってくれた。
「……そのまま、というか、それは……」
そもそも、玲子は教え子であってそれ以上ではない。それを勝手に追いかけ回され挙げ句、月子の前で告白された。
岩崎も正直困っていた。月子へなんと言えば良いのか、そして、今後どのように対応すれば良いのかと。
「い、いや、だから、私には、月子がいる訳で、何も知らないというか、どうもこうも……」
おろおろ口ごもる岩崎に、中村が、のろけかと呟く。
そんな中、月子はじっと二代目を見た。
「え?!月子ちゃん?!そんなあからさまに?!いやまあ、俺は別に構わないよっ!!むしろ、俺の方が京さんより、いいだろっ?!俺に決めちまいなっ!!」
二代目の男前過ぎる発言に、えっ?!と中村が驚き箸を落とし、岩崎は、怒りから続ける言葉が思い浮かばないのか、わなわなと震え、握りこぶしを振り上げそうになっていた。
「まっ、わかるよ、わかるよ、月子ちゃん!俺に見惚れてしまうのもさぁー!」
ますます調子に乗る二代目へ月子は、小さく呟いた。
「……御汁……飲み干すんですね」
うどんの汁と聞き二代目は、身を乗り出した。
「御汁って?!そこかよ!!!うどんの汁かっ?!月子ちゃん?!俺じゃなくて、汁っっっ?!」
やっぱりというべきかの二代目の見当違いに、中村がクスクス笑う。
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