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「あ、その……母さんのお店の事を思い出してしまって……」


月子は、恥ずかしそうに言った。


「そういえば、月子の御母上は、うどん屋を経営されていたなぁ」


「経営だなんて、そんなたいそうなものではありません……このお店のように大きなものでもありませんし……」


岩崎も、ふと思い出したようで月子へ問うていた。


聞かれた月子は、自分が久しぶりにうどんを食べていることに気が付いた。そして、活気のある店の雰囲気が、昔、まだ西条家で暮らす前、母が懸命に切り盛りしていた店の事を思い出させてくれた。


客は、皆、母のうどんを旨いと言って、その汁まで飲み干した。出汁が効いている。風味がなんとも言えない。素朴だけれど忘れられない味だ。そんなことを口々に言った。


幼かった月子も、店に漂う母が作る出汁の香りが大好きだった。


しかし、店をたたんで、西条家へ入った母は今度は西条家に馴染もうと必死になった。そうして、うどんを作る事は無くなり、皆の顔色を伺いながら息を潜める暮らしが始まる。


義父である満は、そんなに気を張らなくても良いと母に、月子に気遣ってくれていた……。その満も、いなくなり……。


「月子?」


西条家での出来事を思い出してしまったからか、月子は浮かぬ顔をしていたのだろう。岩崎が心配そうに伺っている。


「あっ、母さんのお店に来てくれていたお客さんも、田口屋の二代目さんのようにお汁まで飲み干してくれて……」


「ほお、御母上の作るうどんは、よほど旨かったんだろうなぁ。月子、御母上がお元気になられたら、ごちそうしてもらえないだろうか?」


岩崎が、月子を気遣っているのか、しかし、やけに嬉しそうな顔をして言った。


「母さんの……」


言われて、月子も母の味が恋しくなる。


「といいますかっ!結局、なんだかんだと、二人して見つめ合うってことですかいっ!!」


ぷっと頬を膨らませ、汁を飲みきった二代目が不満そうに岩崎と月子を交互に見ている。


「へぇ、なんだか、旨そうな話だなぁ。俺もご馳走になりたい!いや、ここのうどんも旨いよ!もちろん!」


中村も、それなり気を使いつつ、興味津々の顔をしたが、ふっと、何か考え込んだ。


「……そんなに旨いなら、月子ちゃんのお母さんも、店を開いたらいいんじゃないか?!」


「中村さん?」


「月子ちゃん、旨いもんは、皆で食べた方がいいだろ?それに、いくらかは、お母さんの実入りにもなるし……」


中村は、自分の策に酔っているのか、フムフムと頷いている。


「いや、御母上は、ご病気だ。商売は無理だ」


岩崎が中村を制した。


細かな事を岩崎は言わないが、月子の母の病状を知っている限り、例え話でも、商売など、無理な事だと分かっているのだろう。岩崎は中村の話を突っぱねる。


「いや、まあ、なんだ、おれも深い意味はなく、いいんじゃないかの範囲なので……」


岩崎の頑なな態度に、中村はオドオドしながら、話を切り上げようとするが……。


「商売?!いいんじゃないかい?!何も、月子ちゃんのお母さんが汗水垂らして働かなくても、人を雇えばいいんだ!そんでもって、その、自慢の出汁を作らせる!まっ、色々調合ってもんがあるだろうから、それだけは、お母さんがやっとけば、後は、雇った人間に任せとけとっ!そんなに評判良かったんなら、店出しなよ!もったいねぇーよ!」


二代目が勢いづく。


「で!月子ちゃんのためだ!ここは、この田口屋二代目が一肌脱ぎますよっ!店と人の手配は、まかせとけっ!」


ぽんと、胸を叩いて二代目は、ニカリと笑った。


「月子ちゃんを出汁にして、商売に繋げるかっ!!」


中村が二代目へ食ってかかるが、


「おっと!出汁繋がりと来た!やっぱり、月子ちゃん、そうしなよっ!!俺がいるからさっ!」


二代目の軽々しくも馴れ馴れしい態度に、これまた、岩崎は我慢ならんと拳を握りしめている。


「ああっ!!それもだけど!そろそろ、昼が終わる時間じゃー!戻らないといけないだろう!」


他の客は、席を立ち始めている。


もちろん、中村が見惚れた女学生達も勘定を済ませ店を出ていこうとしていた。


その姿へ、チラチラ目をやりながら中村が呟く。


「岩崎。一ノ関君の事……どうするんだ?彼女の事だ、練習には……戻って来るだろう。そして、いつもの取り巻きと、これでもかと、演奏会の変更にかこつけ、お前に当たり散らすと思うんだが……」


真顔で言う中村に岩崎も、考え込んだ。


「じゃあさぁ、京さんは、あの女学生とってことで、向こうも好いてんだろ?で、月子ちゃんと俺は、うどん屋を開くと!」


何を考えてか二代目が、横槍を入れてくる。


無茶苦茶な言い分に、岩崎は、今度こそ我慢ならんと拳を振り上げるが、


「二代目は梅ちゃんだよ?」


お咲が、最後の一口を食べ終わり、当然のように言った。


「え?!梅、梅ちゃんって、お、お咲?!」


あたふたする二代目を見つつ中村が、


「岩崎、おれ、お咲がいれば丸く収まりそうな気がしてきた……」


呆れながらもどこか、安堵しながら言った。


「……ともかく、ここにいつまでもいられまい」


岩崎は立ちあがり、大丈夫だと月子へ言うと、勘定!と店の者へ叫んだ。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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