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「ちょ、ちょっと!?」
「あ、噛まれた」
「噛まれたじゃないって!る、ルーチャットも噛んだら……め!」
犬に怒る何てしたことないから、子供を叱る親みたいになってしまった。ルーチャットはまだフーフーと言っている。ルーチャットとからは、光魔法を感じるから、闇魔法の貴族であるラアル・ギフトの身体に入り込んでいるベルの存在を危険だと察知したのかも知れない。ただの威嚇行動だろう。けれど、ベルの指はかなり強く噛まれたのか歯形がいっていて、血もあふれ出していた。
「えええっと、今から治癒魔法かけるから、う、動かないで」
「お~優しい~……って痛い、痛いっす、ステラちゃん!」
「そ、そうだった。反発。光魔法と……闇魔法……」
「そ、それもっすよ。悪魔と聖女っす。いてててててててててて!」
バチバチと、黒と白の稲妻がスパークする。確かにベルの言うとおり、聖女と悪魔じゃ真逆の存在だから、いつも以上に反発が起きても仕方ないのかと納得する。それでも、傷を癒やせる力があるのだから癒やしたいと思うのは、この世界にきてからついてしまった癖のようなものだった。
私は何とか、彼の治療をし終わり、少し焼け焦げた自分の手を見た。これは、自分では治せない。フィーバス卿に見つかったらまた何か言われそうだと思って、私は手袋をし直した。証拠隠滅は出来なさそうだ。
「ほんと、力業っすね」
「感謝の言葉はないの?」
「治してっていってないんで。でも、まあ、ありがとうございましたー」
「まあ……うん。アンタには助けられてきたから、お礼というか。だから」
「結構痛かったっすからね」
「良薬口ににがしっていうじゃない!あーだこーだいわない!というか、なんでルーチャットの口に指突っ込んだの」
それが疑問だった。いきなりイレギュラーとか言いだして、ルーチャットの口に手を突っ込んで何がしたかったのだろうか。不思議で仕方がなかった。犬が珍しいなんてこと無いだろうし、行動原理が分からない。ベルのことだから、何となくとかかも知れないけれど。
私がちらりとベルを見れば、ベルの方も何故か顎に手を当てて何か考えているようだった。
「ちょっと気になったことがあったんすよ。まあ、解決したんで」
「すっごい、ルーチャットの嫌われてるけど、何したの?」
「動物は大切にしなきゃいけないってことっすかね」
「意味分かんない」
はぐらかされたのだけ分かったが、それ以上私も聞かなかった。どうせ、聞いたところで教えてはくれないだろう。気まぐれに教えてくれたとしても、今ではないことが確かだ。
「あーそう言えば、ステラちゃん、探してたんじゃないっすか」
「な、何を?」
「皇宮で開かれるパーティーのパートナーを」
「あっ」
「あって。それ気になってたんすよね」
「招待状届いたわけ?」
「届いてないっすけど。偽造することなら出来るっすよ」
と、ベルはニヤリと笑った。そんなことしてまでいこうとは思っていない。けれど、確かに、ズルすれば入れるとは思ったり、思わなかったりした。けれど、それに頼りっぱなしというのもあれだし、何より、ベルに助けてもらった後、何か要求されそうで怖かった。これも、彼には聞えているんだろうけれど、わざわざ口にしようとは思わない。
悪魔だから信用ならないのは、彼がそう自称しているからでもある。
「でも、またとないチャンスなんでしょ?なら、俺を利用するべきッスよ」
「利用されて嬉しいわけ?」
「ステラちゃんなら。それに、利用って言うか、これまで助けてきたのもステラちゃんが気になってたからっす~俺の恋心分かって欲しいっすよ」
「恋心なんてないって分かってるくせに」
「まあまあ、で、俺じゃダメッスか。パートナー」
「婚約者じゃないといけないわけだし。いや、アンタはすり寄ってくるけど、それは婚約者といわないじゃない」
「そうっすけど、俺もやることないんすよ」
ベルは、いやだーと駄々をこね始める。ラアル・ギフトの本来の年齢の人間がこんな風に暴れていたら二度見してしまうが、今のベルなら問題ない。確かにベルを連れて行くというのはいいかもしれないが、悪魔と聖女が一緒にいるのもと思った。悪魔なら、エトワール・ヴィアラッテアの目をかいくぐるれるかも知れないが……
「大丈夫」
「ほんとっすか。ほかに宛てがあるんすか?」
「なかったら探すしかない。あと、ラアル・ギフトの悪評は、ずっと付きまとうわけだし、そこまで記憶操作するのも大変でしょ?私も、フィーバス卿辺境伯令嬢なわけだから、悪評のある闇魔法の貴族と一緒に出席するっていったら……」
「まあ、ステラちゃんのお父様が煩いでしょうね」
と、分かっているようにベルはいった。
分かってくれているなら、はじめから提案してこなければいいのに、とも言わず、私はベルの方を見た。手伝ってくれる、好意的なのは嬉しいし、感謝している。けれど、チートに頼ってばかりではいけないと分かっているからこそ、私は私の周りの人の協力を仰いで前に進んでいかないといけない。
「ありがとう、ベル」
「えっ、まあ、はあ、そうっすね。どーいたしまして」
「手伝って欲しいのは山々なんだけど、自分の力でやらなきゃって思ってるから。だから、これまで通りに見守って欲しい……とか、思っちゃってるんだけど、ダメかな?」
「ステラちゃんが言うなら、全然」
「そう。ありがとう」
私は再度感謝を伝え、頭を下げた。ベルは調子が狂うなあ、なんてぼそりと呟いたが、その言葉は私の耳に届いていた。悪魔だけれど、何処か人間らしいところがあるというか。
それから、アウローラを起こして貰い、ベルの元を後にすることにした。因みに、アウローラの記憶はベルが調節済みだ。侍女の記憶を弄って悪いなあ、とは思いつつも、ベルが悪魔だとバレたら色々と不味いし、変に拗れるのも嫌だと思ったからだ。私は口裏を合わせ、アウローラには、なんてことない話だったと伝え、辺境伯領に戻ってきた。帰りの馬車の中で、ルーチャットが落ち着かない様子で私に抱き付いてきたのはとても印象的だった。もしかしたら、ベルが怖かったのかも知れないと。ルーチャットに限ってそんなことないとは思うんだけどと思いながらも、犬だしな、と片付けて、馬車から降りる。
「あっ」
「何、アウローラ」
「いえ、この香り……気配……いますね」
「いるって何が?」
アウローラは馬車から降りると、スンスンと鼻を動かした後、私の身だしなみを調え始めた。何が何だか分からないまま、綺麗になおされ、玄関から屋敷の中に入る。
「ただ今戻りました。おとうさ……えっ」
少し遅くなったから、怒られるかなあ、なんて思いながら目を開ければ、そこには、鮮やかな紅蓮が立っていた。見慣れたその色が何となく懐かしく思えるのは、何週間ぶりだからだろうか。それと同時に、さっきのベルの話が同時に押し寄せてきて、どんなかおをすれば良いか分からなくなった。そんな、永遠の別れをした後でもないのに。
「あ、アルベド、何でここに?」
「ステラ、帰ったのか」
「お父様……はい。えっと、アルベドはお父様が呼んだんですか?」
「いや、俺は呼んでいない。こいつから、ステラに話したいことがあるといって……まあ、休んでからでもいい。それから、話を聞いても――」
フィーバス卿は私に気づくと一歩踏み出してこちらに来ようとしたが、それを遮るようにアルベドが私の元に歩いてくる。鼻孔に刻んだ、花の匂いに反応してしまい、私は数度瞬きした。彼が後ろに隠しているものが、花束だと気づいたのは、彼が目の前にやってきたときだ。
ピンク色のチューリップの花束が、私の前に差し出される。膝をついて、それはまるでプロポーズのような――
「アルベド、あの、ひさし――」
「――ステラ・フィーバス卿辺境伯令嬢。貴方に、婚約を申し込みたい」
私を捕らえた満月の瞳は、澄んでいて、本気の色が滲んでいた。
本気の告白。ピンク色のチューリップの花束を添えて。鮮やかな紅蓮が私の視界でカーテンのように揺れていた気がした。