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――闇の仲介室内。少女はジュウベエを抱き抱えながら上機嫌の模様。
ジュウベエもまた、抗う事はせずその身を委ねていた。
「…………」
「う~ん……」
それとは対称的に、幸人と時雨の二人は資料を片手に神妙な面持ち。
琉月から二人へと渡された資料には少女の、コードネーム『悠莉』の情報が網羅されていた。
―――――――――――
※コードネーム『悠莉』
※本名 不明。
※年齢 十三才。
※位階級 執行部門S級エリミネーター(狂座三十三間堂 第十三位~No:13)
※保有異能 ???
※推定臨界突破レベル~現147パーセント――
「うん……確かに良い実績ではあるけど、次期SS級最有力候補と言うには、ちと次期早々過ぎない?」
一通り資料に目を通し、否定的な意見を口にしたのは時雨だ。
「確かに……な」
幸人も珍しく時雨と意見が一致している。彼も資料からの判断では時雨と同感だったのだろう。
数字や実績のみを取れば、S級には悠莉以上の者は多数存在している。
それらを差し置いて尚、何故この少女が次期SS級最有力候補として、琉月が二人を呼んでまで推薦したのか?
「では御言葉を返すようですが、御二人方は彼女位の年の頃はどうでしたでしょう?」
琉月はその理由を語り返す。その傍らには悠莉が、この話には興味が無いのか、ジュウベエと何やら楽しそうに密談の真っ最中だ。
「まあ、そりゃあ……ね」
「…………」
時雨は琉月の問いに言葉を濁す。幸人も同様。
彼等が悠莉位の年の頃には、S級処かエリミネーター、狂座に在籍していない可能性の方が高い。
それを考えると少女で在りながら、この歳でS級エリミネーター三十三間堂に名を列ねる悠莉が、如何に驚異的であるかを琉月は遠回しに言っているのだ。
しかしまだ不確定要素は有る。
「それにこの保有異能が不明ってとこがね……。何かヤバめの力なの?」
そう。一番肝心な項目が正に悠莉の持つ能力、それが不明な点もまた怪しい。
「まさか特異点とか!?」
一般的な後天性異能なのか、はたまた特異点と同様、先天性異能なのかを。
「彼女の力は……そのどちらでもありません」
しかし琉月はそのどちらでもない事を、何やら含みを以て答えていた。
「えっ!?」
「どういう事だ?」
二人の疑問の声は当然――
“隠している?”
いや隠す意味がない。ならば考えられる事は、悠莉という少女の持つ力は、そのどれにも属さない力だという事か。
「彼女は通常の異能者とも、御二人方特異点とも異なる、悠莉のみが持つ特別な力……とでも言いましょうか?」
琉月も例えを言いあぐねている感があるのは、上手く説明出来ないのだろう。
「実際見て頂いて、判断なさった方が早いと思われます……。悠莉?」
琉月はジュウベエと密談中の悠莉を、穏やかな口調で呼び掛ける。
「は~い」
悠莉はその呼び掛けにすぐ反応。少女の腕にはすっかり懐柔されたのか、だらしなく身体を伸ばしたジュウベエの姿が。
「くくっ……」
幸人から溢れた微笑。それがまたなんとも言えぬ、微笑ましい構図に見えたからだ。
「悠莉……これからお仕事です。大丈夫ですか?」
「うん全然オッケ~。楽勝だよ~」
二人の間で交わされる密約。それはまるで遊びにでも赴くようなノリの軽さ。
「え? 今からぁ!?」
時雨にとっては完全に予想外。というより彼にとっては、本来は酒席を設けるつもりだったのだから。
そこに何時も通りの依頼である。
「丁度良い依頼通達が一件有りますので……」
元よりそのつもりだったのか、琉月が別資料を数枚取り出していた。
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新たに受け渡された資料を片手に三人は神妙な面持ち、とは言っても悠莉だけは興味が無いのか理解していないのか、ジュウベエとじゃれる事に夢中だ。
「今回のターゲット、美作 亮二(ミマサカ リョウジ)30歳。日本各地で主に殺人を繰り返してきた、典型的なシリアルキラー(連続殺人鬼)ですが、その裏は私立殺人請負人。何処にも所属しない、個人に於ける裏世界の住人ですね」
その最中、琉月は何時も通りの説明を施す。
“私立殺人請負人”
組織に属せず、個人で殺人を請け負う者達。
これらは個人で有るがゆえ規律は無いに等しく、故に道を踏み外す事も多々有るが、個人の能力が突出している事も多い。
それゆえ裏世界に於いても厄介な人材である。
「このターゲットの厄介な処は、仕事との区別の境界線が無くなっているという点ですね。彼は裏によると、これまで183件の殺人依頼を請け負い、これを完遂させてきたみたいですが、それとは全く関係の無い殺人まで繰り返している事が分かりました」
それは即ち――
“無差別殺人”
最も許し難い行為。
殺人を代行する狂座も、弁護の余地も無い社会悪だが、彼等は決して依頼以外でそれに手を染める事はない。
その規律を踏み外した者に有るのは――粛正のみ。
「どうやら殺人に悦楽を見出だしてしまった、典型的で哀れなサイコキラーのなれはて。無関係な人々が彼の身勝手により、既に犠牲者は三桁にも及んでおります……」
これは国のみならず、裏世界に於いても由々しき事態であると、琉月の感傷に近い口調から、それらの想いが感じ取られた。
「だから個人請負は屑以下の屑が多いんだよね……。こんな屑のお陰で俺等まで印象悪くなるのがなぁ……」
時雨の言い分が正しいかは定かではないが、彼等には彼等なりの信念が有る。
それが間違った道であったとしても、一度違えた者には――
“粛正”と“応報”を以て応えねばならない。
「ええ……我々“裏”に属する者にとっても、これは許し難き道……。所は違えど、我々で内密に粛正してもよかったのですが、この度日本国政府から彼を危険分子として、消去要請が通達されましたので……」
「なるほどね……。つまり――」
時雨は横目でちらりと、ジュウベエに夢中で完全に話を聞いていない悠莉へと目をやる。
お互い言葉を濁したそれは、この機会に危険分子の消去粛正と、悠莉の実力御披露目を兼ねてと言う事か。
「ええ……。ランクは“Aプラス”」
“ランクAプラス”
それは国家依頼に於ける、個人へ向けての依頼難度。
組織ぐるみの消去殲滅が主のランクS以上には及ばずとも、国から直接個人抹殺を要請される為、通常のランクA依頼とは完全に異なる。
何故なら――
「て事は……油断は出来ないね」
「ええ……ターゲットは異能こそ有してませんが、その殺人技術は超一流。技術だけなら狂座の高位エリミネーターと比べても、なんら遜色は無いと思われます」
それらに該当するは超A級。国際犯罪者級に位置づけされるからだ。
「そんな殺人鬼相手に大丈夫なの? 御披露目と言うにはちょっと……」
そう。悠莉の力を披露するだけなら、ここまでの難度である必要はない。
時雨が詰まらせたのは、返り討ちの可能性が無いとは言い切れないからだ。
エリミネーターとはいえ普通の生身。普通に死を迎える。
ましてや今回の執行者は、能力こそ分からぬが少女以上の何者でもない。
「――ですから、何故悠莉が次期SS級の最有力候補であるか、その理由(わけ)を判断するには丁度良いではありませんか?」
だが琉月の口調に杞憂は一切感じられない。
それはこの悠莉という少女に対する、絶対的な信頼の証なのか。
“それ程なのか? この……”
時雨も幸人もその自信の程を怪訝に思う。
「……そうなんだ? アハハ、ジュウベエおもしろ~い」
しかし悠莉はジュウベエに夢中だからか最初からか、各々の思惑等、聞こえている風にも見えなかった。
この無邪気な少女が、SS級にも通ずる“怪物”である等――
「では行きましょうか? ターゲットの所在地は既に判明しています。各々サーモの方で御確認ください」
琉月はそう席から立ち上がり、右手首に嵌めてある腕時計、即ち狂座専用液晶型生体機具サーモから、三人へ向けて情報を送信していた。
「ふ~ん……意外と近いね。それにしてもいい度胸だな……潜伏すらしてないのか。まあ裏と言っても表があるしね」
受信された情報を目の当たりにし、時雨が皮肉で罵る。
つまり――
「悠莉、準備は宜しいですか?」
「は~い」
ターゲットは極めて近くで、表として振る舞っているという事に。
「それじゃジュウベエ、ボクは今からお仕事だから、また後で遊ぼうね?」
ジュウベエを腕に抱えたままの悠莉は、今から暫しの“中断”である事と、その後の約束まで交わしていた。
ジュウベエがここまで早期に打ち解ける等、夢想だにしなかったのは幸人。
やはり何処か微笑ましく見ていた。
「じゃあ眼鏡お兄ちゃんの所に戻っててね」
悠莉はジュウベエへ幸人の下へ戻るよう促す。
「おう! また後でな」
彼女と幸人以外聞こえない言葉を振り向き様、悠莉へと言い残し、とことこと戻ってくるジュウベエ。
「ぷっ! お兄ちゃん、めがねめがねぇ!」
そのやり取りがツボに嵌まったのか、時雨が悠莉の『眼鏡お兄ちゃん』発言に噴き出すと共に、同時に幸人へと茶化していた。
「……黙れ」
幸人は軽く受け流しているように見えるが、よく見ると拳を握り締めている。
この場でなかったら、時雨のその口を塞ぎたくて仕方無いのだろう。
「……さあ現地で落ち合いましょう」
だが今は遊んでいる場合ではない。琉月は有無を言わせず場を仕切る。
「は~い」
「オッケぇ琉月ちゃん」
「ちっ……」
琉月の掛け声の下、各々の返事と共に四人の姿はジュウベエも含め、この室内から一瞬でその姿を消していた。
残されたのは元より無人が相応しい、暗黙の静寂のみ。