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◇◆◇◆◇◆
「明智さん遅いなあ……」
マンションの入り口で待たされた小林は、十分待っても出てこない明智を心配しぎゅっとキッズ携帯を握りしめていた。小林は、明智の言いつけを守り犯人が出てきたら携帯で通報するようにといわれていた。だが、明智も犯人も一向に出てくる様子はない。
明智を探しにマンションの中に入るかとも考えたが、約束は約束で、黙って待っているしかなかった。
そんなマンションの裏の駐車場から車が出て行く様子を小林は見つけた。
「車……パーキングエリアとかがないから停めてたのかな」
小林は不思議に思いつつも、この近くにパーキングエリアがない事を先ほど明智から聞いたため、とくに気になるほどではなかった。
それからまた数分経つと明智ではなく、先ほどファミレスまで財布を取りに行っていた神津が戻ってきた。
「とわ君!」
「神津さん!」
息を切らしながら帰ってきた神津に小林は駆け寄りつつ、神津は明智がいないことに気がつき辺りを見渡した。
「とわ君、春ちゃんは?」
「10分前ぐらいに、入っていったっきり帰ってこなくて……」
そう小林が言い終わるのが先か、神津は顔色を変え建物に向かって走り出した。小林は神津を追いかけるかたちで、神津の後をついていく。
「神津さん、どうしたんですか!」
小林の問いかけに神津は答えなかった。
小林のことを気に掛ける様子もなく、神津はマンションの一室一室をまわっていく。小林は、神津が何故そこまで焦っているのかがわからず、神津の背中を見つめることしかできなかった。
すると、神津はある部屋の前で立ち止まった。神津は勢いよく扉を開けると、そこには一人の少女が縛り上げられているのが目に入った。神津はその少女に近付き、息があるか確認する。幸いなことに息はあるようで、気絶しているだけのようだった。
「この子、誘拐されたこの一人かも知れない」
お下げに前髪をピンで留めており、誘拐犯が狙っている少女の特徴と一致していた。ただ、綺麗な黒髪というわけではなく焦げ茶色に近い茶髪であった。
神津は警察に連絡を入れつつ、他に何かないかとあたりを見渡す。すると、床に以前明智にあげた色違いの手帳が落ちていることに気がついた。それを拾いあげ、神津は眉間に皺を寄せる。
「これ、春ちゃんにあげた奴……」
小林は、神津が拾いあげた明智の手帳を覗こうとしたが、神津はそれをすぐにポケットの中にしまった。
「あの、明智さんは……」
「とわ君、春ちゃんはこの建物に入ってから出てないんだよね?」
「はい、でも……まさか」
嫌な予感が脳裏をよぎり、二人は同時に部屋を出た。そして、そのまま階段を駆け下りて行き、明智の姿を探そうと建物をくまなく探し回った。
だが、明智の姿はなく、到着した警察に少女の身柄を確保し軽い事情聴取を受けることになった。
少女はその後病院で意識を取り戻したようだが、混乱しているようで何かまでは聞き出せる状態ではなかったらしい。神津は小林と一通り事情徴集を受けた後解放され、朝待ち合わせた公園の噴水の縁に腰掛けた。俯いたまま喋らない神津に、小林はどうすれば良いかとおどおどとしていた。
「神津……さん」
そう彼に声をかけても返事が一切なかった。
小林は神津の姿を見て、何だか自分が責められている感覚に陥り、ギュッと服の裾を握る。そうして、ぽつりと言葉を零した。
「僕……僕のせいです。車が出て行ったのに何の疑いも持たなかったし、もっと早く警察に通報していれば……!」
「……ッ、とわ君のせいじゃないよ。責めないで、自分を責めないで……って、春ちゃんならいうと思うから」
小林が今にも泣き出しそうで、自分のせいだと罪悪感を抱いていることに気がついた神津は顔を上げ、優しく小林の頭を撫でた。
今は、個人的な感情にまかせて行動するのではなく冷静にならなければと神津は深呼吸をして立ち上がった。
「とわ君、もう少し付合ってくれる?」
「は、はい。明智、さんの捜索ですか?」
「うん。勿論、それとそろそろ犯人を捕まえなきゃね。春ちゃんは、僕達に隠れて捕まえようとしていたみたいだけれど」
と、神津が譫言のようにいうと、小林は何のことだかさっぱりだと首を傾げた。
神津は、「こっちの話だよ」と笑いつつ、ポケットから鍵を取りだした。
「春ちゃんは僕の運転荒々しいから嫌だっていうけれど、実際バイクの方が早く回れるからね」
神津はついてきてと言うと、近くのパーキングエリアまで小林を案内した。
パーキングエリアには一台のバイクが止められており、鍵を差し込むと神津は小林に向かってヘルメットを渡す。小林はヘルメットを受け取ると神津を見上げた。
「神津さんは、明智さんの居場所……犯人の目的とか分かってるんですか?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、もう目星がついているみたいな目的地がはっきりしているみたいな顔をしているので」
そう小林が言うと、神津は少し驚いたような表情を浮べた。
勘が鋭い。と神津は、その後フッと笑う。バイクのエンジンを吹かしながら、神津は小林の問いに答えた。
「うん、大体はね……犯人の目的は――――春ちゃんへの復讐だ」
「復讐?」
「そっ、復讐。春ちゃんが聞いたら怒るだろうけど、春ちゃんはね、二年前まで警察だったの。その二年前に起った事件でとある被害者から恨みを買った」
速度を上げるバイク。
振り落とされまいと、小林は神津の腰にしがみついていた。小林にとっては驚愕の情報で、腰にしがみつく力が強くなった。
「そうだ、とわ君。ここで、ちょっと探偵らしい推理ゲームをしようか」
と、突拍子もないことを言い出す神津に、小林はそんなことをしている場合なのかと神津の背中に視線を送る。
神津は「いいから、いいから」と笑いつつ、話し出した。
「春ちゃんが二年前に関わった事件は三つ。一つ目は、連続放火魔事件――――」
神津は、そう言うと三つの事件の詳細について話し始めた。
一つ目は連続放火魔事件。
犯人は、金銭を盗んだ後、その家に火をつけるといった悪質な男であった。そうして、とある家に忍び込んだ際家主に見つかり殺害、それを見ていた少女を眠らせ火をつけた。そこでかえってきた母親と鉢合わせたがその時には既に家の中には火の手がまわっていた。母親は、逃げていく犯人の顔をしっかりと見たが犯人は母親を殺す余裕もなく逃亡、そんな時たまたま近くを通った明智が母親を救出。しかし、母親は自分の命より犯人を捕まえてくれと要求。既に煙を吸い込んで瀕死の娘と死のうと考えていたのだ。だがそれを明智は拒否し、半人の逮捕ではなく母親の救出を優先した。
そして、犯人はその後逃げられないと悟ったのか家族を巻き込み一家心中。母親はその後、家族を失った悲しみと犯人に逃げられた怒りを明智にぶつけた。
二つ目は、少女人質事件。
犯人は、その事件を起こす前に別の事件を起こしていたが、明智に自首をするよう説得されていた。しかし、自首する際に怖くなり警察に見つかると途端に豹変し通りかかった少女を人質に取り逃げた。そして、警察に追い詰められ少女を抱えたまま飛び降り自殺をした。犯人と少女は全くの面識がなく、明智がその犯人を捕まえていれば起らなかった事件だと、その後とくに少女の兄から恨まれることになる。
三つ目は、少女誘拐事件。
犯人は、小学生の少女一人を誘拐、監禁しており尻尾を掴んだ明智と対峙した。明智は自首と少女達の居場所を吐くように説得したが、その際取っ組み合いになり二人は階段の上から落下。明智は運良く助かったが、犯人は打ち所が悪く死亡。明智もその数日意識を失っていた。その間、食事もろくに与えられず動けなかった少女はそのまま餓死。明智は、その事を強く責められとくに被害者の少女のシングルファザーの父親から酷く恨まれる結果となった。
「つまり、どの事件も女の子が亡くなっていて、犯人も亡くなっているって事ですか?」
「そういうこと。そして、どの事件も被害者側の家族から凄く恨まれていて、署にまで乗り込んできたことがあったとか」
「そんなの逆恨みじゃないですか」
小林がそう言うと、神津は無言で頷いた。
幾ら犯人を逃がしてしまったからとはいえ、誰も傷つけずに逮捕しようとした明智。だがその結果が、身を挺して助けようとした結果、最悪の事態を招いてしまった。
そして、その事件を切っ掛けに明智は警察を辞め、その後、探偵事務所を開いた。
正義の元に行動していた明智にとっては、耐えられなかったのだろう。助けようとしていた少女達を助けられず、犯人も逃し、そして被害者側の家族を傷つけた。優し過ぎて、繊細な明智にとっては深い傷になってしまった。
そして、その事を深く後悔し、未だに自分を責め続けている。
神津は、「本人から聞いた話じゃないから僕の考察も入るけどね」と付け加えた。
「それで、その三つの事件の被害者の中に犯人がいるってことですか?」
「そうだね。被害者が犯罪者になるなんてね……」
神津はそういうと、小林に誰だと思う? と質問を投げた。小林は、分からないと答えると神津はクスリと笑った。
「大丈夫、間違えても何もないから考えてごらん」
「……えっと、じゃあ、放火魔事件の被害者の女性……ですか?」
「不正解。今回の犯人は男なんだ。それに、その女性は事件の後春ちゃんを恨んだと同時に精神を病んでしまって精神病院に入ったらしいから。今はどうしているか分からないけれど」
「そ、そうなんですか。じゃあ、少女誘拐事件?」
「それも不正解。まあ、これは予想なんだけど自分の娘が巻き込まれた事件を模倣して、少女を誘拐するとは思えない。それにその人はこの町から引っ越して遠い実家に帰ったらしいからね」
と、神津は一つ一つ丁寧に説明をした。
どうしてそこまで知っているのかと小林は問いはしなかったが、疑問は残るばかりだった。
「でも、明智さんへの復讐なのにどうして女の子を誘拐する必要があるんですか?」
そう小林は一番疑問に思っていたことをぶつけた。神津は、そうだよねーと呟きながらバイクを走らせる。
「犯罪者の気持ちなんてよく分からないし、人は悩みを抱えて生きている生き物だからね。その理由とか原理は理解しかねるけど、僕の予想では大切な家族を失って、その子が生きているとかそのこのかわりを探しているんじゃないかな。だから、誘拐された子は皆同じ特徴を持っていた。きっと死んだその子がそういう容姿だったから」
と、神津は小林にいった。
小林は、理解しようと努めたがやはりその全てを理解することは出来なかった。
「それでも、犯罪は、ダメだと思います。そのなくなった子が可哀相……」
ボソッとつぶやいた言葉を神津はしっかりと耳で拾いあげながら、そうだね。と呟き、とある廃マンションの前でバイクを止めた。
神津は、ここに明智がいると小林に伝える。どうして分かるのかと、小林が尋ねれば、途中まで明智のスマホに仕込んでおいたGPSがこの場所を示していたらしい。
「じゃあ、行ってくるね。とわ君」
「ま、待ってください。僕も一緒にいきます」
小林は、意を決したように神津の服を掴んだ。神津は、先ほど小林が明智が攫われたのは自分のせいだと責めていたことを思いだし、彼を宥めるように小林の頭を撫でた。
「ううん、ここからは危険だから。それに、ここで見張っててもらわなくちゃ」
「でも……」
「大丈夫。ちゃんと、春ちゃんは連れて帰ってくるし、勿論君の友達もね。そうだ、10分経っても出てこなかったらその携帯で警察に連絡入れてよ。今度は犯人を逃がさないように」
そう神津は小林に託し、それじゃあ。と廃ビルのマンションの中に消えていった。
残された小林は、携帯を握りしめて今度こそ、彼らの役に立とうとマンションを見上げた。