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「――つてぇ……」
頭が痛い……
ガンガンとする頭の痛みを感じながら俺は目を覚ました。
俺は何があったかを思い出し、慌てて飛び起きると辺りを見渡した。薄暗い室内には、家具や電化製品などはほとんどなく、コンクリートの壁がむき出しになっていた。
「はっ……こりゃまた……」
先ほど廃マンションの中で誘拐された一人の少女を見つけ、彼女の縄をほどこうとして背後から誰かに殴られ気を失っていたらしい。少女に気を取られて、潜んでいた奴に気づかなかったとは、警察時代の自分のスキルが大分落ちたなと実感させられる。
俺は一通り見える範囲を見渡し立ち上がろうとしたが、むき出しになった鉄骨に手を縛られていることに気がつき舌打ちをする。
「くっそ……マジかよ」
どうやら、逃がすつもりはないらしい。
大方、誰がこんなことをしたか予想はついたが、二年も前の復讐かとそいつの信念に少し感心する部分はあった。恨まれても仕方がないと、俺は乾いた笑いが漏れる。
すると、俺の独り言に反応したのか壊れた扉の向こうから一人の男が歩いてくるのが見えた。
「やっと起きたか。明智春」
「……はっ、矢っ張りお前かよ」
二年ぶりに聞く声に、俺は顔をしかめる。
昔より随分と低くなった声で男は、俺の名を呼んだ。その顔は、以前見た時よりも大人びていて、身長も伸びていた。だが、あの時よりも狂気が渦巻いた目をしており、見るに堪えなかった。
二年前、俺が逃した犯人によって妹を殺された|津梅優月《つばいゆづき》がそこに立っていた。
そして、彼は手に持っていたナイフをチラつかせて口を開いた。
(逆恨み……復讐。まあ、予想通りか)
「どうだ? 今の気持ちは」
「最悪だな。二年前の被害者が、犯罪者になっていることが」
そういえば、津梅の顔は酷く怒りを帯び歪んだ。
そうして、俺の方へずかずかと歩いてくるとその足で俺の顔面を蹴りあげた。突然の攻撃に、受け身が取れずに倒れ込む。鼻血が吹き出るのを感じると、それを拭おうにも手が縛られ、思うようにいかない。
「お前が、あの犯罪者を逃がさなければ俺の妹は死ななかったんだよ! お前のせいだ、お前のせいで!」
ガンッ、ガンッ……と何発も蹴られ、腹にその蹴りが直撃すると、俺はその場で口にたまっていた血を吐いた。津梅は、はあ、はあ……と息を荒げながら、俺を見下ろす。
「これだけじゃ、足りない。俺の妹の苦しみはこんなじゃなかった!」
津梅は、そう言って俺の太ももにナイフを突き立てた。痛みに、悲鳴をあげると津梅は満足したように笑う。
「痛いだろ、痛いだろう!?」
「ああ、痛えな。お前が」
「はあ?」
俺は、痛みに耐えながら津梅を睨みつけた。ピタリと、津梅の笑顔が固まる。
「こんなことをしても、お前の妹は悲しむだけだ。それに、お前がやっているのはただの犯罪だ。お前が、妹を失って悲しんだように、お前に子供を誘拐されて悲しんでいる家族がいる。お前がやっていることは、二年前の犯罪者と何も変わらない」
「…………」
「誘拐した、少女達は何処に隠した?」
俺の問いに、津梅は答えなかった。
ここで、踏みとどまってくれれば良いと思い言葉をかけたが果たして彼の心に響いただろうか。
話せば分かるなんて思っていない。現に二年前俺は此奴の妹を殺害し、自害した男を踏みとどまらせようと説得した。あの時はわかり合えたと思っていたのに、結局そいつは犯罪に走った。信じた俺も悪かった。その犯罪者には病気の娘がおり、その娘のためにお金が必要なのだといった。だが、そんな方法で稼いだお金で娘が喜ぶのかと彼を踏みとどまらせた。説得は成功したと思っていた。犯罪者でも話せば分かると。
けれど人は突然に冷静さを失うことがある。
俺は、あの時説得し自首を勧めるのではなく逮捕するのが正解だったのだろうか。
そうすれば、こいつ
「黙れ」
「恨みがあるのは俺だけだろ! 俺だけにしろ! 少女達を今すぐ解放しろ!」
「ダメだ。あの子達は、俺の妹の代りなんだ。俺の寂しさを埋めるためにはあの子達が必要なんだ」
「あの子達は、お前の寂しさを埋める道具じゃない。幾ら願っても、代りにはなれない。お前の妹はたった一人だっただろう!」
津梅は、俺の言葉に耳を傾ける気はないらしく、ナイフを振りかざすと俺の肩目掛けて振り下ろした。ブツリと肉が切れる音がすると、俺は声にならない叫びをあげた。
鮮血が散る。
それを見て津梅は、懐から拳銃を取りだした。それは俺が普段肌に離さず持ち歩いている拳銃だった。
(チッ……気絶している間に抜かれたか……)
確か弾が入っていたはずだと、俺は向けられた銃口を見て唇を噛み締めた。津梅はその引き金に指を掛ける。
「もっと痛めつけてやろうかと思ったが、お前を見ていると虫唾が走る。死ね、明智春」
「……ッ!」
バンッという発砲音と共に、倒れ込んだのは津梅だった。
一瞬何が起ったのか理解できず、倒れ気絶している津梅を見ていると奥の方からコツン、コツンと足音が聞えた。その独特な雰囲気と、気配に俺は心臓がギュッと捕まれるような感覚に陥る。闇の中から現われたのは一人の青黒い髪を持つ男だった。
「やあ、明智君。久しぶり」
そう言って笑ったそいつの顔からは全く感情が読み取れなかった。