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「マジすいやせんっしたー!!
ウチのボケどもがー!!」
ナッシュさんとクローザーさんとの『賭け』から
一週間後―――
公都『ヤマト』の冒険者ギルド支部に通された
短い赤髪をしたアラサーの男は……
応接室に入るなり、土下座さんばかりの勢いで
謝ってきた。
「落ち着いてください、アラウェンさん。
何があったんですか?」
同室には、短いグレーの髪に白髪交じりの
筋肉質の男と―――
同じく白髪交じりの、一回りくらい細い
アラフィフの男……
冒険者ギルド支部長と本部長もおり、
「あ~……
もしかして、ロバウム侯爵様と」
「クローザー・ナッシュの事か?
あの三人なら、別に公都で大人しく
しているが」
ライさんとジャンさんの言葉に、彼はガバッと
頭を上げて、
「へ!?
そ、それはどういう……」
そこに、同じくアラウェンさんが来るという事で
呼ばれていた、淡い紫色の短い髪の青年が、
「交渉で少し揉めましたが……
最終的に、ウィンベル王国の要請を陛下に
伝え―――
改めて使者を寄越す事で同意しました」
「まあ、国の重鎮がそうすんなりとは
落ち度を認められぬのは理解しておる。
いろいろと疑念もあったようじゃが、
それらはシン殿が晴らしてくれたでのう」
赤い長髪を持つワイバーンの女王が、
エンレイン王子様の隣りで補足して説明する。
「まあ話を聞いた時―――
当事者としちゃ」
「怒る以前に呆れましたけどね」
茶色の短髪の、細マッチョという感じの青年と、
さらにそれより細身の、珍しい青髪に細長い眼鏡を
かけた男性が会話に参加する。
「げ……!
まさか……
『対鏡』のノイクリフ……
『永氷』のグラキノス……!!」
「あ、お二人を知っておられるんですか?」
王子様の言葉にアラウェンさんはきょとんとして、
「ええと、魔族の事は殿下はもう知って
おられるッスよ?」
「この際、情報共有した方がいいかと。
どうでしょうか」
黒髪短髪に褐色肌の夫と、ライトグリーンの
ショートヘアを持つ眼鏡の妻が提案し―――
改めてアラウェンさんに事の顛末を説明する
事になった。
「マジすいやせんっしたー!!
ウチのボケどもがー!!」
一通り話を聞いたアラウェンさんは、
先ほどと同じように土下座する勢いで頭を下げる。
実は、諜報機関である彼の部隊は……
魔族が関わっている事をすでにつかんでおり、
ただその情報の扱いは慎重にならざるを得ず、
どう陛下に伝え、どのように動くか腐心していた
ところ―――
件の王都テロが発生。
王都の復興支援は元より被害状況、例の
魔力収奪装置の調査を行っている最中―――
ロバウム侯爵一行が先行して、ウィンベル王国へ
出発してしまった事を知らされる。
当然彼らは魔族の事を知らず、また向こう側には
ワイバーンやドラゴンが味方しているという事を、
懐疑的にとらえている者も多い。
下手に火に油を注ぐ対応をすれば……
魔族・ワイバーン・ドラゴン―――
その他亜人や他種族が敵に回る可能性がある。
何としてでもそれを回避するため、昼も夜も無く
駆けてきたのだが……
結論として『万能冒険者』がすでに、
『マルズ国の風雷』と呼ばれる、クローザー・
ナッシュによる『力試し』をクリアしていて、
今はロバウム侯爵らに『手土産』を持たせるため、
王都にいるラーシュ・ウィンベル陛下の裁可を
待ち、正式な書類を持たせるという理由で……
滞在してもらっている。
「まあ確かに魔族の公表は―――
魔王・マギア様と相談しつつ、慎重に
進めるという方向だ。
だからその件についての懸念は当然だし、
それに関しては咎める気はねぇよ」
「い、今のところ……
魔族の存在について知っているのは?」
本部長の言葉にアラウェンさんは聞き返し、
それに対し支部長が、
「この公都の住人―――
救出された獣人族の子供とその家族、
ウィンベル王国上層部……
ってところだな。
同盟交渉中のチエゴ国や、他国はまだ
知らないはずだ」
それを聞いた彼は黙り込む。
恐らく、頭の中では目まぐるしく今後の対応を
計算しているのだろうが。
「えーと……
また飲まず食わずで急いで来たんで
しょうから―――
何か料理を運ばせますので、
ひとまず休んでください」
「は、はい」
私がそう言うと、やっとアラウェンさんは
姿勢を崩し―――
もたれるようにしてソファに腰を落とした。
「っは~、生き返ります!
ていうかまた味付け変わりましたね!?
うどんも魚も肉も、全然違いますよ!」
当初、彼の胃の事も考えて……
まずおじや、それにうどんから食べさせたのだが、
大丈夫そうだったので、野菜や魚や肉を
『みりんもどき』で煮たもの、
また予め柔らかく茹でた食材を焼いて―――
醤油で味付けしたものも出してみた。
「かーっ!!
この酒精の強い酒がまた……!
前はバタバタしていて、ろくに料理も酒も
味わえませんでしたが―――
空きっ腹にこれは効くわ~」
緊張が解けてきたのか、段々と口調が元に戻って
きているようだが―――
何にせよ、元気になって何より。
「大豆から醤油という調味料が出来ましてね。
あと、お酒は新しく米から―――
それと従来のワインや蒸留酒でも、長く
寝かせると味が変わるんですよ」
「はー、そうなんですか」
木製のコップに入った透明な液体に彼は見入る。
「ちなみに、それを作ったのは魔族の方々です」
「んぐ」
私の説明に、アラウェンさんは動作を止めて
こちらに振り向く。
「人間にも作る事は出来ますが―――
結構時間がかかるんですよ。
下手したら年単位で……
これを短期間に大量に作る事が出来るのは、
今のところ魔族だけです」
すると彼は両目を閉じて、また思考を
巡らせる。
しばらくすると両目を見開き、こちらへ
視線を向け、
「……ちと詳しく聞かせてもらえませんか?
もしかしたら『使える』かも―――」
アラウェンさんの問いに―――
同室のメンバーが相談に乗り、意見を
出し合った。
「ふむ、なるほど……
ではその線で行くか」
「そうだな。
交渉材料……何より交渉可能な相手だと
わかってもらえりゃデカい」
小一時間後、意見はまとまり―――
ライさんとジャンさんが同意の声を上げる。
「ノイクリフ殿とグラキノス殿は」
魔族の2人に、諜報機関の隊長が声と視線を
向けると、
「問題ない」
「魔王様にはこちらから伝えておきます」
次いでレイド君とミリアさんが、
「確かに、ありゃ説得力があるッス」
「交渉材料としては十分かと」
それを聞いて、アラウェンさんは腰を上げ、
「じゃあ、これからその事をロバウム侯爵様へ……
『手土産』も有り難く使わせてもらいます」
「アラウェン隊長」
祖国の王族の言葉に、彼の動きが止まる。
「マルズで、私の処遇は何か……」
恐らく、その話題はなるべく避けようと
していたのだろう。
王子の質問に、アラウェンさんの視線が一瞬
下へと落ち―――
「殿下は今しばらく、公都に留まられた方が
よろしいかと。
侯爵様の言う通り、軽率な行動だと
責め立てる向きも若干おりますゆえ。
まぁ本音は―――
王都を守り切れなかった事に対する、
不満そらしと責任転嫁のためでしょうが」
彼の説明に、部屋中がため息で包まれる。
「まったくもう……!
いっその事、私が出向くか?
これではいつまで経っても―――」
「お、落ち着いてください、ヒミコさん。
それは私から話しますから」
私とアラウェンさんは顔を見合わせ、
「?? 話すって」
「何を、でしょうか」
エンレイン王子様は、室内を見回すと一息ついて、
「実は―――」
30分ほどして、公都『ヤマト』の西側、
富裕層の住む地区……
そこの高級宿が立ち並ぶ一角の、ひと際大きな
宿屋へ、アラウェンは向かっていた。
「隊長!」
「アラウェン隊長、いかがでしたか?」
歴戦の猛者といった風貌の、多少白髪が混じった
灰色の短髪をしたアラフォーの男と、
薄茶のショートヘアーをした、まだ10代後半と
思われる女性が、上司である彼を呼び止める。
「おう、フーバー、ルフィタ。
最悪の状況は回避出来たぜ。
少なくともマルズ国始め、連邦に敵対意思は
無いと認めてもらった」
上司の言葉に、部下たちはホッと胸をなでおろす。
「よ、良かった……!」
「……しかし隊長、その手荷物は何です?」
ルフィタの問いには答えず、アラウェンは
そのまま話を続け、
「その代わり、ちと何つーか……
情報が多過ぎて処理が追い付かねえ。
いったんどこかで落ち着いて話してから、
ロバウム侯爵様のところへ向かうぞ」
その言葉に二人はうなずき―――
彼の後をついていった。
「アラウェンですか。
今回の事について―――
申し開きに来たのですかな?」
チョビひげのアラフィフの男は、丁寧な言葉遣いで
諜報部隊の三人を迎え入れるも―――
その白く薄くなった頭髪をなでながら、直球で
責任を問いかける。
アラウェンとロバウム侯爵は座って向かい合い、
隊長の背後にはフーバーとルフィタが、
侯爵の背後にはスキンヘッドの、仏教の修行僧の
ような二人が立っていた。
「そンな事言われましてもねぇ~。
こっちもいろいろ大変だったんですよ?
ロクに事情も知らないクセに、勝手に首突っ込む
方がいらっしゃると、どんだけその後始末に手間が
かかるか。
侯爵様ならよーくご存知じゃないですかねえ?」
ヘラヘラと返す彼にロバウム侯爵はため息をつき、
「ワタシの事を言っているのですか?
それは見当違いというものです。
確かにあちらの不興を買ったかも知れませんが、
目的の一つである―――
『万能冒険者』の実力を測る事。
これは達成されています。
ワイバーンやドラゴンの事も、まだ半信半疑の
者も多い。
ワタシの立場で報告すれば、信じないわけには
いかないでしょう」
「……まあ、そうですねぇ」
ヘラヘラした表情のまま、彼の心中は
穏やかではなく……
(本当はマルズまでの領土侵犯をウィンベル王国の
落ち度として責め立てる事で―――
今回の件を相殺しに来たクセに……!
それが失敗したのを逆手に取って、
自分の手柄にしやがるかあ……
ホント、食えないオッサンだぜ)
アラウェンは侯爵の狙いを推測したものの、
それを口には出せず、話を続ける。
「それなら一つ―――
付け加えて頂きたい事があるんですが、
構いませんかね?
侯爵様のお墨付きとあれば、誰もが納得
するかと」
「ふむ?
何か新しい情報でも入ったのですか?」
その質問に対し、彼はテーブルの上に
いくつかのビンを置く。
「これは何でしょうか?」
「公都滞在中に、いくつかはすでに食されたと
思いますが―――
こちらは醤油、こちらは米の酒……
あと、ワインを1年ほど保存させたものと、
同じように各種蒸留酒を保存したものです」
ロバウム侯爵はそれを手に取って、
「ほう、これが……
確かにどれも美味しいものでした。
ですが現物があるのに、どうしてワタシの
お墨付きが必要なのです?」
アラウェンの意図が読めず―――
彼は問い質す。
「実はですね、これらは……
魔族が作ったものだそうです」
すると、侯爵様は元より後ろにいたクローザー・
ナッシュが身構える。
「ま、魔族……ですと!?
ま、待ちなさい!
つまりウィンベル王国は、魔族と交易して
これらを手に入れているのですか?」
「交易……というほどのものではありませんが、
そもそもこれらの作り方は、ウィンベル王国の
者が魔族に教えたそうです。
ただ人間が作る場合は、1・2年ほど
かかるとか。
魔族はそれを短期間で作り上げる事に成功
したんだそうで。
いわば技術供与の見返りとして、これらを
大量に安価に提供する……
そんな提携関係だと思われます」
彼とウィンベル王国が話し合い、合意した方針。
それは―――
魔族の存在を知らせると同時に、
・彼らとは交渉可能である。
・彼らは人間と同じように、食や酒を愉しむために
作る文化がある。
・それらの交易や提携を結ぶ事が出来る。
という事実を提示する事だった。
「公都の住人から確認したのですが……
魔族たちはあの『誘導飛翔体』の件で使われた、
獣人族の子供たちの救出に協力したそうです」
「ですので、住人たちの間では魔族は決して
恐れられている存在ではありません」
フーバーは事実を、ルフィタは後に続く
『むしろ非難の目は、獣人族の子供たちを
あんな目に遭わせた者に向けられています』
という言葉を飲み込む。
侯爵は一つのビンを手に取りながら、
「うむむむ……
これだけの物を作る事が出来るので
あれば―――
し、しかし魔族はかつて、人間の国の
連合軍と争ったというではありませんか」
さすがに元帝国であったマルズ国は、歴史や
文明などの知識も蓄えており―――
それなりに身分の高い者は、事実としてそれを
認識していた。
「それについてはですね。
もう三百年も前の事、当時存在していた国も
ほとんど無く―――
今の人間族国家に対して思うところは無い、
との事です。
第一、未だに人間を敵視しているのなら、
この公都が無事であるはずがないでしょう」
「それは……そうかも知れませんが」
彼は国の重鎮として―――
メリット・デメリット、また公表による
余波・影響を考えているのだろう。
ここでもう一押しとアラウェンは口を開き、
「これは魔族の方々からの申し出なのですが……
もし、マルズ国始め新生『アノーミア』連邦に
友好的な意図を伝えてもらえるのであれば―――
それにかかる経費として、さらにここにある物を
大量に用意させて頂くと。
今、その量産に入っているとの事ですが、
断っちゃいますか?」
醤油や各種の酒を大量に用意しているのは事実で、
それは元々、魔族に対する警戒心を和らげるため、
マルズ国の使者に持ち帰ってもらう予定であった。
魔王マギア・ライオネル殿下・ジャンドゥ・シン、
他各メンバーと話し合って進められていたが―――
アラウェンはそれを聞いて、利用させてもらう事に
同意を取っていたのである。
ロバウム侯爵は目を丸く見開き、
「そ、そこまで言われるのであれば……
わかりました。
ウィンベル王国陛下の書面も待たなければ
なりませんし―――
それらを受け取るまで、滞在する事に
しましょう」
ここでようやく室内がホッとした雰囲気に
包まれる。
諜報部隊の隊長としての話はこれで終わりで
あったが―――
もう一つ、彼は話を切り出した。
「あと、これは僭越ですがねえ。
エンレイン殿下はどうなるんで?」
そこでまた、室内に緊張が走る。
「……陛下を始め、第九王子の暴走については
批判的な意見が多くあります。
まさかウィンベル王国も魔族も―――
内政干渉まではしないでしょう。
あったとしても、許される事ではありません。
エンレイン王子様の処分は、後に国内で
裁かれると思います」
『国内の事ゆえ口を出すな』―――
侯爵の言い分は正論であり正当であった。
諜報部隊の部下二人は、話の成り行きを
ハラハラしながら見守っていたが、
「いや、魔族もウィンベル王国も、
さすがにそこまで口は出さないでしょ。
ただ殿下は、なーんか気に入られている
みたいでしてねえ」
隊長の言葉に、ロバウム侯爵は眉間にシワを寄せ
「気に入られているとは……
魔族やここの住人に、ですか?」
「ヒミコ様に―――
あ、ワイバーンの女王様の名前です。
確か交渉時に会っておりますよね?」
それを聞いた侯爵は、ひっくり返るような
勢いでソファの背もたれに背中を打ち付ける。
「は? え?
た、確かに親しそうにはしておりましたが……
どど、どうしてそのような事に!?」
戸惑う彼を前に、アラウェンはポリポリと
頭をかいて、
「あー、例の『誘導飛翔体』なんですけどね。
これまでの発射実験で、いくつかワイバーンの
住処に撃ち込まれていたようなんですよ。
そこに当事国の王族が現れたもんで、
責任について問い質されたところ―――
殿下は『我が身でよければ』と自分を
差し出そうとしたんです。
私もその時に同席していたんで……
いやーありゃ驚きました」
「なな、何という事を……
そ、それで!?」
先を促すロバウム侯爵に対し、彼は続けて
「それをヒミコ様は『王の器なり』と―――
いたく感嘆されましてねえ。
魔族も同席していたんですが、殿下の事を
称賛しておりました」
侯爵は頭の中で情報を整理する。
自分は正式な使者ではあったが―――
その実、賠償を最小限、出来ればうやむやにする
目的で公都『ヤマト』まで来たのだ。
ワイバーンの女王、ヒミコも同席している中で……
彼女が自分にどのような印象を抱いたかは明らか。
一方、エンレイン殿下は―――
ワイバーンの女王、そして魔族のマルズ国および
連邦の印象改善に貢献し、信頼を勝ち得た。
その殿下を罰したらどうなるか?
頭の中で予測する中、さらにアラウェンから、
「それでまあ―――
ヒミコ様から、『是非私を娶って欲しい』と
懇願されているようです。
殿下もまんざらではないようで、どこに行くにも
夫婦のように一緒にいるんですよ。
あ、後ですね。
『ヒミコ』というのはどうも『万能冒険者』に
つけてもらった名前らしく―――
その『万能冒険者』の妻であるドラゴン、
アルテリーゼさんとも仲が良いそうで」
「そ、そうですか」
適当に相槌を打つが、すでに彼の頭の中は
最悪のシミュレーションが計算し続けられ、
「あー、それと……
そのアルテリーゼさんから聞いたんですけど。
チエゴ国で獣人族とフェンリルの婚約発表が
あったでしょ?
あのフェンリルってアルテリーゼさんと
ヒミコさんの知り合いらしいんですよ。
いやあ、世の中って狭いモンだなあと」
それに対する返答は無く、もはやロバウム侯爵の
頭の中は、絶望と混乱で埋め尽くされていた。
今回の件―――
エンレイン王子の失態も、自分の交渉失敗の
言い訳として利用しようとしていたのに……
そんな事はもはや不可能だ。
ワイバーンの女王が結婚を希望している。
彼女・ヒミコの率いるワイバーンは、300体と
聞いている。
しかも魔族の評価も高い。
さらにヒミコが『万能冒険者』の妻と懇意という
事は、夫の方も当然無視出来なくなる。
その『万能冒険者』の実力は―――
この目に焼き付いており、
その上フェンリルまでつながっているとなれば……
「殿下の件、慎重に案じるよう陛下に
具申します。
……まさか、こんな重責を背負うような事に
なるとは」
「頑張ってください。
マルズ国の、新生『アノーミア』連邦の
未来は、ロバウム侯爵様にかかってますから!
……割とマジで」
最後の軽口には本気が感じられ―――
それを咎める気力も侯爵には無く、
「しかし……
貴族や陛下はワタシの方で何とかなりますが。
そちらの、もう『一派』の方は」
今度はアラウェンが疲れた表情を全面に押し出し、
「そうなんですよねえ……
破壊・誘拐・暗殺・裏切り工作―――
ぶっ壊しを主にやる連中。
まーこっちも上を説得してみます。
いくら何でも命令があれば逆らわないかと」
対面の諜報部隊の隊長が頭を下げると、それに
後ろの二人も続き―――
それを見て侯爵は報告を終了させた。
「では、行ってきます」
アラウェンが侯爵に御目通りした翌朝―――
公都『ヤマト』の広場で一人の少女が、やや
小さめのワイバーンに乗って手を振っていた。
「頑張ってね、ムサシ!」
「まず母親を説得しろ!
そうすりゃ後はどうとでもなる!!」
様々な色の―――
一枚布をワンピースのように着込んだ一家が、
彼女たちに向かって声をかける。
ワイバーンに乗っているのは―――
パープルの長いウェービーヘアーを持つ、
チエゴ国からの留学生、アンナ・ミエリツィア
伯爵令嬢だ。
そして彼女が乗っているワイバーンがムサシ君で、
人間の姿の一家が揃って見送りに来ていた。
「アンナ様、僕たちの事も報告よろしく
お願いします」
赤髪の狐耳と尻尾の獣人族、イリス君も
留学生代表として手を振る。
もちろん彼女たちだけで行くのではなく、
ワイバーン騎士隊の一人が先導する形だ。
そしてそれを―――
他の留学生たちが、うらやましそうな目で
眺めていた。
「落ち着いたら、一度アルテリーゼと
シャンタルさんで全員送りましょう。
ただ今回は急を要しますので」
私の言葉を聞いて、彼らの表情が明るくなる。
今回の件―――
特に獣人族や魔狼の崇拝対象であるフェンリルの
ルクレセントさんに、早く報告する必要があった。
そこで、現状で分かり得るだけの情報を持たせ、
アンナ嬢に一時帰国してもらう事にしたのだ。
同時に、留学組の途中経過と……
ムサシ君とアンナ嬢の『関係』を認めてもらう事も
兼ねている。
やがて、騎士団が空へ舞い上がると、それに続いて
『二人』もまた上空へと羽ばたき―――
あっという間に見えなくなった。
「お、シン。お疲れー」
「見送りは終わったかの?」
同じ黒髪の―――
セミロングとロングの妻二人が私を出迎える。
ここは、屋敷兼研究施設兼病院の、パック夫妻の
家だ。
マルズ国の使者であるロバウム侯爵に、
持ち帰ってもらう『お土産』の量産のため―――
オルディラさんに醤油やお酒を作ってもらって
いるので、その労いと様子見に訪れたのだが、
「うん。ところで……
調子はどうだろうか?」
すると、ロングの銀髪とさらに白い髪をなびかせた
夫妻が姿を現し、
「想像以上に順調です」
「ただ、発酵促進が出来るのはオルディラさん1人
ですので、その範囲内でですが」
私は二人に一礼すると、周囲を見渡し、
「オルディラさんは大丈夫でしょうか」
以前、発酵食品を作る注意点として、
『納豆菌はとても強いので、発酵作業する期間は
近付くのも厳禁です』と伝えたところ―――
この世の終わりが来たかのような表情をしたので、
心配していたのだが……
「それがですね……」
「見てもらった方が早いんじゃない?
パック君」
シャンタルさんの言葉に、妻と三人で顔を
見合わせると―――
『作業場』へと向かう事になった。
「おお、シン殿ですか!
作業は順調に進んでおりますよ」
とある一室に入ると、ナースキャップに白い
マスクのような物を付けた女性がこちらへ
振り向く。
その濃い褐色肌とは対照的な、輝くほどの
白い髪を持つ―――
オルディラさんその人だ。
今は蒸留酒を詰めてある各種の樽に、自分の
魔法で『発酵』を加速させているようだが……
「ええと、お疲れ様ですオルディラさん。
作業の間、納豆は禁止してもらってますけど、
大丈夫ですか?」
元気そうなので心配は無いと思うが、
一応聞いてみる。
「え? 毎日食べてますけど?
アレが無ければ一日が始まりませんし」
「え”」
いやいやいや!?
お酒だろうが醤油だろうが、それじゃとんでもない
事になって……!
焦る私の肩を、パックさんがポン、と叩き、
「それが―――
確かに最初の数回ほど失敗したのですが、
そこからは」
私は彼から彼女の方へ視線を戻すと、
オルディラさんは胸を張って、
「実はですね……!
納豆を食べながらでも、ちゃんとそれぞれ
きちんと発酵出来るようになったんです!」
何を言っているのか理解出来ないでいると、
今度はシャンタルさんが、
「どうもその、発酵にはそれぞれ適した菌が
あるとの事でしたが―――
オルディラさんの『発酵』は、その菌を
特定して出来るようになったみたいで」
「つまり……
特定の菌の繁殖を加速させるのと同時に、
また抑制する事も可能になったのでは、と。
そうでなければ説明出来ません」
それを聞いてポカンとしている私に、
オルディラさんはガッツポーズのような
姿勢を決めて、
「つまりこれで、納豆を食べても何の問題も
無いというわけです!
何人たりともわたくしと納豆の絆を
引き離す事は出来ぬ……!!」
何で最後の方だけ魔王風なんだ。
いや確かにすごい事なんだけれども。
「まあいいんじゃない?
好きな物食べながら好きな事出来てー」
「そうじゃのう。
当人が良ければそれが一番じゃ」
そこで話は一段落し―――
私たちはひとまず、別室で話をする事になった。
「……という事で、アラウェンさんの話では
説得に成功したそうです。
魔族についても―――
現物を見せれば、交易や商取引きからまず
考えるでしょうと」
遅めの昼食を取りながら、私たちはマルズ国の
使者・ロバウム侯爵とアラウェンさんの話し合いで
決まった内容を共有する。
「しかし、またシンさんは新しい料理を
作ったんですか」
「シンさんのいた地球は―――
よっぽど食生活が豊かだったんですね」
パック夫妻が食べながら新料理を称賛する。
全員で食べているのは……
パスタにひき肉入りのトマトソースをかけた、
スパゲティだ。
これは偶然というか怪我の功名というか……
獣人族の子供たちや家族に何をご馳走したら
いいか、考えながら料理していたのだが―――
卵と小麦粉を練っていたところに、誤って
油を混ぜてしまったのである。
ただ匂いをかいだ時、地球でよく似た香りで
ある事に気付き、そのままうどんのように
ある程度放置して寝かせ、
麺のように細く切って茹で、ミートソースを
かけて完成した。
考えてみれば、この世界の油は基本植物性で
あり……
それがオリーブオイルの代用品となって、
パスタに近い物を作る事が出来たのだろう。
「美味しいです!
これ、納豆にも合いますかね!?」
オルディラさんがいきなり納豆に合わせようと
して、周囲が微妙な顔になるが、
「納豆パスタって地球ではありましたよ。
まあそれも人を選ぶ料理ですが―――」
「マジか」
「シン~、あまり火に油を注ぐのは」
私はメルとアルテリーゼに言われ、うかつな
答えだったと気付いた時には―――
とてもいい笑顔のオルディラさんがいた。
「しかし、繁殖・加速させる菌の特定ですか。
どうやってそれが可能に?」
「根性……ですかね」
魔法に根性ってあーた。
ダブルでオルディラさんの答えに悩む。
そこでパックさんが食事の手を止めて、
「これは推測ですが……
理解の度合いによるものではないかと」
「と言いますと?」
私が聞き返すと、
「例えばお酒ですけど、今までの私たちは
『ブドウを皮ごと潰して時間が経てば』、
『麦の乾燥した粉で作ったパンを水に
漬けておけば』、
それがお酒になる、という感覚しか
ありませんでした。
それがシンさんの知識によって―――
デンプンをブドウ糖に変え、アルコールを
発酵させるという『仕組み』を知ったのです」
続けてシャンタルさんが、
「治療についてもそうです。
心臓や肺、内臓の位置や役目なんて漠然としか
知りませんでしたが……
それを正確に知る事により、効率良く
『治癒魔法』を使う事が出来るように
なってきています」
夫妻の言葉に私はうなずき、
「なるほど……
私からすれば、魔法が使えるだけでも
すごい事なんですけど。
そこに、さらに知識や仕組みを理解する事で、
効果が上がったという事ですか」
妻二人もフォークの先を宙で回しながら、
「確かにそうかも。
『こうすればこうなる』って事を知っていれば、
そこから先はあまり調べようとはしないもん」
「ラッチの熱射病の時もそうじゃったなあ。
体が小さければすぐ熱が体中に回る―――
考えてみれば当然なのじゃが……
自分の子供の時すら、必要なくなれば
忘れているものだしのう」
(14話 はじめての ねっちゅうしょう参照)
それに加えて、この世界は基本的に秘密主義だ。
誰が苦労して研究・試行錯誤して手に入れた技術や
知識を、広げようとするだろうか。
ましてや魔法前提主義の価値観では―――
余計にその傾向は強いのだろう。
「あとはアラウェンさんから、まだ納得しない
勢力が連邦にいるかも知れないので、一応警戒
しておいてとの事です」
私は一息ついて話を元に戻す。
「お土産作りは、問題無い事がわかりました。
今のところそれを最優先でお願いします。
他、頼んでいた研究や検証はいったん
後回しという事で……」
そこで全員、食事を再開しながら、
「あ、一応パンに使う酵母作りは一段落
してますよ」
「あとシンさんの言っていた……
感染を防ぐ効果のある物質でしたっけ?
それもいくつか候補が出てきてますので―――」
話の流れで、パック夫妻の研究過程の情報共有と
なり、食べながら会話は続けられた。