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「フーバーさん?」
アラウェンさんが公都『ヤマト』へ来てから
一週間ほどして……
私の屋敷へ複数の訪問者がやって来た。
玄関で出迎えてみると―――
一人は、白髪の混じった灰色の髪を持つ、
歴戦の戦士といった風貌の男と、
もう一人は女性で、薄茶のショートヘアーをした
まだ十代後半くらいと思える人。
ルフィタさんだ。
そしてその背後に―――
5、6人ほどの獣人族の男女がいた。
「確かフーバーさんとルフィタさんだよね。
何かあったの?」
「何か用か?
それとも頼み事かの?」
「ピュイッ?」
黒髪セミロングとロングの妻二人は、
フーバーさんとルフィタさん、両方に面識があり、
彼らに問い質す。
まずはアラウェンさんの部下の男性が頭を下げ、
「あの、相談と申しますか。
聞いて頂きたい事がありまして」
「ど、どうかよろしくお願いしますっ!」
二人が頭を下げると、その後ろの獣人族たちも
一斉に同じ動きをして、
「あの、とにかく座って話しましょう。
お話はあちらで」
そこで私たちは玄関から、リビングへ
場所を移す事にした。
「え!? 調味料が?」
「は、はい。以前、シン殿に―――
『何か望みの品はありませんか?』と聞いた
ところ、他国の料理や調味料と言われた事が
ありましたので」
フーバーさんに対し、確かにそう言った事が
あるけど……
(105話
はじめての れきしかくにん(まるずていこく)
参照)
「ですが、新生『アノーミア』連邦でも……
あったとしても、門外不出にしている事が
多く―――
また、シン殿が作られた以上のものが、
そうそうあるとも思えません。
その事を獣人族の方々に話したところ、
自分たちの物で良ければ、と申し出て
くれたんです」
以前、児童預かり所の子供たちや留学組を
受け入れた事があり―――
リビングには大勢座れる長テーブルが用意
されていて、そこに着席して話を続ける。
そして、その中でもひと際大きな―――
体格の割に耳が小さめに思える、太った
獣人族の男性が片手を上げ、
「お、俺は新生『アノーミア』連邦の、
グリーズ国の獣人族、ボーロっていいます。
そんで、娘たちの命の恩人、フーバーさんたちが
何やら探しているって聞いたんで―――
お力になれればと」
およそ2メートル近くはあるだろう、その身長の
体から、おどおどとした声で彼は話す。
ブラウンの短髪に丸っこい巨体……
熊系の獣人族なのかな? と思っていると、
「……我々は、祖国の不始末のために
動いただけに過ぎません。
感謝ならば、それこそシン殿に」
「あ、あのそれでボーロさん。
その調味料というのは」
アラウェンさんの部下の男女が先を促す。
「多分、ここらでも手に入ると思いますだ。
それで、調達したいので冒険者たちに護衛を
頼めればと」
ふむふむ、と私はうなずき―――
続けてフーバーさんから、
「こちらではシン殿の望む物は用意出来なかった
ので、代わりと言っては何ですが」
「それと、獣人族の方々からも―――
シン殿にお願いがあると」
「お願い?」
私が聞き返すと、ボーロさんを中心に獣人族の
人たちがざわめき―――
その中で代表のように彼が、
「お、お願いですだシンさん!
どうか俺たちを、この公都『ヤマト』に
住まわせてもらえねぇべか!?
全員が無理なら、せめて妻と子供だけでも」
突然の申し出に面食らい、そんな私を見て
妻二人が代わりに、
「移住したいって事?
そりゃ問題ないと思うけど」
「ただシンは別に公都長というわけでも無いし、
そなたらは他国の者じゃろ?
頼む人間を間違っておるというか」
「ピュウ」
そこでフーバーさんたちが割って入り、
「それは承知しております。
ええと、彼らが言いたいのは―――
シン殿の後押しがあれば、と」
「今公都にいるロバウム侯爵様にも一言、
その事を言って頂ければ」
あー、そういう事ならわからなくもない。
「事情はわかりました。
それならお引き受けしますよ。
ですが、あの……
その調味料とやらは獣人族の秘伝とか秘密では
ないのですか?
もしそうでしたら無理にとは言いませんし、
侯爵様への口利きなら関係無くしますけど」
私の言葉を聞いた獣人族は、ボーロさんを中心に
目を白黒させていたが、
「べ、別に秘伝とかそんなたいそうな物じゃ
ないですだ。
ただ故郷の味とか、そんくらいのものだと
思って頂ければ」
地元独自のものとかそんな感じかな?
日本でもしょっつるとか山椒とか、調味料の種類は
あるし―――
「わかりました。
週2回くらいの割合で、魔物鳥『プルラン』の
生息地の見回りと狩りを行っておりますので、
その時に同行しながら―――
というのはどうでしょうか」
その提案に、彼らは交互に顔を見合わせ、
「明日あるよね」
「で、どうかの?」
「ピュ?」
メルとアルテリーゼからも質問され、
「で、ではそれでお願いしますだ」
ボーロさんの同意が取れた事でホッとしたのか、
フーバーさんとルフィタさんも頭を下げ―――
そこでいったん話し合いは終了した。
「獣人族の家族が?
まあいいんじゃないか?」
冒険者ギルドの支部長室で―――
グレーの白髪交じりの短髪の中年男性が、
書類仕事をしながら返してきた。
「ざっと4、50人ってところか。
この前の傭兵といい、一気に増えるが……
また開拓地を増やさなけりゃならんかもなあ」
同じく白髪交じりの、アラフィフの筋肉質の
男性が事もなげに追認する。
フーバーさんとルフィタさん、そして獣人族の
方々との話し合いを一応報告しようと―――
ギルド支部まで来てライさんとジャンさんに、
説明したのだが、何というか反応が薄かった。
「い、いいんでしょうか。
そんなあっさりと」
すると、秘書風の眼鏡をかけた、ライトグリーンの
ショートヘアーの女性が、
「ある程度想定済みでしたからね。
それに、受け入れる利益というか、利点も
ありますし」
「?? 何かあるッスか?」
褐色肌の黒の短髪の夫が、妻に聞き返す。
「だって、魔狼やワイバーンの通訳が
増えるじゃない」
レイド君に対するミリアさんの答えに、
あー、と私もその事に気付く。
公都の獣人族は、留学組のイリス君と―――
後から来たゼンガーさん、ミーオさんだけで、
絶対数が不足していたのだ。
今はワイバーンも人間の姿になれるが、それでも
全員というわけではなく、チエゴ国には変わらず
追加要請を出していた。
「まあ、そのために呼んだわけじゃねぇが、
嬉しい誤算ってところだな」
「しかし、嫁さんの方が先に気付くとはよ。
お前の跡継ぎはまだまだだなあ」
本部長が支部長越しに、次期ギルド支部長に
注意する。
「しかし、獣人族の調味料、か。
何が出てくるか興味があるな」
「そ、そうッスねえ。
とはいえ―――
フーバーさんの言う通り、シンさんの食事に
慣れている公都じゃ、キツくないッスか?」
一通り出揃った感はあるからなあ。
とはいえ、レパートリーが増える期待は大きい。
「ですが、フーバーさんの話によるとやはりと
言いますか―――
秘伝や門外不出にしているところも多いよう
なんですよ。
なので、提供してもらえるだけでも本当に
助かります」
私の話を聞きながらもライさんが中心となって、
書類が次から次へと片付けられていく。
一応、ロバウム侯爵様にはウィンベル王国の
請求を持たせる事にしているし―――
事細かな文言や礼式などに頭を痛めながらの
作業だろうな……
「えーと……
もし何か新しい料理が出来ましたら、
真っ先にこちらへ」
すると室内の4人は一斉に視線をこちらへ
向けて、
「頼むぜ。
それくらいの楽しみが無けりゃ、
やっていけねーよ」
「そうだなあ。
そういう役得でもねーとな」
ライさんとジャンさんは笑いながら、
次いでレイド君とミリアさんが、
「期待してるッスよ、シンさん!」
「出来れば肉がいいです、肉!」
この中で唯一の女性の要望を聞いた私は苦笑し、
そして翌日、『プルラン』生息地の見回りを
待って―――
宿屋『クラン』でその調味料を見せてもらう
段取りになった。
「おお、これがですか」
「そ、そうですだ。
これが俺たち獣人族が、地元でよく使って
いる、味付けに使うものです。
全部ではないですが、だいたいは採取出来て
良かったですだ」
『プルラン』の見回りに同行して帰ってきた
獣人族の方々が持ち帰った物を見せてもらい、
それを前に私は理解に努める。
一つは―――
いわゆる唐辛子のような、赤い房状のもの。
私はそれをつまむと、
「これは、辛いヤツですよね?」
「知ってるだべか!
さすが『万能冒険者』様、いろいろな
料理を作っているだけありますだ」
辛み系の調味料はほとんど無かったので、
これは有り難い。
もしかしたら、担々麺のようなラーメンが
出来るかもと期待してしまう。
他、ショウガのようなものや何かの種、
豆のようなもの、他にもいくつかあったが……
そのどれもから強烈な香りがしていた。
「いえ、知っているのはこれだけです。
他は見た事もありません」
ボーロさんに話すと、ホッとしたような
表情になる。
これらは多分香辛料の類だろうが―――
『知っている』なんて言った日には、彼らの
立場は無いだろう。
うかつに答えた事を反省し、次の質問に移る。
「それで、どのように使うのですか?」
「たいていは潰して使いますだ。
それらを湯に混ぜ、それぞれ異なった量を
組み合わせる事でスープみたいになります」
それを見ていたメルとアルテリーゼも、
「シンでも知らない食材なんだー」
「面白いものよのう」
二人に続いて、赤毛の髪を後ろにまとめた、
猫耳の獣人族の女性が、嗅ぐようにしてそれに
顔を近付ける。
「しかし、すごい匂いですね……
同じ獣人族の貴方が、これを?」
「耐えられないほどじゃないが、目と鼻に
くるぜ……!」
妹に続いて、彼女と同じ赤毛を肩まで伸ばした
兄が、鼻をつまみながら話す。
納豆で逃げ出すくらい、獣人族の人は鼻が敏感だ。
ミーオさん・ゼンガーさんの疑問にボーロさんは、
「もちろん、これだけで使う事はないだよ。
どちらかと言えば、匂い消しのためだべ」
「まあとにかく―――
一度作ってもらえばいいんじゃないのかい?」
40代くらいの、後ろで髪をまとめた女性、
この宿屋『クラン』の女将が話をいったん
区切り、その方針でいく事になった。
「うっわ、辛そー!」
「嫌な匂いではないが、強烈だのう」
10分ほどして、一通り出来上がったスープを、
ボーロさんが味見する。
私も小皿に取って、その赤茶の液体をすすり、
「けっこうな辛みがありますね。
でも辛いだけではなく、複雑な後味です」
「本来は、肉や野菜を茹でたスープにこれを
入れるだよ。
これがあれば、たいていの生ぐささや
嫌な匂いは消えてくれるべ」
しかし、私の味覚だと―――
唐辛子の辛さが9割で、他が何とか味を和らげて
いる感じだ。
「確かに、これなら生肉さえこの匂いに負けそう」
「ていうか、それ以外の匂いがしねえ」
獣人族の兄妹が、率直な感想を口にする。
「……待てよ。
クレアージュさん、他に野菜ってあります?」
「そりゃあね。
ここは今、公都でも食材が一番揃っている
店だし」
私は彼女に頼んで、パスタやハンバーグの時と
同じように……
トマトソースのようなものを作る事にし、
さらに予めあった、以前作成に成功した
ブルドッ〇ソースもどきを用意。
「メル、アルテリーゼ。
他の料理人のみなさんも―――
肉野菜を炒めてもらえませんか?」
「お、何か考えついた?」
「やってみようぞ」
そこで私は、ボーロさんが作ってくれたスープを
ベースに―――
ある料理に近付けるため、思考錯誤する事に
なった。
当日―――
冒険者ギルド支部では、遅くまで作業に追われる
四人の姿があった。
時刻にして21時くらい。
しかし、基本的に日の出と共に働き、暮れと共に
休むのが一般的なこの世界では相当キツい時間でも
あり……
軽食等で誤魔化していたものの、ライオットを
始めとして、ジャンドゥ、レイド、ミリアは
疲労困憊の極みにあった。
「くそ、いくらワイバーンがいるとはいえ、
引っ切り無しに書類寄越すんじゃねえよ……」
「いくら何でも、もう来ねぇだろ……
そうだと言ってくれ」
本部長と支部長がグチのようにうめき、
「何なんスかねえ、もう……
これを機に強行に要求を飲ませろだの
何だのと……」
「そんなに言うなら、こっちに来て直接
交渉すればいいのに……」
レイド夫妻もそのグチに続く。
王都から運ばれる書類は、何も王族から
だけではなく―――
それなりに有力な貴族のものもあり、
『平民』という事になっているライオネルは、
無視する事も出来ず、それに対する返信と、
またそれらを全て写して陛下に届ける、という
作業にも追われていた。
最も真に有力な貴族の場合は、ライオネルの
正体は前国王の兄だと知っており……
存在感を示そうとして、却って失敗している
事になるのだが。
「ん?」
「お?」
「あれ?」
「これは……」
四人はほぼ同時に手を止めて周囲を見渡す。
しかしそれは目に見えるものではなく―――
「何だ、この匂いは」
「匂いだけで食欲が増すような」
アラフィフ・アラフォーの外見の男二人の後に、
「これは、間違いなく美味しい匂いッス!」
「でも何かしら。
ソースでも醤油でもない、それでいて
強烈な……!」
若い男女も自然と、支部長室の扉に注目する。
そしてゆっくりとその扉が開かれ―――
「お待たせしました!」
「新作料理、出来立てのホヤホヤ、
お持ちしましたー!」
「お代わりする分もあるぞ」
「ピュ!」
私は家族と一緒に、冒険者ギルド支部へ、
夕方の約束通りに『新作料理』を運び入れた。
「うまっ! 辛っ!
何コレ本当にうまっ!!」
「いや何スかコレ!
いくらでも腹に入るッス!!」
レイド君とミリアさんが、かっこむように
皿に盛られたそれを食す。
「ガツンと来るな、コレ!」
「疲れが吹き飛ぶようだぜ……!」
ライさんとジャンさんも、次々とスプーンで
それを口に運ぶ。
「これもシンさんの世界にあった料理ッスか?」
「似たような料理に、味付けを近付けたものです。
獣人族のボーロさんが香辛料っぽいものを
使った料理を作ってくれましたので、
それを利用させてもらいました」
そう、これは地球でも日本でもポピュラーな料理、
『カレー』を模したものだ。
ボーロさんが『生臭さや嫌な匂いを消す』と
言っていた通り、食材の味を相当な強烈さで
上書きする。
彼が作ったスープは辛みが中心だったので、
唐辛子の量を減らし……
肉野菜を炒めた後、水と少しとろみをつけるために
小麦粉を投入。
そこで香辛料を混ぜて作られた粉を入れ、
その後にトマトソースやブ〇ドッグソースもどきで
味を調整。
『カレー』に限りなく近い料理が完成したのだ。
一通り平らげると、彼らは一息つき―――
「もう最高ッスよ!」
「お代わりあるんですよね!?」
レイド君とミリアさんの言葉に―――
私を含む家族はニヤリ、と笑い、
「では……」
「これを……」
「食してもらおうかのう……?」
「ピュ~……」
そして家族と合わせながら―――
まず皿に白米を載せる。
しかしすぐにカレーはかけず、ある食材を
ご飯の上に載せていく。
「オイ……」
「まさかそれは……!?」
本部長と支部長が見ている前で―――
私とメル、アルテリーゼは、ハンバーグを
半分にしたものと、チキンカツを三切れ、
そして唐揚げを二個、それぞれのご飯の上に置く。
「あり得ない……あり得ないッスよ……!」
「な、なんて事を……!」
レイド夫妻がプルプルと震えて感想を漏らす中、
カレールーがかけられ、
「……どうぞ。
ハンバーグ・カツ・唐揚げカレーでございます」
皿を差し出される前に、四人はスプーンを持って
スタンバイした。
「ヤバイな、コレは」
「ああ、シャレにならねえ」
一通り食べ終わり、ライさんとジャンさんが
一息つく。
「いやぁ~……
マヨネーズや醤油もスゴかったッスけど、
これはそれを超えるッス!」
「子供たちも喜ぶだろうねー、コレ」
レイド君とミリアさんも満足そうに語り―――
好評だった事に胸を撫で下ろす。
(ちなみに後日、ガッコウや児童預かり所で
提供したが、全員がお代わりを三回した)
「でも、これの元になったのが獣人族の料理
なんてねー」
「匂いがキツいのはダメだと思っておったがのう」
メルとアルテリーゼが不思議そうに話す。
人間より嗅覚が敏感なので、匂いがこれだけ強烈な
ものを食べる事を、疑問に感じているようだ。
「地球でいう、香辛料と同じ扱いだと思う。
もちろん味付けというのもあるけど―――
辛いものって、ほとんどの料理を『食べられる』
ようにしてくれるんですよ」
実際、森や山に長い間ひそむ軍やゲリラの
間では、この手のスパイスが重宝される。
何でも食べられるようにするという味付けは、
何でも食べなければならない、厳しい環境下で
培われたものとも言えるわけで……
私の表情で察したのか、本部長が片手を上げ、
「まあ、旨けりゃそれでいいじゃねぇか。
しかしコレ、栽培とかは出来るのか?」
「そうですね……
近場であるものは採取してくれたので、
その事についてもボーロさんに相談して
みましょうか」
こうして異世界で初の『カレー』とそのお披露目は
無事に終了し、私と家族はギルド支部を後にした。
「さいばい、だべか?
はあはあ……畑みたいなものを作って、
そこで育ててみたいと」
翌日―――
ドーン伯爵様の御用商人、カーマンさんの
お屋敷で、ボーロさんと話し合いの場を設け、
各種スパイスについて人工的に育てられるか
どうか、聞いてみたのだが……
「もともとそこらに生えているものですので、
無くなったら取ってくる、ではダメだべか」
個人的に使うだけならそれでいいのだろうが……
安定して使うためには、大量に確保する必要が
あるわけで。
「これは間違いなく人気が出ます。
もし栽培出来れば、獣人族の収入源にも
なると思います!
これについて知識があるのはボーロさん
だけですので、貴方が中心になって扱って
欲しいのですが」
「しかし、俺たちが作っていたのはあんな味じゃ
無かったべ。
ありゃシン様が作った料理で―――
それに獣人族たちの救出作戦も、シン様によって
行われたと聞いておりますだ。
そんな人に渡せるものなど、このくらいしか」
遠慮がちに話すボーロさんに、60代くらいの
白髪交じりの紳士が割って入り、
「シンさんは誰とでも対等に取引きするんですよ。
それに、この公都で暮らすというのであれば、
収入源はあった方が良いかと」
それでも悩む表情をする獣人族を見て、
御用商人はこちらへ振り向き、
「……ラミア族とも取引きをしておりますが、
ああいう形でいいのではないでしょうか。
アオパラの実と同じように、シンさんが
お引き受けして、手数料だけ引くというのは」
アオパラの実……
ラミア族が持ってきた、ムクロジの実によく似た、
いわば天然のセッケンだが―――
今は公都や他の町や村で栽培されており、
さらに花ビラから香りの成分を蒸留方式で
濃縮・取れるようになった事で、それを混ぜた
石鹸水が飛ぶように売れている。
手数料は一割だけもらっているが、その利益は
莫大なものになっていた。
「そ、それで利益をシン様にご提供出来れば
それでいいだ!
それでお願い出来ないだべか?」
懇願するような目で見られ、ここらが妥協点かと
私は観念し、
「……わかりました。
ただし、手数料は利益の1割だけです!
獣人族の取り分は9割!
これだけは絶対守ってもらいますからね!」
「は? はい??
わ、わかっただべ?」
それを苦笑しながら見ていたカーマンさんは、
「では、契約書を作りましょう」
慣れた手付きで、書類を用意し始めた。
「最近暑くなってきたので、水分補給は各自
しっかり取ってくださいー!
気分が悪くなったら、すぐ近くの人へ!」
獣人族代表として、ボーロさんとの契約締結から
翌日……
再び魔物鳥『プルラン』の生息地巡りを行う
事になり、今度は私と妻2人も同行。
そのルートでボーロさんに香辛料を見つけて
もらい、一緒に収穫する事になった。
「ケイドさん。
リリィさんに無理をさせないように
してくださいね」
「もちろんです!」
ボサボサの赤髪をしたアラサーの男が、
妻である魔狼にまたがりながら、元気良く
返してくる。
魔狼たちの出産は一通り終わり、あれから
半年以上経過した。
魔狼の子供たちも落ち着いてきたのと、
世話をしてくれる人も施設も充実しているので、
両親である魔狼ライダーたちも、護衛として
復帰してきたのである。
それまではラミア族や、後に魔族の人も
こうした外での仕事に参加してくれたのだが、
やはり匂いに敏感な魔狼が同行してくれるのは、
とても心強かった。
そして上空にはいつも通り―――
レイド夫妻が乗ったワイバーン『ノワキ』が
旋回していた。
「しかし、本当にスゴイところだべ。
亜人や他の種族が、こんなに……」
「えっと……
新生『アノーミア』連邦には、獣人族が
たくさんいらっしゃるんですよね?」
ワイバーンや魔狼はともかくとして、少なくとも
ウィンベル王国に獣人族はいなかった……はず。
私の問いに、彼は遠い目をしながら、
「確かに、いると言えばいるべなあ。
ただ、人間と共存しているのは少ないべよ」
しまった、かなり繊細な話だったか……
私が思わず視線を下に落とすと、
「いや、関係があまり良くないというのも
ありますが、そもそも生活が合わないんだべ」
「生活?」
「しかし―――
前に来た獣人族は普通に暮らしておったが」
メルとアルテリーゼが聞き返すと彼は、
「それは多分、人間と同じ生活をして長いからだと
思うだ。
俺たち熊型の獣人族は、基本的に山の中か麓で
暮らしているんだべや」
いわゆる保守的、古いタイプというものだろうか。
ボーロさんは続けて、
「……娘たちがさらわれたのも、妻が人間の町に
子供を連れて買い物に行っていた時だべ」
そりゃ人間に対して良い感情はないだろうなあ……
でも、それならどうして公都移住を希望したのか?
その答えというように、彼は私が聞くより先に、
「公都を希望したのは、一番安全だと
思ったからですだよ。
俺もそれまでの生活を変えるのは大変だと
思いますが―――
妻子のいる生活にゃ変えられないだべ」
なるほど……
生活様式が変わるのを迫られるわけだけど、
妻と子供の安全が最優先というわけか。
「おおー、父親の鑑だ」
「男はそうでなければのう」
そこでボーロさんは頭をかき、
「娘たちが、人間の生活に憧れているというのも
ありますだよ。
俺も、あの米の酒の味を知っちまったら、
今までの酒は飲めないだべ」
そこで話を聞いていた全員が笑い、一行は
生息地巡りのルートを進んでいった。
「どうですか、調子は」
「やはり、山に行かなければ取れないものも
ありそうですなあ」
草木や種を採取していくボーロさんは、一つ一つ
私にそれを見せて確認させてくれる。
「食事に関するものでなくともいいですかな?」
「?? それはいったい」
「これは主に火種に使う―――」
と、話す途中で彼の耳がビン! と立ち、
毛並みが逆立つのがわかる。
「ど、どうかしたんですか?」
「……これは……!」
ボーロさんは両目を閉じ鼻をヒクヒクさせ、
全身で何かを感じ取るかのように、神経を
集中させる。
それを見た私は、全員に警戒態勢を取るよう
呼びかけ、
「みなさん、止まってください!
周囲に注意を!」
すると魔狼のリリィさんもうなり始め、
ケイドさんが妻に問い質す。
「ど、どうしたんだリリィ?」
魔狼が反応する―――
それは即ち、魔物の気配を感じ取ったという事。
上空のレイド夫妻に手を振ると、すかさず旋回し、
やがて地上近くに降りてきた。
「シンさん!
ここから西北の方角に感アリ!
その数、およそ30!」
「わかりました!
アルテリーゼ、頼む!
他の方々は、ラミア族や魔狼から離れない
ようにしていつでも避難する準備を!」
私はメルと一緒に、ドラゴンの姿になった
アルテリーゼに乗って―――
レイド夫妻の案内で現場へと向かった。
「あれは……」
「ハイ・ローキュストじゃないの?」
飛行して五分もするとすぐ、『それ』の姿を発見。
何度か倒した事もある巨大バッタだ。
「妙に赤黒いような気がするが」
「まあどちらにしろ―――
する事に変わりはない。
レイド君、君はいったん戻って、
警戒解除を伝えてください」
それを聞いたレイド夫妻は元の一行のいる場所まで
先に飛んでいき……
アルテリーゼが低空飛行に移り、『目標』へ
接近すると同時に、
「そのような昆虫は
・・・・・
あり得ない」
私がつぶやくと同時に―――
一メートルはあろうかというバッタの群れは、
次々と機動力を失い、ピクピクと痙攣しながら
地面にその身を横たわらせた。
「はい、みんな縛ってー」
「生きてはいるから、一応気をつけてのう」
その後、レイド君が連絡してくれた『プルラン』
回収のための一行と再合流し、
ハイ・ローキュストも公都へ持っていく
事になった。
「き、傷もほとんど無く、それも生かした
ままで……
これはシン様がやったべか?」
『無効化』された巨大バッタの様子を見て、
ボーロさんが驚きの声を上げる。
「まあその、そんなところで」
そこで妻二人が話をそらすために参加し、
「でもさー。
ハイ・ローキュストってフツー、5匹から
10匹ほどの群れで獲物を襲うんじゃ
なかったっけ?」
「それに、この色じゃ。
もしかしたら新種かも知れぬのう」
確かに数も色も異常で―――
それについて同行しているメンバーも、
口々に意見を言い始める。
「『範囲索敵』を使ったッスが、他に感知は
見られないッス」
「バッタは食べられないし―――
依頼続行といきましょう」
レイド夫妻の言葉に、メンバーは安心して
依頼の継続のために動き始め、
私はホッと一息つき、妻と一緒に歩き出した。
その後ろで、上空を見つめ続けるボーロが、
「……まさか……」
彼は独り言のようにつぶやくと、頭を左右に振って
一行に加わった。